第362話違法奴隷救出作戦会議・2

 所有している者がわからない?

 俺にはわかる。それが違法かどうかまではわからないが、奴隷の存在そのものはわかるし、しばらく様子を見ていれば違法かどうかもわかることだろう。


 違法の証明をする必要がある?

 そんなの、する必要ないだろ。助け出した後はランシエのところかリリアの方の森まで連れて行けば、それ以上追求することはできない。片方は八天の土地だから他国のようなものだし、カラカスなんてもろ他国だ。


 貴族の不満?

 そんなの、ぶつける相手がいなければなんの問題もない。王家はただ邪魔をしないで後始末さえしてくれればそれでいい。

 助けた後は『賊』はすぐにいなくなってしまえばそれまでだ。

 そもそもが違法奴隷だし、攫われた後の調査で別の件に関する不正を見つけてしまえば、そちらに意識が向かうことになるし、それを見た他の者達は誰も何も言えなくなる。変に騒げば後ろ暗いことを探られることになってしまうから。


「え……」

「聞き方が悪かったのかもしれないが、これはお願いじゃない。言ったろ? 『協力してくれるよな?』って。すでにエルフ達を助け出すのは決まってる。その上で、確認しただけだ。お前がどう考え、どう答えようが、俺は動くぞ」


 俺の言葉に王太子はそれまでの愛想笑いを崩して顔を顰めた。


「……もし、僕が協力しないと言ったら、どうなるんだい?」

「その時はそれはそれで構わないさ。ただ、体から植物が生える奇病が貴族の間で広まるだろうし、その植物が貴族の家を飲み込んで小さな森を作るかもしれないってだけだ」


 もし俺たちだけで勝手にやることになったら、〝なぜか〟複数の家の家人から同時に植物が生え出し、〝なぜか〟それが違法奴隷を所有している者の家で、〝なぜか〟それと同時に賊の襲撃が入るだけだ。

 ついでに、その後にも〝なぜか〟その家では植物が急生長して森ができるけど、きっと奇跡的な偶然だろう。俺は知らない。


 俺が本気だと悟ったのだろう。王太子はしばらく考え込んだ後、大きくため息を吐き出してから口を開いた。


「何か策はあるのかい? 流石に、無策の状態で支援するとは言い切れない」

「一応はな」


 王太子の言葉に頷きながら、俺はリリアのことを指差した。

 指で差された本人はわけわからなそうに首を傾げているが、どうでもいい。どうせいつものことだ。

 ……だが、いつものこととは言っても、そうやってコップに残った最後の一滴まで飲もうとするんじゃない。こんな話し合いの場で口を開けながらコップを逆さにしてるなんて、みっともなさすぎる。


 ……まあ、それはそれとして話を進めよう。今何かを言ったところで何にもならないからな。


「こいつ、これでもエルフの中では偉いんだが、今はこの街の市民達から『聖女』なんて呼ばれて慕われてる」

「一応話には聞いていたけど、本当なのかい?」

「ああ。そんなことで嘘はつか——」


 本当だ、大丈夫だ、と示すために俺ははっきりと断言しようとしたのだが……


「ねえねえ、おかわりちょうだい! お水マシマシ果汁マシマシで!」


 その途中でバカのバカみたいな言葉が割り込んできた。


 というか、水もジュースも増すって、それってただ全体の量が増えただけじゃね?


「……嘘はつかないさ。これを見てると信じられないかもしれないけどな」


 リリアの奇行は無視して話を再開したのだが、王太子の目はどこか不安げだ。でも、そうだろうよ。俺だってこんな奴を見た後に大丈夫だ、なんて言われても不安しかない。


 だが、それでも王太子の反応は無視して強引に進める。じゃないといつまで経っても話が進まないからな。


「ただ、こいつを使う前段階の準備として、王家には事前に所有している奴隷の確認をしてもらいたい。理由としては『現在王都復興に人手が足りないから、各家から使用人や奴隷も協力にあたらせて欲しい。そのために、所属している使用人や所有している奴隷の数を教えてくれ』とでも言えば、断らないだろ。その申告以外に奴隷がいて、それがエルフであれば、もうそれは確定だろ? 後はこの『聖女』がその違法奴隷を所有している家から仲間の気配がするといえば、それでおしまいだ」


 エルフは奴隷の中でも高価だし、その見た目に価値があるんだから、怪我をするかもしれない復興作業になんか出すわけがない。

 だから、エルフの奴隷を持っていたとしても隠すに決まってる。

 もっとも、そもそもが違法なわけだし、エルフでなくとも出さないだろうけど。


 そんなわけで、王家の調査であっても黙っているだろうが、それで黙っていたとなればそれは全部違法だと扱える。


「だが、所詮はただの個人の言葉でしかない。絶対にいるんだという証拠がなければ、調べることもできないよ」

「ああ。だが、そこに違法なエルフの奴隷がいるんだと周囲に知らしめることができればそれでいいんだ。そうすれば、王家だって介入せざるを得なくなるだろ? 違法奴隷は犯罪なんだから、その犯罪の情報があるのなら踏み込めるはずだ。それに、こっちにはエルフの『お姫様』がいる。他国、他種族とはいえ、王族の言葉を無視できるか?」


『聖女』と『化身』がエルフがそこにいるっていれば、それはもう俺たちが助けた市民の間では確定事項として扱われる。

 市民達の間で「あそこの家はエルフを違法奴隷としている」って話が広まって、そこにエルフのお姫様が訴え出れば、調べないわけにはいかない。


「断れば怪しいが、怪しまれてもいいから断る奴もいるだろうな。平民や他種族の声など聞く必要がない、って」

「そうだね。それに、もっと言えばエルフは所詮少数民族であり、田舎者である。王国貴族が気にかけるような存在ではない。そう思っている者も、いないとは言い切れない。エルフの王族がいたところで、調査を受け入れない者はいるだろう」

「だろうな。でも、その場合は〝なぜか〟何者かに襲われることになるから平気だ」


 そうして襲われたとしても、「ああ、あの家は違法奴隷を所有してたんだな」と思わせることができる。


「ついでに、それを利用して第二王子派閥や裏切り者を犯罪者に仕立て上げることもできるぞ。今のところは粗がなくても、違法奴隷の所有は犯罪だからな。俺たちが同じ日に襲撃すれば、それでそいつは違法奴隷の所有者だ」


 違法奴隷を助けるために一斉に襲撃を仕掛けたとして、その中に一つ二つ何でもない家が混ざっていたとしても、それは違法奴隷を所有していたんだろうなと市民に思わせることができる。


「……随分と乱暴だし、まだまだ詰めるところはあるけど、大筋としては使えるね」


 王太子は俺の話を聞いて思案げな様子を見せているが、それでも実行そのものは認められることとなり、こうして俺のエルフ救出作戦の実行は決定した。


「けど、君が頼みたいことの本命は、その後始末だろう?」

「ああ。こっそり助けようが、大暴れして助けようが、どうしたってエルフ達がいなくなれば金持ち達は騒ぐだろう。その処理をして欲しい」


 いくら違法奴隷だとしても、どうせ表面上は普通の奴隷ってことになってるだろうし、つまりは誰かの正式な所有物ってことだ。

 それが持っていかれたとなれば、騒がないわけがない。


「その代価として、ランシエを八天に戻らせることができるぞ」


 今のランシエは、名前だけは八天に連ねているが、実際には八天として活動していないし、本人もその意識はない。今の状態で『お願い』をされたところで、ランシエは言うことを聞かないだろう。

 その結果八天から外され、領地を没収されたとしても、そのまま居座り続けるに違いない。


 今までだって戦場から帰っても王に挨拶も報告もしないで自領に引きこもっていただけだし、八天として名前を連ねているのだって王国側の事情だ。戦力はまだ残ってますよってポーズのために八天をやめさせていないだけ。

 やめさせる前に今回の事件が起こったとも言える面もあるけど、まあそれでも残ってくれるんだと正式に約束してもらえるんだったら、王太子としても助かるだろう。


「それは……いいのかい?」

「私は、同族を助けられるのならそれで構わない」


 ランシエは、俺が勝手に決めたことであるにもかかわらずなんの問題もないと頷いた。


 そんなランシエや俺のことをみた王太子は、何かを考えるような様子を見せた後に再び口を開いた。


「……もう一つ条件をつけさせてもらいたい。ランシエ、君には僕の護衛に回ってもらいたい」

「護衛?」

「もう神兵がいるのにか?」

「エルフの奪還を実行したとして、その対処に僕が動いたとしても碌な成果を出せなければ皆僕のことを怪しむだろう。そうでなくても、相手は悪事を働くような狡賢い連中だ。僕が解決する気がなく有耶無耶にしようとしていると気がつくかもしれないし、むしろ進んで協力しているとさえ気づくかもしれない。そうなったら報復に出るかもしれない。今はちょうど第二王子と争っている状態だしね」


 あー、まあそうか。敵は多いだろうからな。

 ランシエは、できることなら俺たちが帰った後のフィーリアや母さんの方につけたかったんだが……仕方ないか。敵としても優先順位は王太子の方だろうし、そっちに死なれても困るんだから守りを固める必要があるのは理解できる。

 まあ、どうしようもないからフィーリアと母さんにはこの庭を用意できただけでも良しとしておくか。

 ……いや、せめて後で部屋おき用に植木鉢でも用意しておくか。枕元にでも置いておけば、夜寝ている時だろうと勝手に迎撃してくれるだろうし、多少は安全になるだろう。


「だから、どうかな?」

「護衛をすれば、助けられる?」

「少なくとも、僕は協力しよう」

「分かった。ただし、護衛に参加するのはみんなを助けたあと」

「ああ。どうせ報復は奴隷を助けた後じゃないとこないだろうし、それで構わない」


 こうしてランシエが王太子の護衛に加わることが決まり、王太子の立場はより盤石なものになった。

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