第363話作戦の一手目

「……ただ、協力はするけど、最悪の場合は『魔王』の名を使わせてもらうことになるかもしれない。『魔王』がエルフを要求している。今回の誘拐は魔王、およびカラカスの勢力のせいだ。と」

「必要ならいくらでも名前を使え。ただし、母さんやフィーリアに害が及ぶようなことはするな」

「わかってる。それほど愚かではないつもりだよ。それに、その二人に害が出るとなったら、それは王家全体に害が出ることになるんだ」


 まあ、だろうな。フィーリアや母さんが、カラカスなんて犯罪者集団のトップである魔王と繋がってる、なんてしれたら、それは王族全体への批判に繋がりかねない。


「それから、できる限り城が関わっているとは知られたくない。奴隷になっているエルフを助けたとして、その後は城に連れてこられても保護なんてできないよ」

「だろうな。だが、その辺は一応対策がある。冒険者ギルドの副マスターがエルフなんだが、そいつが今違法奴隷だったエルフを一人保護してる。そいつに他の違法奴隷を保護させて、森に送り返せば解決だ」


 今回王太子にも協力を求めたがやって欲しいのは準備と後始末だけで、実際のところ、エルフの解放そのものに関してはこれといって何かを協力してほしいというわけではない。やって欲しいこともあるが、それよりは見て見ぬふりをしてほしい、という部分が大きい。実働はこっちでやる。


「冒険者ギルド……ああ。そういえば、副マスターはランシエと繋がりがあるんだったね」

「私の叔父」

「叔父? 君の?」


 俺は先日その叔父本人から聞いたが、王太子はランデルとランシエが繋がっていることは知っていても、その繋がりが親類関係だとは知らなかったようだ。


「……まあ、名前は似てるよな」


 言われてから考えてみれば、確かに名前が似てることは似てる。

 でも、まあこれはエルフに限らない話かもしれないが、エルフって育った場所ごとに名前の感じが似るらしいし、別に似ていてもおかしくないと思ったんだよな。実際には普通に親戚だったわけだけど。


「私の父は弟と一緒に森を出て人間の世界を旅してた。父は母と出会って森に帰って、弟は残って冒険者ギルドで仕事をするようになった」

「へー。そんな流れだったのか」


 叔父と姪だってことは聞いたけど、その流れまでは聞かなかったから知らなかった。

 でも、それでエルフがギルドの職員なんてやってて、ランシエがハーフエルフなのか。


「ねえねえ。そんなことよりも、なんでわたし呼ばれたの? おやつなくなったんだけど?」


 多少横道に逸れたものの、俺たちは真剣な話をしていたのにこの言葉だよ。誰が言ったのかなんて考えるまでもなく分かりきっている。


「……エルフの救出について話をしていたんだから、もう少し興味を持ってもいいと思わないか?」

「え? だってどうせあんたがなんとかしてくれるでしょ?」


 そのリリアの言葉を信頼と取るべきか、怠けと取るべきか、微妙に悩むがここは信頼されていると取っておいた方が心の安寧のために良い。


 こうして悩んでいる間にもリリアはお気楽な様子でおかわりの飲み物をもらっているが、今更その程度のことは気にしない方がいいな。


「……はあ。後でお前にも仕事をしてもらうからな」

「んー、何やるの?」


 さっき言ったばっかだろうがよお……。少し位は話を聞いとけよ。


「お前に頼むのは、エルフ奴隷の救出の旗頭。……ようは目立てってことだ」

「え? いいの? いつもは目立つようなことはしちゃダメっていうのに?」

「今回は特別だ。お前を目立たせてエルフ達を助け出す」


 しかし、それだけでこいつのやることが終わるわけではない。


「だが、その後にもやってもらうことがある。助けた後のエルフ達は、どうせ混乱してるだろう。心に傷を負ってるやつも、もしかしたら壊れているやつもいるかもしれない。そんな状態じゃあまともに移動させることも難しいだろうが、お前がいれば話は別だ。なんたってお前は聖樹の御子だからな。お前は傷ついたエルフ達を癒して、目立って、煽動しろ」


 奴隷になってたんだ。それも、外には出さないような非合法な奴隷。そんな奴の扱いなんて、俺はよく知ってる。

 何せ、カラカスではそういった心の壊れた女を保護しているし、俺は前にそこにいる女を見たことがあるんだから。


「みんなの注目を集めて、お前の手下として森まで連れてけ」

「分かった! まっかせてちょうだい! ……あ」


 リリアは俺の言葉に自信満々に胸を叩きながら宣言をした。

 だが、その手には先ほどおかわりしたばかりの飲み物があり、結果として自分にぶっかけることとなった。


「ねぇ、どうしよう……」


 悲しげな子犬のような目でこっちを見ているが……なんかもう、ここまでくるとこいつの馬鹿さ加減に愛らしささえ感じてくるから不思議だ。


「……計画に必要なことだとは理解していますが、どうにも不安が掻き立てられますね」

「……大丈夫?」


 フィーリアが心配するのは当然のことだが、ハーフとはいえ同族のエルフから心配されるって、お前はそれでいいのか、リリア。


「頭はダメだが、能力はそれなりにある。何より、こいつの存在は大事だろ?」

「それは、そうなのですが……」


 フィーリアは眉を顰めてリリアのことを見ているが、こいつ——『聖女様』を外すわけにはいかない。いざとなれば『化身様』でもできなくはないが、俺の場合はエルフじゃないからな。信憑性というか、違法奴隷の存在とかの証明の言葉が弱くなる。


「まあ、なんとかしてみせるさ。最悪、街中に森ができるだけだ」

「それはできることならば避けたいところだけどね」


 それは結果次第だな。


 ——◆◇◆◇——


 その翌日。俺は今、城の正面方向にある広場で騎士服を着て待機していた。


「——皆、先の騒動における被害が残り続け苦しみが続く中、これだけの者が集まってくれたことを喜ばしく思う」


 そんなセリフを吐き出しているのは、みんなご存知この国の王太子様だ。

 そして、そのセリフは俺だけではなくその場に集まった市民達も聞いている。というか、この茶番そのものが市民達に聞かせるために用意されたものなんだから当然か。


 なんでこんなことをしているのかと言ったら、まあ敵の足を引っ張るため?


「今日、ここに集まった皆は、私がこのような場を開いたことを不思議に思っていることだろう。簡潔に言ってしまえば、今日私がここに来たのは、謝罪と、真実を伝えるためだ」


 道具によって拡声された王太子の言葉を聞いて、市民達はざわめき始める。

 だがまあ、王太子なんて存在がたかが市民如きに謝罪なんて口にしたんだ。その反応も仕方ないものだろうな。


「王太子である私が謝罪など、なぜだと思う者もいるだろう。王太子であり、次の王である私が、何かやらかしたのかと、そう思う者もいるだろう。だが、そのことに関しては安心して欲しい。私が謝らなければならないのは、私自身のことではなく、弟のことだ。私の弟……第二王子マーカスは皆を騙していた。私はその事に謝罪をするためにこの場を設けたのだ」


 そう。今回は第二王子の邪魔をするために、あいつの拡げた「自分が敵を討ち、国を救った」という話をぶっ壊しに来たのだ。


 なんでエルフの救出前にこんなことをしたのか不思議かもしれないが、第二王子が英雄になってる状態で第二王子派閥に罪をなすりつけようとしたところで、信じられない可能性もあるからな。

 まずは第二王子、および裏切り者達の勢力を落とすことが先だ。


「マーカスが巨人を倒し、敵の首魁を討伐したと言われているが、あれは真実ではない」


 王太子がそう言った瞬間、それまでのざわめきとは違い、市民達の動揺は一気に高まり、あちこちで話し合うような声が聞こえ出した。


「もちろん、マーカスが敵の首魁を討ち取ったのだとスキルを使って真実だと確認したのは知っているし、それ自体は事実だ。だが、そこに至るまでの過程は誤りであり、この国を救った者の真実は、皆が知っているものとは全くの別物である」


 その言葉の直後、一人の武装した男が王太子の隣に歩み出た。


「巨人を倒したのはマーカスではなく、ここにいる私の雇った傭兵だ。マーカスは、巨人を討ち取られて呆然としているだけの敵を奇襲し、一太刀入れたにすぎない」


 そう。何を隠そう、あれは我が親父殿だ。今回の茶番を成功させるため、傭兵として雇われたという体で王太子に協力しているのだ。


「でも、それが本当だって証拠はあるのか?」


 親父が姿を見せてもなお広場のざわめきは止まず、むしろさらに混沌とした状態になった中、王太子の発言を疑うような声が聞こえてきた。


 それは直接王太子に投げかけたわけではないのだろう。ただ一人で呟いたか、もしくは誰かと話をしていただけ。


 だが、そんな声が聞こえた直後、再び王太子が口を開いた。


「だが、私がここで何を言ったところで信じられないだろう。故に、マーカスが『王家の秘術を用いた技』と言っている当時の状況を再現しよう」


 あの時の空に浮かぶ無数の剣は、第二王子が秘術によって行ったもので、もう一度再現することはできない、となっているし、市民の間でもそんな認識だった。


 だがそれが実際には再現することができたのだとしたら?


 そうなれば、市民達も第二王子の嘘に気づくだろう。最低でも疑いは持つはずだ。


「『黒剣』よ。頼んだ」

「はっ。王太子殿下」


 そうして親父が剣を抜き、掲げると、それまでざわめいていた広場が一斉に鎮まり出し、ついには誰も話しをする者がいなくなった。


「《魔剣》《聖剣》」


 親父がわかりやすくスキルの名前を口にした瞬間、親父の背後には一人でに剣が浮かび、その剣はどんどん数を増やしていった。

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