第308話戦いを終えて

——◆◇◆◇——

・カルメナ


「——ふぅ〜。久々にまともに動いて疲れちまったねぇ。坊には特別に報酬でもねだろうかね?」


 久々にまともに力を使って戦いなんてもんをしたから、全身に嫌な疲れが溜まっている。

 本当なら元の姿なんて見せるつもりもなかったんだけど……ま、あいつが相手じゃ仕方なかったってもんかね。


 実際、あたし自身にゃあ怪我なんてひとっつもないけど、余裕があったかって言われると、全くもって違うと断言できる。あのまま変装スキルを使い続けて残りの使用回数を消費し続けていたら、まあ今頃はあたしの方が死んでたかもしれないねえ。


「ほらあんたたち。そんなとこでぼさっとしてないで、さっさと戻んな! ついでにエド坊にも伝えな。後処理は任せたってね!」


 ある程度は最初に避難させたし、人を配置して街を守らせたりしちゃいたが、流石にあれだけ派手に戦えば周囲に人も集まってくるってもんだ。

 あたしはそんな野次馬どもに向かって声を張り上げ、そのうちの一人にエド坊のところに伝言をするように伝えた。

 周りにはうちの男衆がいるんだからそいつらに頼んでもよかったんだけど、今回は大変な目に遭ってもらったんだ。

 そんな雑用なんかは他のに頼んで、少しでも休ませてやりたかった。


「ああ、その必要はありませんよ。もうすでにいますので」


 けど、そんなあたしの配慮は大した意味がなく、呼びに行くまでもなく本人が姿を見せた。


「なんだい。あんた本人が来てたのか。いいのかい? あんたは大臣だろう?」

「それを言ったらあなたもでは? そろそろ終わるだろうと思ったのですが、私だけ動かなければ後で文句を言われそうですので」


 ま、あたしも今や国に所属してるお偉いさんだ。国って言ってもそんなに真面目なもんじゃないいい加減なもんだけど、昔から考えたらずいぶん出世した立場だってのは間違いないね。

 けど……


「文句? そんなもん言いやしないだろ。あんたが裏方で動いてんのはあの二人だって承知してるはずだよ」

「だとしても、黒剣は『出番がなかったな』とでも言って揶揄ってきそうですので」

「あー、ま、そりゃああるかもしれないねえ」


 あの坊は……いや、うちの魔王様は文句なんていいやしないだろうけど、その養父であるヴォルクの方は言うだろうねえ。その光景が容易に浮かぶってもんだ。


「ですので私自身できたのです。——それはそれとして、お疲れ様でした」

「本当にお疲れだったよ。なんか褒美の一つや二つあってもいいんじゃないかい?」

「それは魔王様の方へお願いします。私はただ諸々の確認と処理に来ただけですので」


 あたしの言葉に淡々とどうでも良さそうに返しながら、エド坊は周囲の状況を確認し、引き連れてきた部下に指示を出していく。


 そんな姿を見つつ、あたしは他の状況を尋ねてみる。


「黒剣の方はどうなったんだい? どうせあたしよりも早く終わってんだろう?」

「ええ。あちらは黒剣が戯れに少し雑談をした後手合わせをし、毒を入れて放逐しておしまいでした。実際に戦っていた時間としては、十分も持たなかったですね」

「毒? あいつがかい?」


 毒、なんて言われても、あの男が毒なんて使う様子が思い浮かばない。あの男ならそんなもん使うまでもなく全部切っておしまいだろうに。


「毒と言っても、言葉の毒ですよ。裏切らないか、と提案したようです」

「ああなるほどね。しかしまあ、あれを相手に十分ももった相手のことを褒めるべきかねぇ? あっちも手負だったんだろう?」


 あたしら三人は、ちょいと前は『五帝』なんて呼ばれて同格扱いされちゃいたけど、正直ヴォルクだけは格が違った。というか、違うとことまで行ってしまった、ってのが正しいかね?


 あの男は、第十位階とかそんなのを通り越して馬鹿みたいな力を手に入れちまった。正真正銘の化け物ってのは、ああいう力を言うんだろうね。

 それを相手に十分耐えたってのは、まあすごいことだと思うよ。


「遊び込みでの十分ですので、まともに戦った時間はもっと短いですよ。まあ、それでも数分耐えられることはすごいと思いますが、腐っても第十位階ということでしょう。私だったら最初の一撃で死んでますから」

「そりゃああんたは分野が違うだろうからねぇ。——ま、ともかく後始末は任せたよ。あたしゃあ帰って休むとするよ」


 本当に、今日は色々と疲れたねえ。肉体的にもだけど……精神的にも。

 こんなに疲れたのは、久しぶりのことだから余計に疲れて感じるよ。


「ええ。お疲れ様でした。あなたは黒剣や魔王様と違って余計なことをしないので楽で助かります」

「好き勝手振る舞う姿を見るのも、それはそれで楽しいもんだろ? 振り回される人生も、存外いいもんだよ」

「まあ、飽きない、という意味では賛同しますが、その皺寄せがこっちに来るのはお断りしたいところですね」

「かっかっかっ。それもまた人生ってもんだよ。若いうちには苦労しときな」

「私ももうそれほど若いという歳でもないですし、なんだったらあなたの方が長生きすると思うのですが……まあ今はこちらの処理をしますかね」


 あたしは《抗老化》のせいで歳をほとんど取ることはなく、他人よりも長生きすることが決まっている。

 このスキルは常時発動型スキルの中でも切り替えができる類のものじゃあないし、どうしようもない。

 周りが変わっても自分だけは変わらず、世界に取り残された感じが憎たらしくてしかたがない。

 だから変装なんて使って姿を変え続けてきた。少しでもみんなと同じ時間を進んでいられるように、なんて思ってね。


 でもまあ、この街の変化を見続けられると考えるんだったら、悪いもんでもないのかね?


 ——◆◇◆◇——

・ヴェスナー



「よお、お疲れさんだったな」


 ランシエの案内を終えた俺は諸々の話のためにカラカスにある親父の館にまで戻っていったのだが、親父は館にいなかった。

 けど、なんか街の様子がおかしくてちょっと調べてみたら、なんかどうやら生き残っていた八天がいたようで、しかもそいつらがいつの間にか街の中に入ってきていたらしい。

 で、それの対応に親父と婆さんが出て、その後始末にエドワルドが動いたようだ。

 つまり、俺が全部片付けたと思ったけどその裏では何にも片付いていなかったわけだ。


 だから、そのことについて話をするために親父はどこにいるんだって聞いたら、なんでか知らんが街壁——それも今回戦いがあったのとは違う方向に行ったのだと言われ、そこまでやってきた。


 だが、俺はなんの連絡もなくやってきたはずなのに、親父はまるで俺が来ることがわかってたみたいに壁の向こうを見ながらこちらを見ることなく声をかけてきた。


 俺はそんな親父の隣に並ぶようにして進んでいき、壁に寄りかかって同じように街の外を見てみる。——が、ぶっちゃけ何もない。あるのは自然くらいだ。


「ああ。……結局、親父達にも動いてもらうことになったな」


 調子に乗って余裕ぶっこいてたのが恥ずかしい。

 確かに王太子との話やランシエの対応も大事だっただろうが、そっちは後回しにしてもよかったことだ。

 だからそんなことよりも、街の安全のために動くべきだった。

 いや、そもそも首を収穫できなかったことは確認してたんだから、敵を倒しただろう大丈夫だろうなんて安心するんじゃなくて、最後まで確認するべき……それこそ自分の手で首を落としておくべきだったんだ。

 相手は『八天』なんて人外の化け物ども。腹に穴開けられたくらいで死んだなんて思うのが間違いだった。


「そりゃあ仕方ねえだろ。相手は第十位階が五人もいたんだぞ? 一人は降伏したにしても、二人は倒すことができたんだ。その上あんだけ弱らせることができりゃあ、むしろ上出来だろ」


 親父の言う通り、俺が対応した第十位階の数は、と言ったら三人だ。ランシエという裏切り者もいたが、それだって俺がいたからこそ裏切ったといえなくもない。

 普通ならそんな戦果でも十分なんだろう。たった一人で第十位階を三人も片付けることができたんだから。


 でも、俺は『魔王』だ。

 元はただの気分で適当に口にしただけだった。その後はそれを面白がって周りが呼び出し、俺は魔王と呼ばれるようになった。

 そんな始まりはいい加減なものだったけど、それでもあの独立の宣言をする際に、俺は自分の意思で『魔王』を名乗ったんだ。


 なら、『魔王』がたかが八天〝程度〟に苦戦するわけにはいかなかった。

 五人全員を倒せて然るべきだった。そのための準備もし、策も練ったんだから。

 必勝だと思った。これならば絶対に勝てると、負ける要素なんてないと思っていた。


 そんな余裕を見せた結果が……相手を侮った結果がこれだ。

 三人を倒した程度で満足なんて、できるわけがない。


「だとしても、結局街にも被害が出た」


 壁の損壊は……まあいいとしよう。あれくらいは戦いの被害としては織り込み済みだ。

 けど、街に入り込まれた結果更地になった場所に関しては、本来はなかったはずの被害だ。……俺が油断さえしていなければ。


「これは戦争だ。被害のねえ終わりなんてねえよ。勝とうが負けようが、その大小はあれど失うもんってのは必ず出てくる」


 それは……そうなのかもしれない。でも……


「それでも気になるんだってんなら、次はその反省を生かせ」


 親父は馬鹿みたいな能力を使って俺の目にも見えない動きでデコピンをしてきた。そうされたって気づいたのは、喰らってからしばらくしたあとだ。

 たかがそれだけのことに、なんて能力の無駄使いなんだ。まあ、それも俺を励ますためのものなんだろうけど。

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