第297話『魔王』と『王太子』

 この王太子は、部屋で休ませて落ち着くことができている間に色々と考えたのだろう。

 あるいはもしかしたらまだ完全に落ち着くことができなくて、混乱も混じってしまっているのかもしれない。

 だが、それでも俺は『王』で、こいつは敵国の『王太子』。そんな俺たちの間に先ほどの言葉は、冗談でした、一時の気の迷いです、で済むようなものではない。


 確かに、実際に俺と会って俺の今までの態度や言葉を見聞きしていれば、こいつは王に相応しくない、とか、戦闘では勝てなくても頭でなら勝てる、とか考えてもおかしくはないのだろう。

 どうやらあの戦いでの植物地獄は俺一人がやったんじゃなくてエルフ達がやったと考えているっぽいし、今回みたいな戦争はみんなで協力して戦ったってのはある意味普通の考えだ。


 多分だが、王様としての業務も俺がやってるんじゃなくて他のやつがやっている。俺は王族としての血筋を理由に神輿にされているだけ、とでも考えているんじゃないだろうか?


 いやまあ、その考え自体は間違っているわけじゃないんだけどな? 実際、細かい統治とかはエドワルドを中心に婆さんの協力の元なんとかできてるだけだし、その分野で俺ができることなんてあまり……ほとんどない。

 勉強はしているしそれなりに努力もしているが、それでも現状は足手纏いといった方が正しいだろう。


 そんな俺の状態を見抜いたんだとしたら、俺がお飾りで王様やってるって考えるのも無理はない。


 ——でも、そんな血筋なんかでトップになれるほどこの街は甘くねえんだよ。


 さっきのこいつの言葉、ちょっと不自然な感じで家族の話題を出した気がした。だってそうだろ? なんであのタイミングで家族の話題なんて出して懐柔しようとした? 普通ならもっと国として、あるいは個人として利益のある何かを提案するもんじゃないか? それなのに家族をだしにして話を進めようとした。おかしいだろ。


 それは、休憩に入る前の会話で俺が家族に思い入れがある、大事にしているってのを見抜いたんじゃないだろうか?

 だからそこに勝機があると考え、血のつながっている家族である自分ならばどうにか説得することが……言いくるめることができるかもしれない、と考えたんだろう。


 実際、まあなんかいい感じの性格だし、一応兄だし、多少のことならば協力してやってもいいかなとは思った……思っていた。こいつが城に戻って何かやらかすんだったら、話次第では協力だってするつもりだった。それを感じ取っていたんだろうな。

 だから自分はこの弟の家族だ、なんて思い違いをした。だから俺を言いくるめることができると思い上がった。


 確かにこいつは俺の兄だ。だが、俺の『家族』ではない。俺にとっての『家族』っていうのは、ただの血縁だけの存在じゃないんだ。王族として育ってきたこいつには理解できないかもしれないけどな。


 先ほどまでの兄としての反応は嘘だってわけではないんだろう。だが、王太子としての立場と、兄としての立場、どっちを取るかってことでこいつは王太子としての立場をとった。

 それは別におかしいことではないし、俺だって理解できる。出会ったばかりの自称弟と、今まで自分が築き上げてきた立場。どっちを切り捨てるかって言ったら圧倒的に前者だろう。


 だから俺を利用しようとする考えは理解できるし、俺もその程度ではとやかくいうつもりはな。俺だって協力しようとは思っていたが、同時にこいつのことを利用できればな、って思ってたしな。


 だがまさか、これほどまでに舐められるとは……ああ。ほんと、思ってもみなかったよ。


「国王陛下……父上のことが気になっているでしたら、私が王になりましょう。あなた方が協力していただけるのでしたら、一年以内に父上に玉座から退いてもらうことは可能になります。そうなれば、あなたが危惧するような何かは起こり得ず、この街も今まで通り運営していくことができるはずです」

「だとしてもだ」

「……本当に、それでよろしいのですか? もう家族と会えなくなってしまうかもしれませんが」


 キッパリと断った俺の態度が自身の想定と違ったのか王太子はほんのわずかに眉を動かした。だが、それ以上の反応を見せることなく言葉を続けた。

 だが、その言葉もまだ俺を下に見ていることが感じ取れる……いや、俺を下に見ている、というよりも、俺を評価した上で手玉に撮れると考えている感じか?

 ただ格下だと思っているのとはニュアンスがちょっと違う気がする。……どっちにしても侮っているのには変わりないけどな。だって、侮ってないと今みたいな言葉は出てこないだろ?


 まあ、王族としてはこいつの態度は間違ってないんだろう。

 王族として……特に次期王となるべく育てられたんだったら、他者の上に立つように教育されているだろうし、自分以外は全員格下、なんて教えられていてもおかしくない。

 他人に命令することに慣れていなければ王様なんてやっていけないし、命令される側としても絶対的な自信を持って堂々と命じてくる王の方が命令に従いやすいだろう。だから、命令する側とされる側、どっちの立場からしてみても王や王族が上位者として振る舞うのは間違いではない。


 そうして教育を受けて育ってきたからか、こいつ自身はあまり他人を見下すようなタチじゃないんだろうが、無意識のうちに教え込まれた価値観が出てきたんだろうな。


 自分なら言うことを聞かせられる、ってさ。


 ……でも、それは自分の支配下の者にしか通用しないんだよ。自分の方が優位に立っているからこそ、命じることができるし、周りの奴らも言うことを聞く。


 今まではそれでもよかったんだろうな。何せザヴィートは強国だ。周辺の国を相手取っても戦って優位に立てるくらいに強かった。だから周りの国の王や王族を相手にしても対等に、あるいは上位者として振る舞うことができた。


 しかし、そんな状況はもうぶっ壊れたんだ。強さの元であった八天の半分以上が死に、俺たちに負けた。

 そんな状況で、言うことを聞かせることなんてできるわけない。

 頭ではそれを理解していても、心の底ではまだ理解しきれていない。それが今のこの王太子の状態だろう。


「……なんだ、それは脅しか?」


 王太子としても今の状況を少しでも良くしようと考えたんだろうし、血縁を家族として利用するってのは、まあいい。自分のことを俺の家族だと名乗るのもいいだろう。

 だが、『家族』をだしに脅しをかけてくるなんてのは、どう考えてもアウトだ。


 そんなことをした以上、もう〝コレ〟は俺の兄ではない。なら、優しくなんてする必要はないだろう。

 一応利用価値はあるから殺さないし、国に帰すって言葉も翻すつもりはない。

 だが、もう俺の中では敵としての認識が固まった。積極的に殺しにかかったりはしないし、利用できるなら利用する。協力できるなら、まあ多少は協力もしよう。

 だが、その程度の感覚だ。困っている時に無償で助けようとか、こっちに不利益が出ると分かっている状況で手を貸したりするつもりはない。


「いえ、そうなってしまう可能性があり得る、という話です。今回の件で父上はあなたの存在を認識しています。家族を人質に取ることは十分に考えられることです」


 俺の態度の変化を察したんだろうな、王太子はぴくりと体を小さく反応させた後、すぐに言葉を紡いだ。

 その表情は、まるで俺のことを心配していますと言わんばかりだ。その切り替えや反応の速さはすごいと思うよ。


 ……でも、若干顔が引き攣ってるぞ。もっと柔らかく表情を変えろよ、さっきまでみたいにさ。


「ならないだろ。国王からしてみれば、俺の母親なんてのは自分と一緒に息子を捨てた共犯者だ。事実はそうではないってのを理解しているが、普通なら『捨てられた息子』は『父親から捨てられた』のではなく『両親から捨てられた』と考えるもんだろ? そんな状態で父親が母親を人質に取ったとしても、だからどうしたってまとめて敵と認識される恐れがあるし、むしろそうなるのが普通だろう」


 俺の場合は記憶があるから母さんのことを味方であると認識しているし、俺を捨てたくて捨てたわけじゃないと理解している。

 だが、普通の赤ん坊なんて記憶を持っているわけがないんだから、母さんのことだって『自分のことを捨てた親』として認識するはずだ。国王だってそう思うだろう。


 こいつは俺が家族を大事にしていることを察しているし、その家族に母さんたちが入っていることも察している。

 だが、国王はそんなこと理解しているわけがない。だから、母さんたちを人質にするなんてことをするはずがない。

 そもそもだ、人質なんて使うんだったらもうとっくに……それこそこの戦いが始まる前に俺に手紙でも送ってきてるだろうよ。降伏しなければ母親を殺す、ってな。

 それがないってことは、理解していないってことに他ならない。


 それに、だ。


「お前は、俺やこの国が元に戻れば誰にとっても平穏に終わる、って言ったが……そんなことにはならないよ。一度国として宣言したのにそれを取り下げることになったら、この街は荒れる。お前なんか俺たちの頭にふさわしくねえ、ってな」


 この国は血筋でトップを決めるような街じゃないとは言ったが、トップになった奴が相応しくないと判断されれば簡単に切り捨てられる。

 親父がいるからそう簡単に、大々的に反旗を翻す、なんてことはないだろうが、暗殺を狙われたりするだろうし、いろんな邪魔をしてくるだろう。もしかしたらエドワルドや婆さんだって敵に回るかもしれない。

 そんなことになったら、平穏なんて言葉とは無縁の状態になるだろう。


「後は国の下につく以上は色々と制約ができるだろ? 税だったり法律だったり、後はまあ色々と」


 それから、仮にどうにかして平穏に国の下につくことができたんだとしても、その場合は王国の法に従わなくちゃいけなくなるし、周りの貴族との関係や自身の立場とか色々なことを考えて行動しないと行けなくなる。

『今まで通り』にも『平穏に』もできるわけがない。


「それに、俺自身そんな提案はのめない。王様なんてもんはなるつもりなかったし、いやいやでやってる面はある。だが、だとしても俺は王だ。ここに暮らす奴らの今を守ってやりたいと思ったんだ。それなのに、こんなところで全部投げ出してぶち壊すなんてできるわけねえだろ」


 まだまだ俺は王様として未熟ではあるし、他にやりたいってやつがいるんだったら王様なんて譲ってもいいとは思っている。

 だがそれは、譲るに相応しい相手なら、だ。この街を、この国をまともに守る気のあるやつじゃないと、譲るつもりなんてさらさらない。

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