第331話ヴォルク:合流完了

「あー、まあそんなわけだ。ここから逃げるぞ」

「ですが、まだ娘が……」


 ああ、そのことについても言ってなかったか。くそっ、今回は手落ちが酷えな。


「そっちはあんたの息子が助けに行ってんよ」

「あの子がっ!? あの子も来ているのですか!? どうして!」


 こんな危険なところに来てるからだろうな。息子が来てるってことを伝えると、リエータ王妃は目に見えて焦り始めた。


「どうしても何も、あんたを助けにきたんだよ。まあ、結局は少しでも成功率が上がるようにってんであいつは俺にあんたのことを任せて自分は妹の方に行ったけどな。だが、あいつは自分の手であんたを助けたがってたぜ」

「そう、ですか。あの子が私をまた……」

「まあそんなわけだ。ついてきてくれるか?」


 あいつの名前を出してから少し話をしたことで落ち着いた王妃は、改めて問いかけた俺の言葉に今度は迷うことなく頷いた。

 さっきまであれだけ警戒していたのに名前を出しただけで簡単に信じすぎじゃねえかとは思うが、それだけ追い詰められてたってことなんだろうな。


「はい。よろしくお願いいたします。それから、ありがとうございました」

「気にすんな。あいつの願いを勝手に叶えてるだけだ」


 俺としちゃあ、あいつに頼まれたからってのもあるが、あいつに頼まれなかったとしても助けに来てただろうな。実際、あいつが一人で来ようとしたところを止めて協力を申し出たのは俺からだったしよお。

 だからまあ、これは俺が勝手にやったのと同じだ。んな礼を言われるほどのことじゃねえ。


「いいえ、そちらではありません」

「ああ?」


 だが、リエータ王妃は俺の言葉に対して首を横に振って答えた。

 そちらじゃないって、じゃあどれのことだ?


「あの子を救っていただき、そして今まであの子を守ってくださって本当にありがとうございました。感謝を伝えることができず、心苦しく思っていたのですが、ようやく伝えることができました。私に何かできることがありましたら、お申しください」


 ……ああ、何かと思ったらそんな昔のことかよ。

 まあ母親からしてみりゃあ死にそうだった息子を拾って育ててくれたってのは嬉しいことなんだろうな。この人が俺に感謝してるってのは、今までの手紙でわかってた。

 だが、なんだな。面と向かって言われっと、気恥ずかしさっつーもんがあんな。


「……ありゃあ俺が勝手にやったことだ。そこにあんたがどう思おうと勝手だが、少なくとも俺は恩を着せるつもりはねえよ」


 あの時はガキを自分の手で殺すのも、ただ見殺しにすんのも気に入らなかったから拾っただけだ。それを利用してどうこうしようなんてのは考えちゃいなかった。


「ですが……」

「それよりもだ。今はさっさとこの場所を抜けるぞ」

「……はい」


 尚もなんかを言い募ろうとした王妃だったが、これ以上このことについての話なんざいらねえ。今はそんなことよりもさっさとこの場所から逃げ出した方がいいだろうよ。


「あっ——」

「っと。気いつけろ。……いや、気いつけんのはこっちか。捕まってたんだってんならすぐに動けるようになるもんでもねえわな」

「いえ、助けていただいたのに迷惑をかけているのは私です。申し訳ありません。もう転ばないように気をつけますので、早く逃げましょう」


 そう言ってから先を走り始めた王妃だが、やっぱしどこか不安定な上に、俺が走るよりも遅え。

 まあ同じ第十位階っつっても、近接戦闘系と魔法系じゃあ身体能力の強化率がちげえから仕方ねえか。


「悪いが、ちっと我慢してくれや」


 王妃の隣を走りながらそう言うと、俺は手を伸ばして抱き上げることにした。いわゆるお姫様抱っこってやつだ。王妃相手に、しかも俺みてえなのがこんなことをすんのは不敬どころの話じゃねえし、ちっとばかし恥ずかしいんだが、これが一番効率的だ。


「え? あ、きゃっ」


 突然抱き上げられた王妃は短い悲鳴をあげたが、特に暴れるでもなく大人しく抱かれてくれた。


「わりいが、ちっと寄り道すっぞ」


 あとは逃げるだけとなった俺たちだが、ふと思いついた事があって王妃にそう伝えた。


「どちらへ?」

「賊を殺しておこうかと思ってな。その方が平和になんだろ」


 本来なら殺すなとか言われてたし、わざわざ殺しに行く理由も、ないっちゃない。

 だが、それでも殺しておいた方が色々と楽になる気がする。


「賊というのは、王を名乗る襲撃者のことですか」

「そうだ。頭がいなけりゃあ組織だった行動はしづらくなる。それに、捕まってる奴らは解放したがその全員をあんたみてえに助けるわけでもねえ。だが、敵が混乱してれば助かる確率は上がるだろ」


 こんだけの騒ぎを起こしたんだ。すぐに俺たちを追えるかどうかは微妙だが、まあ追わねえってことはねえだろう。

 だが、指揮をする頭が潰れりゃあ追っ手なんて出してる余裕はなくなる。うまくいきゃあ組織の分裂や崩壊だってあり得るし、残ってる反抗勢力なんかが動き出して混乱を広げてくれるだろう。

 それに、ヴェスナーの方がどんな塩梅になってんのかしらねえが、逃げるなら追っ手が少ねえ方がいいってのは確かだろ。


 それに、牢屋で捕まってた奴らはとりあえず檻を壊したことで勝手に逃げ出す事ができるようになるだろうが、指揮系統が残ったままだと逃げたとしてもすぐに捕まるだろう。


 まあ、もし魔物たちは敵の頭に操られている場合、そいつを殺せば魔物たちが暴れ始めるかもしれねえが、それは仕方ねえ。どのみち魔物の対処はしなくちゃならねえんだ。

 万が一生きたまま敵の頭を捉える事ができたとしても、そこまで追い詰められたら暴走させることは目に見えてっからな。

 だから今殺そうが後で殺そうが、結果なんて変わりゃあしねえだろ。


「捕まったものたちのため、ですか。お優しいのですね」

「そんなんじゃねえよ。ただちっと思いついたから気になったってだけだ。ただのついでだ」


 ここには救出に来ただけで、本来なら救出対象を連れた状態で戦うなんてするもんじゃねえ。

 だが、逃げるくらいならできんだろ。一当たりして殺せないようなら殺せないで速攻で逃げりゃあいい。


「ですが、私はどうすればよろしいですか? このままですと足手まといになってしまいます」

「まあそん時は流石にあんたを降ろせばいいだろ。あんただって自分の身ぐらい守れるだろ?」


 降さなくても片腕だけ使えりゃあ大抵はなんとかなるが、なんとかならなくて降ろすことがあっても、この人なら一人でもそれなりに身を守ることができるだろうよ。なんつったって第十位階だ。建物ん中じゃあ土系統の魔法は使い辛えが、何もできないわけでもねえ。


 だが、王妃は俺の言葉に表情を曇らせながら答えた。


「普段であれば可能でしたが、今は魔法を封じられてしまっていますので……。剣も使えないことはありませんが、あくまでも護身用にしかなりません」

「あ? ああ、そう言やあそうだったな」


 言われてみりゃあ確かに魔法封じの枷をつけたままだったな。剣を振り下ろすなんて御転婆なことをやってたから忘れてたが、先に枷を外してやった方がよかったな。


 そう考えてから、走っていた足を止めて王妃を降ろす。


「何を……?」

「ちっと動くな」


 突然の俺の行動に困惑した様子を見せるが、それを無視して《聖剣》を作り、それを振るう。


「これでいいだろ。……怪我はねえか?」

「え? ……あ」


 俺の言葉を受けて王妃が手を動かすと、その手の動きを制限していた枷はガシャンと音を立てて落ちた。


「まさか、切ったのでしょうか?」

「ああ。それくれえならなんてこたあねえからな。それより、これで問題ねえだろ。試しに使ってみろよ」


 一応ただの剣でもできねえことはなかったが、傷付けねえために『使用者の望んだもの以外切らない』なんて効果のある《聖剣》を使った。まあ、ここでスキル一回分を使ったところでそれくれえなら問題ねえだろ。


 俺の言葉を受けて、王妃は先ほどまで自分のことを縛っていた枷を操り、金属の塊に変えてそれを自分の手に巻きつけた。

 金属操作は土の系統から少し外れるはずなんだが、それでもある程度は操れる。

 だが、ここまで見事にとなると、そうそうできる術者はいないもんだろうよ。流石はってところだな。


「問題ありませんわ」

「そうか。そんじゃあ問題はねえわけだな」

「はい。それでは、その……いきましょう」

「? ああ、そうだな」


 そうして俺は、一歩こちらに体を寄せたリエータ王妃を再び抱き上げて走り出した。




「——ええい! まだ捕まらんのか! 襲撃者は少数なのであろう!?」


 しばらく走って目的地の真上にたどり着いたわけだが、近くから……っつか真下からそんな声が聞こえてきた。聞こえて来たっつっても、それは俺の強化してある身体能力があるからこそ聞こえてきたんだろうがな。

 まあその辺はどうでもいい。重要なのは、この声が俺の求めている人物なのかってことだが、多分当たりだろうな。


「で、ですが敵は想像以上に強く、また、囚われていた者たちも解放して行っているようで敵の戦力は——」

「黙れ! そのような言い訳など聞くつもりなどない!」


 階下から聞こえてきた内容に耳を傾けつつ、王妃を降ろしてから剣を手にして床を切る。


 適当に四角っぽくなるように切れ込みを入れた床は問題なく切れたようで、支えを失って落下していった。ついでに、その上に立ってた俺たちも落下していくが、この程度の高さなら問題ねえ。


 落下が終わり、目的地であった玉座の間にたどり着いた俺たちだったが、ちっと失敗したな。どうせなら賊の親玉の真上に落とせばよかったかも知んねえ。そうすりゃあそれでおしめえだっただろうに。

 まあ、この後俺が切れば結果は変わんねえか。


「な、何事だっ!?」

「どうも、邪魔すんぞっと。あんたが賊の親玉であってっか?」


 そう言いながら剣を肩に担ぐと、俺たちを包囲するかのように親玉の周りにいた騎士たちが俺たちを半円状に包囲するかのように動いた。


「ぞ、賊だと!? ふざけるな! 我はこの国の王だ! 賊などではない! それは今まで王を名乗っていた偽王の方であろうがっ!」

「偽王?」


 偽王ってのは、言葉の通り偽物の王様ってことでいいんだよな? そりゃあ前の王のことを示してんのか? なんで偽王だ? 状況的に言やあ、こいつの方が偽王って名前がふさわしいと思うんだがな。


「あ? 親父か? なんだってこんなところにいんだ?」


 なんて考えてっと、玉座の間の大扉が開いて妹の王女を引き連れたヴェスナーが姿を見せた。

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