第377話兄弟の話し
その決闘の翌日。今回に限っては俺の方から王太子のもとを訪ねていた。
俺が部屋の中に入ると、王太子は俺に席を勧め、自分も対面に座った。
そして侍従が飲み物を用意し、俺たちの前に出したところで王太子からの命令が下され、部屋の中にいた従者達は外に出された。それは、護衛であるはずの神兵もそうだ。
今はこの部屋には俺と王太子の二人だけ。本来なら避けるべき状況なんだろうが、それでもこうして二人きりになったのはこれから話す内容が内容だからだろう。
「結局、あいつは機会を生かすことを選ばなかったな」
話をするのは、当然ながら昨日のこと。そして、その続きだ。
「どうするんだ? 放っておくつもりはないんだろ?」
事前にあそこで謝れば許してやる、と伝えてあったにもかかわらず、それでも戦う道を選んだんだからそれはまだ王位を狙っており、逆らう気満々だということに他ならない。
であれば、対処しないと後々面倒なことになる。
こいつとしては自分の弟には死んでほしくないんだろうけど、それでも殺すべき場面だろう、ここは。
だが……
「いや、もう終わってるよ」
そう言って王太子は首を横に振った。
「……死んだのか?」
終わっている、という言葉の意味はと言ったら、それしか思いつかない。
「暗殺だ。裏切り者の手によってね」
そんな俺の言葉を肯定するように、王太子はぴくりとも表情を変えることないまま言葉を吐き出した。
裏切り者の手による暗殺。
まあ状況的にありえない話ではない。その殺しを手土産に王太子派閥に入りたい、ってやつもいたかもしれないってのは否定しきれない。
だが……
「……その割には、随分と辛気臭い雰囲気してるもんだな」
「……まあ、ね。兄弟が死んだんだ。それくらいは許してもらいたいな」
それはただ死んだだけの表情ではないように感じられた。
やっぱり、第二王子の死にはこいつが関わっているんだろう。
元々そういう話だったし、状況的に仕方ないとはいえ、それでもやっぱり誰かが死ぬのは辛く思うんだろう。
しかも、それが本人が言ったように実の弟であれば尚更だろうし、それが自分の手で死んだとなれば余計に。
「……この状況で死んだことで、マーカスの名誉は地に落ちたまま歴史に埋もれることになるだろう」
王太子は、顔を伏せるとそう話し始めた。
このままいけば、第二王子マーカスは王都での混乱に乗じて王位を奪おうとし、国民を混乱させた愚か者として歴史に記されることになるだろう。
あるいは、噂の方に比重が置かれてしまい、王都に厄災を呼び込んだ裏切り者の一味とされるかもしれない。
それは、王位を目指すほど自尊心の高い第二王子としては、受け入れ難い終わり方だろう。
それを理解しているからこそ、王太子はこうして自身の弟に対する仕打ちを嘆き、俯いている。
だが、王太子は俯かせていた顔をあげ、口を開いた。
「誰かの死も名誉も尊厳も踏み躙って、それでも僕は前に進む。それでも僕はこの国を守り抜き、理想の国に近づける。それが王になる者の覚悟だ」
そう言い切った王太子の眼は、俺を見ているものの、俺ではないどこかを見据えているかのように思えるものだ。
今までこいつは王太子として、王になるべく育てられてきたが、そこに本当の意味での覚悟があったのかはわからない。
だが、今回弟と王位を争い、その結果弟が死に、自分が王になることが決まった。
そんな状況になったからこそ、こいつは改めて自分の在り方や進む道を考え、この結論に至ったのだろう。
「……そんなこと、俺に言っても意味ないだろ」
そんな王太子の言葉に、どう返せばいいのか分からず、俺はただそうして誤魔化すように言葉を返した。
「そうだね。でも、どうしても言っておきたかったんだ。『魔王』である君にね」
だが、王太子はそんな俺の返しに苦笑しつつも、真剣さが分かる声でそう話した。
つまり、今あえて俺に自身の覚悟を伝えたのは、この間の俺の『魔王』としての有り様に対する答えのようなもの、ってことか。
「——それより、もうそろそろ戻るんだろう? だったら、最後に一度くらいはどうだい?」
王太子はそう言いながら席を立ち、棚にしまってあった瓶を取り出すとそれを俺に向けて見せた。
あれは……酒か? それをこうして見せるってことは、一緒に呑もうって?
……はっ。俺たちはそんな間柄だとでも思ってんのか、こいつは?
「多少は協力をしたが、それで仲良くなったと思われても困るんだが?」
そう。今回はフィーリアや母さんに関わるし、俺達にも利益があったから協力し、手を貸した。
けどそれは、王太子のことを好ましいと思ったから、ってわけでもないし、この件を通して王太子と仲良くなったからってわけでもない。
つまり、酒なんて呑み交わすような関係ではないのだ。
「わかっているよ。これはそんなんじゃなく、今はただ、死んだはずの弟が生きていたことに対する喜びを、改めて示したいだけだ」
……それは、言葉通りの意味ではないだろう。
いや、確かに俺が——弟が生きていたことを喜ぶ意味もあるのだろうが、今の言葉の本質ではない。
今の言葉は、死んだ弟に対する意味が込められていたのだろう。
弟が死んだ。だけど、もう一人の弟は生きていてよかった。
多分そんな感じだ。弟が死んだのは自分が原因だし、生きていた弟は自分と敵対している。
けど、それでもこいつにとっては喜ばしいことなんだろう。
「……まあ、一杯くらいは付き合ってやる」
こいつと酒を呑み交わすつもりなんてなかった。
にもかかわらず承諾したのは、きっとただの気まぐれだ。
だって、第二王子は俺にとっても弟ではあったが、何か思い入れがあるというわけでもないんだから。その上、こうして酒に誘っている王太子は俺にとって半分敵と言ってもいいような相手だった。
だから気まぐれだ。
……ただ、それでも。こうして弟の死を悲しんでいる奴を目にして、何も感じなかったというと、嘘になる、かもしれない。
そうして、俺たちはまだ昼間であるにもかかわらず酒を開け、お互いにグラスを傾ける。
「——ありがとう」
その「ありがとう」は、俺が酒の誘いを受けたことに対する言葉か、それとももっと別の何か意味があるのか、それは俺には分からない。わかるのは本人だけ。
……いや、あるいは、本人にすら分からないかもしれないな。
そう思えてしまうくらい、王太子の表情は色々な感情が混じり合っているものに見えた。
「……あの子も、何かが違っていれば違った結果になったんだろうか……」
そんなルキウスの言葉に俺は答えることはなく、ただ虚空へと消えていった。
——◆◇◆◇——
先日王太子と話をしたように、俺はそろそろこの街を離れることになる。
だが、その前にもう一つやらなければならないことがある。
「あら、いらっしゃい、ヴェスナー」
その〝やらないといけないこと〟を終わらせるため、俺は母さんの部屋へとやってきたわけだ。
だが、もうすでに結構な期間一緒に暮らしているにもかかわらず、相変わらず満面の笑みで両手を広げて出迎えてくるんだが、もう少し子供扱いをやめてほしいと思ってしまう。
もっとも、母さんにとって俺はいつまで経っても子供なんだし、事情を考えればこうなっているのも仕方ないとは思う。
それに、こうして歓迎してくれること自体は、嬉しくないわけではないのだから、まあ受け入れるべきなんだろうな。
しかし、だ。お気づきだろうか?
この、いまだに若々しくどこか幼さがあり、俺のことを子供扱いしている我が母だが、ついに、というべきか、俺の名前にちゃんをつけて呼ぶのはやめてくれるようになったのだ。
まあそれもつい先日のことなんだが、変えてくれたのならそれでいい。
『ヴェスナーちゃん』から『ヴェスナー』に変わったことの嬉しさは分かるまい。
それがここ最近で一番嬉しい事だな。下手したら、第二王子や裏切り者関連のあれこれが終わったこと以上に嬉しいかもしれない。
両手を広げて抱きしめられながら歓迎された俺は、その後席についてからその場を見回した。
そこには、今日話をするとあらかじめ伝えてあったからだろう。すでにフィーリアも席についており、母さんの護衛としてついていた親父も座っている。
そこに俺も加われば、俺にとっての『家族』が揃ったことになる。
「ヴェスナー達はこれからどうするのかしら? もうやることも終わっちゃったのでしょう? やっぱり、ここを出て行っちゃうのよね……」
その中で一番最初に話し出したのは、今回の場を提案した俺ではなく、母さんだった。
まあ、母さんも俺たちがそろそろ帰るってことは知ってるわけだし、今日の話し合いはそれを伝えるためのものだとでも思ったんだろう。だからこんな悲しげな顔をしてしまっている。
「ああ、まあ、そうだな」
「なら、せめて最後に一緒にお茶をしましょう? もう会えないわけじゃないのは分かっているけれど、それでも少しでも長く一緒にいたいもの」
だが、俺が今日この場を提案したのは『俺が帰ること』についてじゃない。
それもないわけではないが、本題ではない。
「それなんだが……母さんは、この後はどうするつもりだ?」
「私? 私はこの後はこれと言って予定は入っていないから、時間を気にする必要はないわ。あなたにも満足してもらえるように、全力でおもてなししてあげるわね」
「……それはありがとうなんだけど、そうじゃなくて……。あー、うん」
言葉自体はありがたいものだが、俺の聞いている『この後』は、『今日この後』ではない。『これからのこと』だ。
「俺がカラカスを拠点にしてるのは理解してるだろ? そこで俺が王様やってるのも」
「ええ、もちろんよ。すごいわよね。あの街でトップになっちゃうなんて。流石はヴェスナーだわ」
「で、そんな立場だから、そう簡単には動けない。今回は結構長くこっちに居たけど、それは特別だ。これで帰ったら、月一でやってくるどころか、年一ですら難しくなるかもしれない」
「それは……そう、よね……」
俺の言葉を聞き、また会えなくなると改めて理解させられた母さんの表情が曇る。
今までひと月以上も一緒に暮らすことができていたのに、また別れないといけないとなったのだから仕方ないといえば仕方ない。
「だから、母さんも一緒にこっちで暮らさないか?」
そう言って、俺は今日ここに集まった本題を切り出した。
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