第311話王太子:次に向けて

 

「——ひとまずは、なんとかなったか」


 護衛の二人は客間を与えているからそちらにいるために、部屋に戻った僕は一人きりとなった。

 そんな部屋の中で、誰も文句を言うものが見ていないのをいいことに、堅苦しい服から着替えることもなく僕はベッドに横になる。


「ジョン。出てきてくれ」


 だが、それもわずかな間だけ。すぐに体を起こすと誰もいない場所へと向かって呼びかけた。

 どこからともなく近衛騎士の制服を着た男が姿を見せた。


「元気そうで何よりだ」

「まあ、元気かどうかと言われると微妙なところだが、なんとかね」


 この男はジョン。僕についている『影の一族』の一人だ。僕とは歳が同じで、背格好も似ているから僕の友人役として配置されたらしい。

 もっとも、今ではそんな思惑なんてなく友人であると思っているが。


「それよりも、すまないが少し聞きたいことがある」

「ん? なんだ?」


 喜ばしい再会ではあったが、僕はその話もそこそこに切り上げ、口を開いた。


「私の次の王子として、第二王妃の元に男児が生まれたというのは知っているな?」

「……それは、流産した本来第二王子になるはずだった方のことか?」


 ジョンは訝しげに表情を変えながら問い返してきたので、僕はその言葉に頷く。


「そう。その者だが、生きている可能性はあるか?」

「生きている? 死んだはずの王子が、か?」

「そうだ。実は流産などしておらず、だが死んだことになった可能性。そして、それがあり得るのなら誰が関係しているのか。わかるか?」


 調べるつもりだが、まずは何か知っている可能性のある『影』に聞くべきだろうとジョンを呼んだ。どのみち、調べてもらうんだとしたら彼らの力を借りることになるのだし、ここで聞くことを躊躇う必要はない。


「……まずは国王陛下だな。それから陛下の護衛である「剣聖」に近衛騎士が数名。陛下についている我々と同類の『草』達。宰相や一部の大臣達。担当した典医も当然知っているだろうな」

「王妃の中には?」

「件の王子の母親である第二王妃本人は微妙なところだが、その他の中にはいないだろうな。そんなことを知っている者がいたら、もっとおかしな動きをしているやつも出てくる」


 僕の問いに返ってきたジョンの答えは、僕の考えていたものと同じだった。

 やはり、知っているものとなったらその辺りか……。


「んで? そんなことを聞いた理由は? ただの思いつきってわけでもないんだろ?」

「……魔王は、私の弟だった」


 一瞬話すべきか躊躇ったが、話さないままでは進まないし、正確な情報収集もできなくなるだろうと考え、正直に話すことにした。どうせ、調べようと思ったのなら自力で調べられるだろうしね。


「………………はあ?」


 そんな気の抜けたような声が返ってくるのも、まあ無理もないだろう。僕だって最初はそんな気持ちだった。


「少なくとも、弟を名乗る者で、その話に信憑性はあると感じた。その真偽について調べてくれ」


 まだ本物だと決まったわけではないが、十中八九本物だろうとは思っている。


「まあ、それは分かったが……その話が本当だったとして、だ。どうするつもりだ?」

「そうだな……色々と変えなければならない、だろうね」

「変えなければ? ……って、おい。……本気か?」


 言葉を濁しながらの僕の発言だったが、ジョンはそれだけで真意を汲み取ってくれたようで目を丸くしている。


「本気だし、正気だよ。前から、気になっていたところは色々あるんだ。ちょうどいいと言えばちょうどいいだろう?」


 父上は、歴代の王に似ていないと言われている。髪の色、目の色、顔立ちに性格に能力。色々な部分が似ていない。それは先代の王——僕らの祖父もそうだったが、その前の王達とはあまり似ていないそうだ。


 実際、肖像画などを見ると家族と呼ぶには雰囲気が違う。

 そのせいで、祖父は不義の子であると言われ、正当性はあるのか、と代が変わったいまだに言われることもある。

 現王である僕らの父はそれを気にしており、あまり他の大臣など上層部の者達に対して強く出られないでいる。

 今回の戦争のように強く出る時もあるが、それは稀だ。

 そのため、上層部の者達は好き勝手に振る舞うこともあり、ありていに言えば国が『腐って』いっていた。


 それをどうにかしなければならないと、以前からそう思っていた。だから、今回の出来事は、頭をすげ替えるタイミングとしてはちょうどいい機会だとも言える。


「……まあ、主人であるお前がそう決めたなら俺たちは動くだけだけど……無茶はすんなよ」


 そうしてジョンは僕の頼みを引き受けて他の『影』も使って調べてくれた。

 数日もすれば報告がきたのだが、やはり話は本当だったようだと分かった。


「すまないが、しばらくここは任せた」

「任せたって……どっか行くのか? 謹慎中じゃあなかったか?」

「ああ。少し、例の者の実家に行ってみようかとね」


 今の僕は陛下から謹慎を言い渡されているが、むしろだからこそちょうどいい。

 誰にも会うことのできない状況であれば、自由に動きやすくなる。


「行って、何か変わりますかねえ?」

「変わらないかもしれない。だが、歩み寄る気があるのだと意思を見せることは無意味ではないだろうし、事実を確かめると言う意味でも有効だ」


 すでに調べはついているのだからその確認の意味でしかないが、行くこと自体に意味がある。


「負担をかけることになるだろうが、頼む」


 ジョンはそう言うと顔を俯かせ、顔をあげたかと思うとそれまでのジョンの顔とは別の顔がそこにはあった。というか、目の前にあるのは僕の顔だ。


「なに、心配せずともいつものことだろう? 君は行ってくるといい」


 そして、口を開いた『僕』の口調は僕と同じもので、服装もいつの間にか同じものに変わっていた。

 だが、これもおかしなことではなく、いつものこと。

 影武者。それが本来のジョンの『影』としての役割なのだから。


「ありがとう。良い土産話でも持ってこられるように期待していてくれ」

「それよりも、今回も無事に帰ってこられることを期待したいところですね」

「ああ、それは大事だな。私自身そこは期待してるよ。一応神兵が合流してくれたから大丈夫だとは思うが、人生なにが起こるかわからないからね」


 この数日の間に、どうやら生きていたらしい神兵が戻ってきて僕に連絡を取ってきた。

 戻ってきたと言っても素直に城に戻ってきたわけではなく、城下町に宿をとってそこに泊まりながら手紙を届けてきたのだ。

 どうやら、彼も今の国王の在り方に疑問を持ったらしく、僕の活動に協力してくれることとなった。

 なにが起こるかわからない現状では、彼の力はありがたい。


「それじゃあ、行ってくる」

「お早いお戻りをお待ちしております」


 そうして僕はアルドノフ領へと向かって密やかに進んでいった。

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