第376話第二王子対〝元〟第二王子

 

 それから数日ほどして、予定した決闘の日がやってきた。

 今の俺は闘技場に続く通路で、母さんや仲間達と一緒に待機している。


「こんなふうに闘技場で戦うのは二回目だな」


 前に闘技場に立ったのは、カラカスの街で中央区のボスの息子と戦った時だ。

 今回はあの時とは相手が違うし、あの時よりも強い相手ではある。

 カラカスみたいになんでもありってわけじゃないから、あの時と同じ戦い方はできない。

 だが、それでも負けることはないだろう。最悪の場合は播種っとけば大体どうにかなる。


 しかしまあ、相手の第二王子からしてみればわからないだろうが、俺も本来は第二王子として呼ばれる立場だったことを考えると、この戦いは新旧第二王子対決と呼べないこともない。

 そう考えると、ちょっと面白いな。


「だが、これが終わればカラカスに戻ることができるな」


 これが終われば、あとは王太子に逆らうような奴らはいないだろう。

 多少は抵抗したり、国が乱れている隙をついて成り上がろうと考えて画策する奴もいるだろう。

 けど、それは王太子だけでもなんとかできるような小物だ。俺の役目は終わったと言ってもいいだろう。


 だから、さっさと終わらせよ——


「ヴェスナーちゃん。大丈夫? 本当に大丈夫? 怪我はしないわよね? こんな危ない事、今からでもやめていいのよ? 代わりが必要なら私が出るわ!」


 ちょっとかっこつけながら歩き出そうとしたところで、そばで一緒に待っていた母さんが俺に抱きついて止めてきた。

 母さんの過保護もわかってたけど、なんかちょっと調子が狂うっていうか……気が抜ける。


「……今更変えることなんてできないし、代わるつもりもないよ。それに、母さんを危ないとこに出すわけにもいかないし」


 流石に母さんを決闘相手として出すわけにはいかない。今の母さんはドレスだし、そうでなくてもそんな危険なことに参加させたくない。


 だがそれでも俺に抱きついたままの母さんのことを見かねたのか、親父が声をかけてきた。


「あー、心配しなくても大丈夫だ。リエータ様。あんたの息子は、そんな簡単に怪我するほど弱くねえよ」

「それはわかっております。ですが、それでも心配になってしまうのです……」


 ……あー、いつからそんな砕けた話し方をするようになったんだ、とか、なんでそんな距離感縮まってるの、とか、そろそろ本当に『父さん』って呼ぶことになりそうだ、とか色々と思うことはあるけど、一つ言わせてもらうと……


「息子の前でいちゃついてんじゃねえ」


 特に聞かせるつもりはなく、ボソッと呟いただけだったのだが、流石にこの距離では聞こえたのだろう。親父は眉を顰めてから顔を逸らした。


「……別に、普通だろうが」

「どこが普通だよ」


 そんな親しげに接するのが普通なわけねえだろ。そんな仲良さげに接するのが普通だったら、俺は母さんに親しげに接した野郎の腕を植物に変えるぞ?


 まあ、冗談はさておきだ、だ。親の恋愛事情なんて関わってもいいことないし放っておくとして……


「母さん。心配せずとも、負けるつもりなんてないし、怪我をするつもりもないよ。それに、万が一怪我してもリリアがいる。あれは馬鹿だけど、腕はいい」


 俺がそう言うと、流石にこれ以上は俺の迷惑になると思ったのだろう。母さんは若干涙で目を潤ませながら俺を見つめてきた。


「頑張ってね」


 そう言ってから、最後にぎゅっと抱きしめてから送り出してくれた。

 なんか、今生の別れや死地に向かうみたいになってるけど、そんな重いものじゃないんだよな。少なくとも、俺からしてみれば。


「——それではこれより、第二王子マーカスが真に巨人、及び賊討伐を行なったのかを確認すべく、私の用意した者と闘ってもらう」


 あらかじめ第二王子には話を通してあるみたいだから、ここで素直にごめんなさいができれば、王太子は先日言ったようにこいつのことを許すだろう。


「くそっ! どうして俺がこのような見せ物の如き扱いを受けねばならんのだっ!」


 まあ、当の本人はそんな気は全く見せていないけどな。


「見せ物の如き、ってか、まんま見せ物だろ。第二王子様」


 そう馬鹿にするように話しかけてやれば、第二王子はそれまでは意識に留めていなかった俺へと視線を向け、睨みつけてきた。


「……なんだ貴様はっ。そのような口を聞いても良いと思っているのか! 本来であれば、貴様のような者が俺と対等に立つことなど許されんのだぞ!」

「本来であれば、ね。……ははっ」


 本来であれば、なんて言葉を聞いて、思わず笑いが溢れてしまった。

 だってそうだろ? 本来の立場で言ったら、俺こそが『第二王子』で、こいつは『第三王子』——つまり格下なんだから。

 王子としての身分でなくても、カラカスの魔王である俺と、王太子にすらなることのできない第二王子。どっちが偉いかって言ったら、やっぱり俺だ。


「何がおかしい!」


 だが、それを知らない第二王子は俺が笑ったことに怒りの声をあげた。


「いや、なに。〝本来であれば〟って言っても、その〝本来〟だったらむしろお前が俺に頭を下げるような立場なんだけどなって、思っただけだ」

「なにを戯けたことを言っている! 貴様のような下賤な者に頭を下げるだと? そのようなことがあるわけなかろうが!」

「まあ、事情を知らないとそうだよな」

「貴様っ! それは俺が無知であるとでも言いたいのか!」

「そうだよ。無能」


 第二王子の言葉を迷うことなく即座に肯定してやれば、それでもう限界だったのか、第二王子は剣を抜き……


「なっ、こっ……きさ、まあっ!」


 ろくに言葉になっていない言葉を口にしながら襲いかかってきた。


 情報によるとこいつは第三位階の『剣士』らしいので、斬撃を飛ばす『飛剣』を覚えているはずだが、それは使ってこなかった。

 多分だが、それほどスキルの使用回数があるわけではないんだろうな。だから下手に使って戦えなくなるのを恐れて切り掛かってきた。


 だが……


「どうしたお坊ちゃん。スキルは使わないのか? いや、使えないのか? まあ仕方ないよな。お前弱そうだもん」


 襲いかかってきた第二王子の剣を、俺が持っていた剣で弾く。


『農家』なんかに剣を弾かれたことが驚きなのか、第二王子は目を見開いて驚いた様子を見せている。

 だが、正直言って隙だらけだ。


「がっ!」


 第二王子の腹目掛けて蹴りを放ってやれば、第二王子はそれを避けることもできずにまともにくらい、後ろへと倒れた。


 予想外に弱すぎたからだろう。観客たちからは歓声も怒声もなにもなく、ただ静かな空気が流れていた。


「はあ。俺の代わりの席に収まったのがこんなのだと思うと、ため息が出てくるな」

「貴様の代わりだと? 何を言っている! ——《斬撃》」


 一度は倒されながらもすぐに起き上がった第二王子は、俺の呟きに言葉を返しながらも再び接近し、スキルを放ってきた。

 どうやら、もう制限するのはやめたようだ。


「お前にはわからないことだよ。それよりも、お前は俺の言葉を気にしてないでもっと真面目に剣を振れよ。俺みたいな凡才でも余裕で避けられるって、お前本当に『剣士』か?」


 だが、スキルを伴った一撃も、使い手次第ということだろう。普段から稽古として親父の《斬撃》を受けているせいで、こいつのはまるでスキルを覚えたての子供が使うようなお遊戯にしか思えず、簡単に避けることができた。

 いやまあ、あのおっさんがクソ強いってだけなんだけどさ。あれと比べるのは、流石に酷ってものか。


「くそっ! くそくそくそおおおおっ! なぜ当たらないのだ!」

「なぜもなにもあるかよ。ただお前が弱いってだけだろ」


 そんなことを話しながらも、第二王子は何度も剣を振るうが、流石にその全てにスキルを乗せることはできないようで、ただ乱暴に振り回しているだけになっている。


 そんな第二王子の足を引っ掛けて、前のめりになったところで背中を突き飛ばしてやる。


 本当の勝負ならもうとっくに終わらせてもいいんだが、これは証明のための茶番だ。観客である市民たちに、こいつがどれだけ弱いかを理解させるのが目的なんだから、こうして遊んでやる必要がある。


「《飛剣》!」


 俺に突き飛ばされたことで転びそうになっていたが、なんとか体勢を立て直して振り向きざまにスキルを使い、斬撃を飛ばしてきた。


 しかしながらその攻撃も特に脅威とは感じられず、軽く避けて終わった。


「《飛剣》《飛剣》《飛剣》!」


 だが、第二王子はその後も連続してスキルを使い、斬撃を飛ばしてくる。

 こんなに無闇矢鱈とスキルを使ってたらそのうち回数が尽きるんじゃないかと思うが、どうなんだろう?

 まさかこいつが頑張ってスキルの回数を増やしたとは思えない。それに、もしそうならもっと高い位階になっているはずだ。だがこいつはまだ第三位階だという。


 自棄になって適当に、なんてことはないとは思うが……まあ避けて、なにがあっても対処するしかないか。


「そんな乱暴なのが当たるかよ」


 だが、と言うべきかやはりと言うべきか、それで終わりではなかった。

 いくつも飛んできた斬撃の陰に隠れるようにして第二王子は俺に接近を仕掛けていた。

 その速度はこれまでの攻防では想像もできないような俊敏な動きで、そんなまさかの動きに俺は思わず目を見張った。

 多分だが、あれは自前の力ではない。装備かなんかの力を借りたものだろう。


 だが、所詮は動きが速くなった程度。予想外の速さだったが、認識を超えるほどではないし普通に対処できる。


 そう思い、第二王子の振り下ろしを剣で受け止め——


「《鞘打ち》!」

「っ!?」


 受け止めようとしたところで、第二王子がスキルを発動した。


 《鞘打ち》は本来鞘を使って使用するスキルだが、剣でもできないことはない。

 効果は、打ちつけた対象に衝撃を浸透させること。ものすごく簡単に言えば、殴ると吹っ飛ばせるスキルだ。


 第二王子の攻撃を受け止める直前でそのスキルを発動されたせいで、俺は攻撃を受け止めた剣を弾かれてしまった。


「《斬撃》いいっ!」


 その隙を狙って、第二王子は新たにスキルを使って剣を振り下ろす。

 そのまま喰らえば、俺は真っ二つになって死ぬであろう軌道だ。


「なんっ——!?」

「惜しかったな。装備の力を解放して一気に攻めるってのは良かったが、本体が弱すぎた」


 まあ、喰らわないんだけどな?


 振り下ろされた剣は、その手に種を受けて呆気なく手放し手しまい、金属質な音をたてて地面に落ちてしまった。


 俺のやることなんていつだって同じだ。《保存》から種を取り出して、それを《播種》る。それだけ。

 流石に今回は《生長》まではさせなかったが、それでも剣を落とした以上はそれで十分だ。


「いい加減、もう終わりにするぞ」

「おぐっ——」


 そうして第二王子の顎を拳で打ち抜いてやれば、それで終わりだ。

 ここまでやれば、もういい加減こいつのダメさを市民たちもわかるだろう。


「もっと謙虚に生きてれば、それなりに幸せになれたんだろうけど……まあ、それがお前の選んだ人生だ」


 驚かされた場面もあったが、特に危険と感じるようなこともなく、俺と第二王子の決闘はあっけなく終わった。

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