第391話魔王を動かした狙い

 

「理由は?」

「聖国の力を落とすため、ってのは安直か? 南は小国家の集合体だ。一つ一つの国そのものにはそれほど力がない。今は南の小国群全体が魔王が出現したことで弱まっていて、中には死にかけの国だってあるだろ。そんな状況の中、勇者が魔王を倒したとなればその功績の大部分は勇者——ひいてはその出身であり後ろ盾になってる聖国がもっていくはずだ。勇者でなくてもどこかの国が倒せばそこに持ってかれる」


 魔王を倒すことのできた国は周辺の国々から賞賛されるだろう。歴史に名を刻むことだってあるだろうし、その国の名前はそれまでとは違う、一段か二段くらい上の力を持つようになる。


 だが、魔王を倒せなかった国はどうなる? もちろん魔王討伐のために力を貸した国として歴史書やなんかには乗ることになるだろう。だが、それは本当に被害に見合うだけの成果と言えるか? いや、言える訳がない。

 仮に歴史書に載ったとしても、それを世間一般の者たちは知ることになるのか? どこどこの国が魔王を倒したんだ、と言う話は伝わっても、それに協力した国がどこなのかまでは誰も気にしないだろう。


 しかもだ、それはまだいい方だろう。国が手をとって協力し合い魔王を倒した。広くは知られることがなくても、まあ多少なりとも価値がある成果となるだろう。

 だが勇者が魔王を倒してしまえばそんな小さな成果すら得られない。御伽噺のように『勇者様が倒しておしまい』だ。損害に見合わない成果どころか、そもそも成果を何一つとして得ることができずに終わってしまう。ただ魔王に蹂躙され、被害だけが残ってしまうことになるのだ。それはとてもではないが認められないだろう。


 加えて、まだ問題がある。


「その後、魔王の被害が出た国に支援をしていけば、補助や支援って名目の実質的な支配が行われる可能性は十分に考えられる」


 そう。それが問題だ。どちらかというと、名誉云々よりもこっちの方が実際の問題としては大きいかもしれない。


 他国で被害が出た。それを助けるために手を差し出す。それは素晴らしいことだろう。だが、もしその助けの割合が自国で行う復興よりも多かったらどうなる?

 食料のほとんどを他国から支援してもらい、建材や人材、金銭の大部分を支援してもらって復興した場合、国民は自分たちのことをどう思うだろうか? 自分たちの国は助かったと思うだろうか? それとも他の国の支配下に置かれたんだと思うだろうか?


 もし自国であると理解していても、それを納得できるだろうか? いざというときに守ってくれるよう、助けてくれた国の支配下に入ったほうがいいんじゃないかと思ったりはしないだろうか?


 もしそうなってしまえば国を支配下に置き、乗っ取ることはできるだろう。


 そうでなくても、確か……テセウスの舟だったか? 壊れた部分を他から持ってきたもので補って、それを繰り返していき最後には全てのパーツを交換した場合、最初に使っていたパーツが一つとして残っていないそれは元々の舟と同じものだと言えるのか、というパラドックスだ。国でもそれが起こらないとは言い切れない。援助に向かった他国のものがそこで定住し、年を重ねるごとに他国の者が増えていき、最終的には純粋な元の国の人間は誰一人いなくなる、という感じだ。

 この場合は支配下に置くまでに時間がかかるが、国の政策なんてそんなもんだし、平和的に自国に組み込むことができるのならそれはそれでアリだと考えるものがいてもおかしくはない。


 もしくは、もっと直接的に助けてやるから支配下に入れ、みたいな感じになることだってあり得るだろう。そして魔王の被害によって死にかけになった国には言うことを聞く以外に助かる道がない。

 相手の言うことを突っぱねてもいいが、その場合は国民たちから反乱を起こされる可能性が出てきてしまう。


「それを防ぐため、自分達にちょっかいかけてこれないように聖国にも傷ついてもらおうとしてるし、他の国に手柄を取られないように魔王を逃した、とかはどうだ? 要は足を引っ張るためだ」

「……ま、ありだな」


 俺がそう説明し終えると、親父は同意するかのように頷き、呟いた。


「或いは宗教的に魔王を信仰してる奴らだが、その辺は聞いたことないから除外して良いだろ。ここで騒ぎを起こすようならもうすでになにかしらの噂くらいは聞いても良いはずだ」


 魔王と言っても、所詮魔物がとっても強化されただけの存在なので、よくあるような『魔王信仰』みたいなものは存在しない。

 いや、ドラゴン信仰があるように一部では存在しないこともないんだろうが、大きな勢力ではないし、少なくとも俺は魔王信仰なんて聞いたことはないので、その辺は放置でいいだろう。


「まあそうだな。少なくともこの辺りにゃあいねえな。いたんだったらお前が魔王って名乗った時点で何らかのアクションがあるだろうし、その情報は入ってくるが、それがない」


 ……言われてみればそうだな。『魔王』を信仰してるんだったら、その名を騙った俺やこの街——この国に襲撃を仕掛けてきてもおかしくないし、そうでなくて俺という『魔王』を信仰するつもりがあったとしても接触してくるだろう。

 だが、それらは一切ない。そのことからも魔王信仰なんてものはこの辺にはないことがわかる。


「魔王は名乗ったってか、名乗らされた、だけどな」

「かっこいいから良いじゃねえか。——で、だ。いろいろ言ったが、実際のところはどうなるかなんてわかんねえ。だから、流石にこっちにまでなんかあるとは思わねえが、警戒だけはしとけよ」

「ああ、わかった」


 本当のところは何が目的なのか、何が起こるのか全くわからないが、それでも警戒しておくことくらいはできるので、精一杯の警戒をしておこう。


 ──◆◇◆◇──

 姉王女


 私がこんな小国——ユークスとかいう田舎へとやってきてから一年以上経った。


 こんなところに来なくてはならないとなった初めは苛立ちもしていたけれど、今ではそれほどではない。


 もちろん私をこんなところに捨てた父や愚妹に怒りがないわけではない。けれど、ザヴィートにいたときと同程度の暮らしができているのだから、ここへ来たのもそう悪いものでもないと思っているのは事実ね。


 それに、この今の状況がこれからの私の栄光のためになると思えば、現状もまあ仕方がないと受け入れましょう。


 今私は、私の嫁いだ国の王を『扇動者』の力を用いて傀儡とし、純潔を守ったまま王妃として君臨していた。

 とはいえ、王妃といえどこんな小国ではザヴィートにいた時のような暮らしなどできようはずもない。——本来であれば。


 さっきも言ったように、私は『扇動者』。城の財政担当や軍務担当なんかの主だった高官を扇動し、私に従属するようにしてしまえば、後はどうとでもなった。


 相手の意思を無視して従属させるなんてことは本来高位階にならないとできないから、ザヴィートにいた時の私ではできなかったことでしょう。


 けれど今は違う。あの日、使用人を殺したとき、私は自分が選ばれた存在だと言うことを理解した。

 闇魔法の効果は、殺した相手(おそらくは同族限定)の位階と、殺された時の感情の大小によって私の位階をあげてくれる量が変わると言う効果を持っていた。

 具体的に言うのなら、より高位の位階のものを殺した方が早く成長し、恐怖でも悲しみでも、より強い感情を吐き出しながら死んだ方が多くのスキル使用回数の削減になった。


 それが判明するまでにとりあえずまとめて潰したりして無駄にした奴隷もいた。最終的にはどれほど殺したか覚えていない。


 けれど、あんな奴隷如きが私の成長の役に立ったのであれば、それは人生に意味があったと言えるでしょう。むしろ私の糧にならなかったのであれば、生まれてきた意味がないとすら言える。


 そして判明した成長の加速のために必要な条件を元に最高率で位階を成長させる方法を取りながら奴隷を殺していき、そうして私はついに第十位階という強者の地位にたどり着くことができたの!


 私はまだ十八であるにも関わらず、第十位階の天職と、同じく第十位階の副職を手に入れることができた、まさに前人未到! 八天すらも霞む偉業!

 あのときにこの力があればと思わなくもないけれど、まあそれはいいわ。今はこの立場があるというのはむしろありがたいとすら思えるのだもの。


 力を手に入れた私が今何をしているのかというと、南の連合にユークスの国王名代として参加し、その実権を徐々に握っていったのです。

 そして、それぞれの思惑でバラバラに動いていた連合をまとめ上げ、支配し、目的のために行動を起こしたところ。

 連合の愚か者どもをまとめ上げるのは少々手間でしたが、私の『扇動者』は多数の人間を操るのに向いている天職。

 その分個人に対しては効き目は薄いのだけれど、それでも第十位階になってしまえば強引にでも操ることはできるというもの。


 そうして行動を起こした私は、後はその行動の結果を待つだけ……。


 そう考えていると、私の信頼する従者であるロナが報せを持ってきました。


「魔王が逃げた? ——そう。なら予定通りね」

「はっ! 現在は沿岸部を進みながら付近の村や街を襲っているようです」


 魔王が連合の攻撃から逃げた。それは逃げるほどに追い詰めておきながら仕留めきれなかったということに他ならないけれど、それは私たちの望むところ。というよりも、そうなるように私が連合を動かしたというのが正しいわね。

 だって、私の願いを果たすためにはそうしてもらう必要があったのだもの。

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