第298話王太子の次はハーフエルフ
「俺が弟だって話したからか? それとも俺の態度が王様らしくないからか? 調子に乗るのも俺を格下だと思うのも構わないが、その結果どうなるかは理解しておけ。王太子」
こいつは、『王太子』なわけだ。それは言葉や立場だけの意味ではなく、考え方が根本的に俺には合っていない。
ちょっと前、この戦いが始まる前にエドワルドが言ってた気がするが、俺たちはいざとなったら最終的には武力を持って全てをひっくり返すことができる存在だ。
だがそれは『普通』ではなく、常識から外れた存在。この王太子様は、そんな人外の化け物たちについて考慮していない。
もちろん、そんな存在がいることは理解しているし、戦力としては考えているんだろう。
だが、そいつらがどう動くのか、どんな考えで行動するのかを理解できていない。
力を持っているのは理解している。自分と相手の戦力差も理解している。戦えばどうなるのかも理解している。
だが、それは話し合いの場では関係がないことだ。と、そう認識しているんだろう。
外交の手段として武力を見せつけることはあるが、それはあくまでも話し合いを経た上でその後の話を優位に進めるための方法の一つでしかない。つまり、こいつにとって戦争や武力ってのは『話し合い』の中での『技』の一つなんだ。
そんな考えは今まで王太子として暮らしてきたからだろうな。こういった話し合いの場では言いくるめてさえしまえば勝てるとか思っていて、そこに武力で押し潰される、なんて考えは考慮されていない。だって、『武力』は話し合いの『技』の一つで、話し合いそのものではすでに勝っているんだから。
まあ、普通なら当たり前の話ではあるんだが、あいにくと俺たちは普通じゃないんだ。
元からの考え方が俺とこいつじゃ違うんだ。
チェスボクシングとか、将棋ボクシングと似たようなもんかもしれない。チェスとボクシングで戦うわけわからない競技だ。
相手はチェスで勝つことを考えているのに、こっちはどう殴ってボクシングで勝つかを考えている。そんな感じだ。
話し合いで言いくるめれば勝てると考えている王太子に対して、気に入らなければぶん殴って奪えばいいと考えているのが俺。
そんな俺たちが、普通の対等な話し合いなんて成立するわけがない。
「……調子に乗ったつもりはありませんでしたが、私自身あなたが家族だと思い気が緩んでいたようです。先ほどまでの無礼、謝罪いたします、陛下」
「そうか。俺はお前のことを『家族』だとは思ってないけどな」
多分こいつは俺が『家族』ってもんに対して思い入れがあると判断したんだろう。だからこそこんな謝罪をした。
まあ、だからってこいつのことを『家族』だなんて思うつもりはないけど。
「それに、謝罪は必要ないさ。態度と結果で話せばいい。それに、別に無礼だとも思ってないしな。俺自身、自分が王に相応しいだけの『格』を持ってるとは思ってないからな。……ただ、ちょっと忠告しておきたかっただけだ」
言葉なんてこいつら王侯貴族にとっては軽いものだろう。なんの拘束力もない口約束や謝罪なんて、なんの価値もないし信じるに値しない。
信じろと言うのなら、何かしらの俺たちにとっての利益を出してみろ。俺がお前を信じるとしたら、それからだ。
ただ、勇者云々に関して忠告してもらった件がある。そのお礼に、一度だけ忠告を返すだけにしてやろう。
「理解できたら行け。早く家に帰って父上様を安心でもさせてやったほうがいいだろ?」
「……そう、ですね。寛大な御心、感謝いたします。またいずれお会いできることを祈っております」
そうして王太子は俺の準備した護衛と共に自分の国へ帰るために部屋を出て行った。
——◆◇◆◇——
……さて、王太子の存在で本来やるべきことが少し遅れたが、その対応をしないとだな。
「……ソフィア。呼んでくれ」
あの王太子と話をしたからかどうも不快感がちらつくが、これからのことには関係ないんだし意識を切り替えないと。
と考え、俺はそばで待機していたソフィアに待たせている人物を呼んでもらうことにした。
一つお気づきだろうか? この街にやってきた八天は五人だが、俺は四人しか倒していない。神兵エリオット、狂槍バルバドス、地割りアスバル、厄水アドリアナ。さあ残りの一人は?
昨夜俺は人を放って仕込みをしたと言ったが、そんな仕込みの最中に送り込んだ隠密が見つかってしまうという問題が発生した。
だが、翌朝になってもそのことは問題とならなかった。なんででしょう?
簡単だ。問題とする奴がいなかったってだけの話だ。
俺はその時の様子を植物を通じて見ていたから理解しているが……まさか敵方にエルフがいるとは思わなかったな。
いや、正確にはハーフエルフか。
「ハーフエルフって、存在したんだな……」
敵方の八天の一人は、まさかのエルフだった。エルフと言っても人間とのハーフだけど、まあそこは問題ではない。
問題なのは仕込み作業がそいつに見つかったってこと。
だがそのエルフ——ランシエは騒ぐこともなく、むしろこちらに交渉を持ちかけてきた。
曰く、敵対しないから攻撃しないで、だそうだ。
敵対しないならなんでこんなところに『八天の一人』としてやってきたんだ、と聞きたかったが、その答えはあっさりと返ってきた。
以下、昨夜の様子である。
──◆◇◆◇──
「待って。敵意はない」
『仕込み』を発見された隠密は突然現れた人物に向かって武器を構えて襲いかかるが、その人物は短剣をもってその攻撃を防いだ。
だが、その攻撃を防いだ人物は特に反撃をすることなく持っていた短剣と弓を地面に放り捨てた。
「私はエルフ達と話がしたいだけ」
そして、そう言いながら自身の耳を示した。
そこには、よく見慣れた、だがどこか違う形をした尖った耳があった。
「……俺に決定権はない」
放っていた隠密はそう口にしたが、足を何度か動かして草を潰している。
それはあらかじめ決めていた合図だ。こんな感じで踏まれたら俺に連絡をつけるように、と植物にも話を通しておいた。便利でいいよね、植物と会話できるって。
もし潜入中に何か異変があった場合、行動する前にこうして合図を送れと伝えていたので、先程の攻撃を仕掛ける前にもすでに報せは受けていた。まあ、だからこそこんなピンポイントで様子の確認なんてできたわけだが。
「なら、伝言でいい。明日場所を教えるから攻撃しないでほしい、と」
「……伝えるだけならば」
と言っても、もうすでに聞いてるんだがな? それに、伝えるだけと言わずまともに話がしたいと思って手を打った。
「そう。ありが……? 精霊?」
感謝を述べようとしたハーフエルフのランシエだが、不意に視線をカラカスへと向けて呟いた。
「精霊だと?」
「あっちから」
突然精霊の存在を仄めかされたことで隠密の男はランシエを警戒しつつも同じ方向へと目を向けた。
が、何も見えないようで目を細めて眉を顰めている。
「……坊ちゃんか?」
そしてそんな見えない精霊が来たことで俺のことに思い至ったのだろうが……まぬけ。
「坊ちゃん? あなた達のボス?」
「……」
坊ちゃん、なんて言葉程度なら声に出したところで何の問題もないかもしれないが、それでも情報は情報だ。漏れた情報そのものよりも、情報を漏らしたという事実がダメなのだ。
だがそれは隠密の男自身もわかっているようで、男は俺のことを話してしまったことで、しまったとばかりに顔を顰めて黙り込んだ。
「来た」
ランシエがそう言うと同時に来たのは——
「こんばんはー!」
そんな明るい声ではっきりと挨拶をしたフローラだ。
以前よりもまともに成長してくれたおかげで、街の周辺であればこんな簡単な伝言役として手伝ってもらうことができる。ほんと、フローラの成長がとても嬉しい。
こんな明るく元気な声で話していれば目立つんじゃないかと思うかもしれないが、フローラは自身の姿を見せたり声を聴かせたりする対象を選ぶことができるので、今回はランシエだけしか見えていないので問題ない。
隠密の男には見せずにランシエだけなのは、フローラの精霊体は裸だからだ。フローラは気にしていないみたいだし、植物なんてそもそも最初っから裸なんだから当たり前と言えば当たり前なんだが、だとしても見せるわけないだろ?
「こんばんは。誰?」
ランシエは突然の精霊でも驚くことなく、淡々とした調子で問いかけた。
「フローラはフローラー。よろしくー」
「そう。ランシエ。よろしく……聖樹?」
が、何かを感じ取れたのか、フローラの正体に気づいたようで首をかしげた。
「の、分身? ナーから伝言役を頼まれてたー」
「伝言役?」
フローラの言葉の意味をランシエは理解できていないようだが、フローラは俺と繋がりがあるからか俺の言葉を拾うことができる。それを利用しての伝言だ。
誰にも見つからず空を飛んで移動でき、壁のすり抜けもできて望んだ相手にだけ声を届けることができる最強の伝令役。それがフローラだ。
聖樹をそんなつかいっぱしりにしていいのか、という問題はあるが、この状況では使わない手はない。本人も役に立てて嬉しそうだし構わないだろ。
精霊を警戒して観測、及び捕縛道具を持ってると厄介だが、そんな特殊すぎるものは今回の戦で持ってきているわけがないし、そのことは確認済みだ。仮に何かあってもあくまでも分身だからな。多少本体の力が削がれるかもしれないけど、まあそれくらいなので問題らしい問題とも言えない。捕まらないに越したことはないんだけどな。
それよりも色々と聞かないと。
さっき軽くだが戦闘をしたわけだし、ほとんど音はなかったけど誰かが気づいてやってくる可能性だってある隠密の男は当然だが、何かこちらに通したい話があるのならランシエだって見つかったらまずいだろう。
「ナーは『なんの目的でエルフに会いたいんだ?』だって聞いてるー」
「……私はエルフ。同族が虐げられてるなら助けたいと思った」
エルフを? ……まあここはカラカスなわけだし、ハーフって言ってもこのランシエもエルフなわけだしで、気になって助けたくなっても当然か。
実際には特に何かをしているってわけでもないけどな。むしろ勝手に来てる感じだし。
「エルフー? いじめられてないよー?」
「知ってる。ううん。知った。聖樹の精霊がいるのに、エルフが虐げられてて何も行動を起こさないはずがないから」
エルフ達がいじめられていると聞いてフローラが首を傾げながら言葉をかけたが、ランシエは疑うこともなく素直に頷いた。
実際、エルフと聖樹の関係性を知っていれば、聖樹があるんだとわかりさえすればエルフがいることの理由を疑うこともないだろう。人間の間では聖樹の存在はあまり知られてるものでもないから、人間達は「大きな木があるな」くらいにしか感じないかもしれないけど。
それはともかくとして、次の質問だ。
「『これからどうするのか。戦うつもりか?』だってー」
「同族が無事ならそのつもりはない。けど、一度くらいは会ってみたい」
まあ、助けに来たのが理由なら、戦う意味なんてないよな。実際に会ってみたいってのだって真っ当な考えだ。
しかし、相手は敵の軍に所属している『八天』の一人で、おいそれと迎え入れることはできない。
別に迎え入れること自体は構わない。本人が気づいているかは知らないけど、一応すでに俺のスキルの影響化にあるわけだしな。何かしようと思ったところでどうにでもできる。
だが、今から抜け出せば見つかるだろうし、翌日になって裏切り者が出たってなれば敵軍は行動を変えるかもしれない。
後は、今回はそれなりの数の兵を生かして帰すつもりだが、エルフの裏切り者が出た、なんて話を持って帰られればエルフ差別なんかも始まるかもしれない。
そうなるとだいぶ面倒なことになる。
だからできることなら迎え入れるにしても穏便に済ませたいんだが、そうだな……
「『目立つところに的を用意するから、明日攻撃してくるときにそれを攻撃して居場所を教えろ。こっちの攻撃に巻き込まないようにする』らしいよー?」
案山子を用意してそれを打ち抜いて貰えば、ランシエの場所がわかる。後はそこを攻撃しないようにしておいて、死んだふりでもして貰えば大丈夫だろう。
「わかった。私からも質問。聖樹の御子がいる?」
「ナーがそうー? ……あっ! 後リリアもー?」
俺が答える前にフローラが勝手に答えたが、まあ間違いではないし、それくらいなら知られてもいいだろう。
「……二人もいるの?」
「うん。あ……『このバカは近くの森から遊びにきてるだけ』……え? 今のは伝えちゃダメだったー?」
なんて、ちょっと間抜けな感じにはなったが、まあ伝えたい内容としては伝えられたし、あとは実際に話をするだけだな。
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