第310話王太子:帰還

 ・王太子


 ——失敗した。


 僕はカラカスの虜囚として捕らえられてから何事もなく送り返され、今ではもう目と鼻の先に王都が見えるところまでやってきていた。


 道中はカラカスの護衛のおかげもあり、特に何者かに襲われるということもなかった。

 カラカスを出た後の僕の行動は、まず最寄りの村に向かうことだった。別に村ではなくて街でも良かったのだが、とにかく人のいるところに行きたかった。

 そして、王子であるという身分を明かし、馬を手に入れることにしたのだ

 と言っても、今の僕が王族だと名乗ったとしても、当然ながら信憑性なんてない。見た目はそれなりに装飾のついている鎧を身につけているものの、歩きな上に供にいるのは二人だけなのだから当然だ。

 なので、身につけていた装飾と馬を交換し、足を確保することにした。


 そうやって足を確保した後はできるだけ早くに王都へと向かい、ようやく今戻ってこられたのだ。


 だが、そんな僕の胸の内は、ただただ僕がやらかしてしまった『失敗』と、それにまつわることばかりを考えていた。


 もちろんここにくるまでにこの後の対応、どう動けばいいのかなどは色々と考えたし、その答えも出すことはできた。

 だが、どうしても最初の失敗が大きすぎてそれが思考を鈍らせる。


『最初の失敗』というのは、今回の戦の進め方——なんかじゃない。あれはもう、戦争が始まると決まった時点であの結果になることは既定路線だった。どんな作戦を練り、考えて動いたところで、負けるという結果は変えようがないのだと理解できる。

 だから、僕が間違えたのはその後だ。


 あの弟を名乗った魔王は家族というものに思い入れがあるように感じられたから、そこを利用して家族である僕の仲間にできればいいなと思った。


 だが、失敗した。確かに、今思い出してみればあの時の私の行動は些か急ぎすぎていた。本当ならもっとじっくりと話をし、友好を結ぶ程度で済ませておくべきだった。実際、普段の私ならそうしていただろう。


 焦った。一言で言うならそれだ。


 あの時の状況を考えれば、それもある意味では仕方ないだろうと思える。あんな地獄のような光景を見た直後に話なんて、冷静にしていられるわけがない。

 どうにかしなければ、と考え、どうするのが自分や自分たちにとって最善かしか考えていなかった。

 その結果、相手の利益や状況を無視して自分にとって都合がいいようにだけ考えてしまった。

 今にして思えば、なんて愚かなことをと悔いるしかないが、もうやらかしてしまったことは変えられない。


 僕がそんなことをしでかしたのは、言い訳になるが焦ったことの他にあの魔王が少年だったことと、弟だと名乗ったことも関係しているだろう。

 僕は魔王と会う覚悟をしていただけに、危険が薄れたと感じてしまったことで気が緩んだ。いや、緩みすぎた。


 結果として話し合いは失敗。敵対することはなかったが、仲間となることもできなかった。


 色々と話を聞けて、助けられる者が増えたという最初の思惑で考えればプラスの成果だっただろうが……はあ。


「で、殿下!? ご、ご無事でしたか!」


 街の中に入り、城へと進んでいった僕だったが、色々と改めて考えているうちに城へとたどり着いた。


「ああ。心配をかけたな。すまない」

「いえ! こうしてお戻りくださっただけでもっ……!」


 わかっていたことだが、この反応からして僕たちが負けたことはすでに知られているみたいだ。

 もっとも、街中の雰囲気はたいして変わらなかったので、それほど大々的に知られているというわけでもないのだろうが。


「それよりも、どうやってお戻りに? その、逃げ帰った兵の話では……凄まじい戦場だったと聞き及んでおりますが……」

「そのことについて話をするつもりだが、まずは陛下への面会を。敗戦の将とはいえ、帰ってきた以上は出向かないわけにはいかないだろう?」

「は、はっ! 失礼いたしました!」


 門番との軽いやりとりを経て、僕は城の敷地中へと進んでいった。

 そうしてようやく人心地ついた感じがしたが、実際にはなにも終わっていない。


「君たちはどうするのかな?」


 ふと後ろに振り返って、護衛としてついてきた二人に問いかけた。


「我々は〝傭兵〟ですんで、ひとまずはここまでで終いですね」

「ただ、この後も俺たちを利用してもらえるなら、引き続き仕事を引き受けますよ」


 カラカスの出身という割に、思っていた以上に礼儀正しい二人の男。

 彼らは〝傭兵〟としての身分があるらしく、それを利用して護衛として道中で拾ったという設定だ。


「そうか。なら、頼むよ。これまで通り、一緒にいてくれると心強いからね」


 ここで彼らを離すのは愚策だ。護衛と称しつつも、その実は監視であることなんて理解している。

 けれど、それと同時に僕から向こうに連絡をつけることができる唯一の伝令役なのだ。


「——ルキウスよ。よくぞ戻ってきた」

「はっ。私も今一度お目にかかれて喜ばしく思っております、国王陛下」


 その後は一旦部屋に戻り着替えをした後、すぐさま父上——国王陛下への謁見となった。

 その場には陛下だけではなく、残りの八天の二人である『錬金術師』と『格闘家』がおり、それ以外にも大臣や他の王族なんかも揃っていた。

 サッと軽く見回したが……やはりというべきか、あまり歓迎されているような気配は感じられないな。


「ですが、此度の戦——」

「戦に負けた者がよくぞ戻ってこれたものですね、兄上」


 僕が今回の戦について弁明をしようとしたところで、陛下ではない者からの横槍が入った。

 その声の方向を見ると、そこにはニヤついた笑みを浮かべている弟——第二王子であるマーカスがいた。

 本来であれば第二王子として存在しているはずだったらしい魔王を名乗る少年とあったからだろう。あの者と比べると、この弟では随分と格が落ちるように感じてしまう。


「……此度の戦は誠に申し訳ございません。軍を任されておきながらこのような結果を出すこととなってしまい、弁明の余地もありません」


 だが、そんなマーカスを無視して僕は陛下への報告を続ける。


「負けたと言っても、近づいたのは事実であろう? 魔王を名乗った者は、どのような存在であった?」


 ……やはり、陛下は『魔王を名乗っている少年』のことが気になるか。

 あの少年の言葉が本当であるのなら、当然ではあるだろうな。


「申し訳ありませんが、何もわかりませんでした。近寄る前に魔王からの攻撃が行われ、八天が敗れました。その後は我らの陣も攻撃を受け、軍の指揮を取る余裕もなく全員がそれぞれ逃げ延びるのに必死でした。私も、今こうして生き残っているのが不思議なほどです」


 だが僕は、陛下の問いに対してあらかじめ約束していた通り首を横に振って「なにも知らない」と答えた。


「総大将であるにもかかわらず、軍を放って自分だけ逃げたわけですか! それで良いと本当にお思いなのですか!」


 そんな僕の言葉になにを思ったのか、またもマーカスは話を遮って大声で僕のことを糾弾してきた。


「後ほど此度の戦についてまとめた報告書を提出いたしますので、詳しくはそちらを読んでいただきたく」


 しかし、僕はその言葉すらも無視して話を進めていく。


「なんとか言ったらどうなんですか! 兄上!」


 ……騒がしい。これがあれと同じ弟だと思うと、どうしてこうも違いがあるのかと本気で考えてしまう。

 けれど、今はこんな態度もありがたい。


「……陛下、少々失礼いたします。——今は陛下の御前だ。弁えよ。いかに兄弟であろうとも、状況や場というものを考えなさい」


 国王陛下に一言断りを入れてからマーカスに向き直った僕は、そう言って弟に向かって堂々とその振る舞いを咎めた。


「お、俺は王子だ! 国のためを思えばこそ、国に不利益をもたらした兄上を責める権利はあるでしょう!」


 まさか今の僕の状況で言い返されるとは思っていなかったのか、マーカスは怯んだように一瞬だけ言葉を詰まらせながらもさらに反論してきた。


 しかし、そんな言葉を僕は首を振って否定する。


「王子であったのだとしても、むしろ、王子であるからこそそれに相応しい振る舞いをしなくてはならない。確かに今回私は戦に負け、こうして命からがら逃げ帰ってきた。だが、そうであってもお前が今口を出す理由にはならない。言いたいことがあるのなら聞こう。責めるのなら甘んじて受けよう。だが、それは今ではない。もう一度言う。弁えるんだ」


 当たり前と言えば当たり前の話だ。この国では国王が一番偉い。にもかかわらず、国王が話をしているのにそれを遮って自分の意見を口にするなど、いくら王子といえど無礼であるに決まっている。


 だが、僕はそんなことしているマーカスをありがたいと思った。


 王への報告の最中に突然横槍を入れるような王子と、戦に敗れはしたが頭を使うことができる王子。

 貴族たちとて、担ぐ相手はそれなりのものを選ぶ。でなければ、担いだ者を王にした後苦労することになるのは自分たちなのだから。

 だからこそ、私の価値を見せるのには、こうして引き立て役となってもらえる者がいるのがありがたかった。そうすれば、僕にもまだ道は残るから。


「……お前の処遇は後ほど言い渡す。今は部屋に戻って謹慎しているのだ」

「はっ。承知いたしました、国王陛下」


 マーカスのおかげで話が切れたからか、あるいは『魔王の少年』についてなにも聞けなかったからか、これ以上話をしても無意味だと判断したのだろう。その場では僕への処遇はなにも下されず終わることとなった。

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