第374話裏切り者の結末
ソフィアの言葉を聞いた俺は、ソフィアから視線を逸らして部屋の扉を見た。
「……ルキウス。お前の考えは、統治者としては合っていても人間としては間違ってるよ。大切な誰かを失った想いが、たかが補填なんかで癒えるわけないだろ」
そこから出て行った王太子の姿を思い浮かべながら、俺は誰に言うでもなくただただ言葉を吐き出す。
「誰かを失った想いは、自分の手で終わらせなければ先に進めないんだ」
前にも盗賊に襲われた女達を助け、俺が捕らえた盗賊を殺させたが、それと同じだ。
復讐は、自分の手で終わらせないと意味がない。どこかの誰かが知らないうちに終わらせた復讐なんて復讐でもなんでもなく、ましてやそれが殺されてすらいないとなったらなおさら復讐なんかじゃない。
「俺は、立派な王様になりたいわけじゃない。あの場所を大きくして、勢力を拡大したいわけでもない。そもそも王様になんてなりたくなかったんだから、国としての力なんて必要ないんだ。もちろん自分たちを守れる最低限の力は必要だけどな? でも、この国を支配してさらなる力を、なんてのは求めちゃいない」
こんなのは、王の考えとしては間違ってるんだろう。いや、『だろう』じゃなくて絶対に間違っている。そんなのは俺自身わかってる。
でも、これが俺だ。王様も国も国力も領土も外交も政治も、全部知ったことか。
俺は、俺が家族と仲間を守れるだけの力があればいい。
そもそもあの街は犯罪者の街だ。それが国という体裁を取ったところで、その本質は変わらない。あの街は、自由であるべきだし、何をしたところで、何を言ったところであの街から自由を奪うことはできないだろう。
そんな街の王が俺だ。立場や身分に縛られて、こうするべきだ、こうしなくちゃいけない、なんて考えるのは、むしろあの街の王として相応しくない。
国とはこういうものだ——わかってる。
こうするのが正しい——わかってる。
こうするべきだ——わかってる。
それはおかしい。ありえない。なんでそんなことをするんだ。そんなものは国ではない。歴史ではこうだ。他国はこうしてる。こうするのが正しいのにどうして……。
そんなの、全部わかってる。
その上で言ってるんだ。
——知ったことか、ってな。
それを開き直ったととりたいのならそうすればいい。俺にはなんの影響もないし、俺は変えるつもりもない。俺を否定したいなら、ただ勝手に囀ってろ馬鹿野郎。
「俺はただ、俺がしたいことをやってるだけ。みんなに恥じることがないようにいたいだけだ。だから王様なんてものになった。王様なんてものをやってれば、それはきっと立派な者に見えるから」
俺は親父に憧れた。あんなふうにカッコよくなりたいと思った。
周りのみんなが優しくしてくれたから、その恩を返すために立派にならないと、と思った。
立派に、と言ってもそれはカラカス風な意味での『立派』ではあるが、それでもそう思ったんだ。
だからこそ、向いていないとわかっていながらも、王様なんて立場に就いた。
「けど、ここで〝たかが〟未来のためなんて理由で泣いてるやつを切り捨てたら、そんなのかっこ悪いだろ」
俺は、かっこよく生きたかった。
何もない人生は辛かったから、かっこ悪かったから、だから俺は今度の人生はかっこよく生きたいと思ったんだ。
それに……
「俺は王様だ。それも、世界から爪弾きにされた、〝捨てられた者達〟の王様なんだ。そんな俺が、一度世界から捨てられた奴らをまた捨てるだなんて、あっていいわけがない」
カラカスは犯罪者の街だが、犯罪者になるにしても理由がある。
親に捨てられた。
両親が先立って誰も助けてくれなかった。
貴族や商人に家族が殺された。
不当に居場所を追い出された。
自身の心と折り合いがつけられず周りから認めてもらえなかった。
飢え、憎しみ、性癖……。いろんな理由があるだろうが、その全ては等しく『世界に捨てられた』のだ。
いらないものとして、邪魔なものとして、気持ちの悪いものとして、捨てられたのだ。
それでも生きるためにとった行動が犯罪であり、行き着いた果てがあの街——カラカスだ。
そのカラカスの王である俺が、同じように世界から捨てられて嘆いている奴らを見捨てるのか?
いいや。そんなの、あっていいはずがない。
「だから……悪いな、王太子。勝手に動かせてもらうぞ」
そうして、俺は立ち上がると、この後のことに向けて動き出すことにした。
……でも、『カッコ悪いから』、か。
こんな理由で動くなんて、俺もリリアを笑えないな。
——◆◇◆◇——
・公爵
「くそ、どうしてこんなことになったっ……!」
現在、私は王都を離れて自領に戻るべく準備をしているが、配下に命じているそれは普段とは違い慌ただしさがある。
それもそのはずだ。事実、急いでいるのだから。
本来ならば、この国の公爵位を得ている私がこのように慌てながら王都を去るなどということはあり得ない。
だが、それも通常時であれば、の話だ。今のこの王都は普通ではない。
どこから漏れたのか、民衆は私が先の襲撃に関与していると知り批難している。
考えられる要因としては、王太子が王族付きの暗部を動かして情報を集めた。あるいは真なる王族を自称していたアレがなんらかの証拠を残していたかではないかと考えている。
我が家の使用人の誰かが裏切ったということはない。自身が裏切りという行いをしただけに、裏切られた場合の危険さはよく知っている。そのため、我が家で雇う者は全員『誓約師』によって言動を縛ってあるのだから。
もしくは、王太子が我が家の力を削ぐために濡れ衣を着せようとしている可能性も、ないわけではない。
もっとも、あの王太子がそのようなことをするとは思っていないが、可能性の話としては否定できない。
だが、いかなる理由であるにしても、我が公爵家が敵視、警戒されているのは変わらない。
我が家の力を使えば、騒いでいる民衆如きどうとでも処理できるのだが、いかんせん数が多すぎる。
それに加えて、すでに王家に認識されていることもあり、下手に動くことはできない。
ここで噂を消すために民衆を処理していけば、それは確実に発覚することとなる。
そうなれば、違法奴隷の関与に関しては逃げ切ることができたが、今度こそ逃げることができずに終わるであろう。
故に、今はこの街を去って自領にて力を蓄えるしかない。
「あの第二王子が余計なことをしなければこのようなことには……」
そもそものきっかけはあの第二王子だ。
前々より愚かと思っていたが、まさかエルフの姫に手を出そうとするとは……。
王太子や第三王女と、半分だけとはいえ血が繋がっているにも関わらずあの出来。愚かという言葉すら足りない。
その考え方は理解できんこともない。大方、あのエルフの姫を自派閥に取り込むことができれば、現状を改善することができる一手となるとでも考えたのだろう。
それ自体は間違いではない。が、いかんせんやり方が悪すぎた。
今更すぎることではあるが、あれが手を出す前にこちらで確保しておけばよかった。
そうすれば、第二王子派は死に、こちらに飛び火したとしてもどうにかすることができた。
「ひとまず今は王都を離れ、領地で地盤を整えなければ……」
しかし全てはもう終わってしまったことだ。
真の王族を名乗った愚か者は死に、王位を狙った愚かな第二王子も後がない。
王太子を殺して状況を変えるには、護衛についている八天が邪魔で実行できん。
今から取り入ろうとしたところで、王太子は私を信用などしておらぬであろう故、それも不可能。
とはいえ、アレも私を殺すことまではできんだろう。私を殺せば、それは公爵家との間に溝ができ、ただでさえ荒れている情勢がさらに荒れることとなる。
王太子がやったのだと気づかれずに殺したとしても、公爵家の当主が死ねば様々なところで害が現れることとなろう。
故に、アレが私に対してできるのは、精々が私を王都から追い出し、次代へと当主の座を譲るように促すことくらいだ。
だが、その程度は問題になどならん。息子に当主を譲ったとて、私の力が失われるわけではない。
「第一王子めが……。今は喜ぶといい。だが私は戻ってくるぞ。失った金や兵力を立て直すことが出来次第、再び。そして、その時こそ我が一族が王の一族として国を手に入れる」
真の王族などという輩よりも、一度余所者の血が混じった今の王族よりも、我が家の方がよほど王の一族として相応しい。
私は一族の悲願などという愚かしい妄想によって王位を求めるのではない。
ただ我が一族にこそ相応しいと確信しているからこそ目指すのだ。
「そのためにも、孫娘の力を借りるか。送られた国は小国ではあるが、それでも一国の王配だ。それなりの力は持っていよう」
南に嫁いで行った孫娘を使い、魔王の騒動でうまく立ち回らせる。
時期的に考えてすでに魔王討伐は間近かもしれんが、それでもやりようによっては立場を上げることもできよう。
そのために、我が領地から今まで以上に支援を行う。
物資を出し、兵を出し、魔王討伐において目立つのだ。その後は孫の嫁いだ国を支配させ、その力を南全体に広げさせる。
そして、ある程度の力を用意することができたならば、今度こそこの国だ。
今の疲弊している状況では、いくら公爵家といえど出せる力は少なく、魔王討伐の功績もさほど大きなものにはできんだろう。
この計画を形にするには、数年の時間がかかるはずだ。
だが、それだけだ。時間さえあれば、私は——
「……っ!? 何事だ!」
と、そう考えたところで外から護衛の騎士達の悲鳴が聞こえ、馬車が激しく揺れ、横転した。
状況がわからぬ。この馬車には我が公爵家のものであるという家紋が刻まれていたはずだ。賊が襲うわけがない。
だが、誰が? まさか、王太子が殺しに来たのか?
あり得ぬ。だが、実際に襲われたという事実は変わらない。ひとまず、どうなっているのか事態の確認だけでもせねばなるまい。
この馬車から姿を見せるというのは危険ではあるが、大人しくしていても結果は変わらぬ。
まだ護衛達は全滅しておらず、戦っているようではあるが、それが尽きぬとも限らん。
まだ護衛が存在しているうちに動き出した方が得策であろう。
私も貴族として相応しくあるため、『火魔法師』の第四位階にまで成っているのだ。襲われたところで、撃退するくらいならできよう。
「お前が……お前のせいで……」
だが、そう思って馬車の外に姿を見せてみると、そこに居たのは賊でも騎士でもなかった。
その見窄らしい格好を見れば騎士よりは賊と言えなくもないが、だが、賊もアレほどまでに酷い格好はせん。
もう少しまともに装備を整えているものだろう。
だが、このもの達はどうだ。その手には確かに剣や槍を持っているが、身に纏っているものはボロ切れと言ってもよいゴミだ。
まるで、そこいらの浮浪者が武器だけを用意したような違和感がある。
「貴様ら何者だ! 我々が何者かわかっているのか!」
そう叫び、威圧してみるが、それでもその浮浪者どもは引くこともせず、怯むこともない。それどころか、余計にその気迫が強まったようにさえ感じられた。
「お前のせいで、俺の息子はあああああっ!」
「ふんっ!」
騎士達の間を抜け、襲いかかってきた浮浪者を剣で斬り、他にも近寄ってきている者どもを魔法で焼く。
だが、その数が尽きることはなかった。
どれだけ攻撃をしようとも、襲いかかる浮浪者どもはいなくならず、騎士達もいつの間にか全員が死んでいる。
残るは私一人。
「っ——!」
そう理解すると、途端に背筋に悪寒が走る。
だが、それがいけなかった。
「これで、おしまいだ。クソ野郎」
突然の悪寒に意識を向けたことで、周囲への警戒が疎かになり、私の背中に槍が突き立った。
「あんたのせいで」「お前のせいで」「裏切り者」「クズが」「死ね……死ねっ!」
槍を突き立てた男は切り捨てたが、できたことはそれだけ。
その男の攻撃を境に、浮浪者どもは今まで以上に激しく捨て身で武器を突き出してきた。
「あう、ぅあああっ! あがっ、あああっ!」
なぜだ。なぜこんなことに……私は、まだこのようなところで……。
まだだ。領地にまで……いや、王都にまで戻れば、まだ………………
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