第253話黒い剣
……なんか、実りも中身もなさすぎて話してんのもめんどくさくなってきたな。今もいろんなところでこいつの手下がうちの奴らと戦ってるんだろうし、さっさとこの馬鹿騒ぎを終わらせたほうがいいか?
「前々っから気に食わなかったんだよ、てめえはよお! てめえがこの街に現れた時から、ぶっ殺してやりてえと思ってた!」
そんな俺の呆れたような態度が気に食わなかったんだろうな。アイザックはダンッと足元の地面を踏みつけ、地面を割った。
割ったっつっても、踏み込んだ場所を中心にヒビが入っただけで地割れみてえなやつじゃねえけどな。
ったく、誰が修繕費出すと思ってんだよ。
にしても、殺したかった、ねえ……。なら、さっさとやりゃあよかったじゃねえかって話に戻るんだよなあ。
「でもしなかったんだろ。や、できなかった、の方が正しいか。何せお前、俺より弱えからな」
そう。こいつはことあるごとに俺に喧嘩を吹っかけてきたり挑発してきたり、今はこうして「ぶっ殺してやる」なんて叫んじゃいるが、実際に俺の首を取りに来たことはなかった。たったの一度もな。
つまり、こいつが俺を敵視してるのは、ただカッコつけるためのポーズでしかねえってことだ。
実際のところは勝てねえってのを理解してる。だから今まで攻めてこなかった。
今回だって俺に勝つことを目的としての侵攻じゃねえしな。
「俺は弱くねええええ!」
だが、そんな俺の言葉が気に入らなかったのか、理解していても認められなかった現実を突きつけられたからか、アイザックの野郎は激昂して近くに落ちていたなんかの残骸を拾って俺に投げつけてきた。
こんなのは簡単に避けられるんだが、避けたら後ろに被害が出るよなぁ……
「っつーかよぉ。そもそもの話だが、こんな囮だなんだって考えて俺の裏をかこうだとか考えてる時点で、どうなんだ? それ、自分で気づいてっかしらねえが、素の状態じゃあ俺には勝てねえって思ってっからやってんだろ?」
そう言ってやりながら飛んできた残骸を剣の鞘で叩いて勢いを殺し、地面に落とす。
「ざっ、けんなああ! 俺はそんなこと考えちゃいねえんだよ!」
が、完全に勢いを殺して落とすなんてことはできなかったから、瓦礫が地面に落ちたことで土煙が発生した。
これじゃあ姿が見えねえが、どうすっかなと考えているとアイザックがそんな土煙を破って叫びながら突っ込んできた。
振りかぶられた拳が俺に向かって放たれる。
まともに食らえば俺でも重症を負うような一撃だ。まともに食らうわけにゃあいかねえ。
そう判断して剣で迎撃をするが、ガキンッと人間の体と金属の塊がぶつかったにしてはおかしすぎる音が響く。
別に鞘を使ったわけでも剣の腹を使ったわけでもねえ。普通に剣の刃の部分で切ったんだが、それでもアイザックの拳は切れなかった。
でもまあこいつも西のボスなんてのを名乗ってんだ。これくらいはできて当然だろうな。
「そうかあ? じゃあさっきの言葉はなんだったってんだよ。俺を倒せなくても周りの環境を壊せば自分が一番だあ? なあに腑抜けたこと言ってんだよ。周りがどうこうだなんて考えねえで、俺を殺しにこいよ。それが一番はっきりする方法だろうが」
そんなことを話しながらも、アイザックから連続で繰り出される拳を俺は剣で弾いていく。
や、弾いてるつもりはねえんだけどな? 剣で切ろうとしてんだが、結果的に弾いてるだけで。
だがまあ、あれだ。いつまでも遊んでる時間はねえんだよ、悪りいけどな。
お前がこんな状況を作んねえで決闘でも申し込んでくりゃあ、もうちっとまともに相手してやってもよかったんだが……ま、こんな状況だ。そうすることを選んだてめえ自身を恨め。俺は恨むな。
「おめえは、もうとっくに本能が負けを認めてんだよ」
そう言い終えた瞬間、俺は剣を振るう。
アイザックとはまだ僅かに距離があり、剣の間合いの外にいるが、それでも関係ねえ。
俺の振った剣の先からは、剣戟を形にしたような何かが放たれ、それがアイザックの胴体を切り裂いた。
今のは『剣士』のスキルで、《飛剣》ってもんだ。効果は名前の通り読んで字のごとく、いわゆる『飛ぶ斬撃』ってやつだな。
斬撃を飛ばすことができる代わりに幾分か威力の低下を引き起こすが、ああも見事に食らえば多少の違いなんざ意味ねえだろ。
「ここで逃げんだったら追わねえでいてやってもいいぞ。この街にゃあいられねえかもしれねえが、まあ死ぬよりはマシってもんだろ?」
俺の剣を受けて血だらけになりながら地面にぶっ倒れているアイザックに、そう声をかける。
別に殺しがしたいわけでもねえし、これまで十数年顔を合わせてきた仲なんだ。多少の情けくらいはかまいやしねえだろ。
だが、あれだな。俺も丸くなったもんだ。昔なら戦場で敵対した相手は問答無用で殺してたんだがな。
「——《筋力強化》、《瞬発力強化》、《反射神経強化》、《硬質化》、《身体能力強化》、《身体能力極限強化》」
なんて、そんなことを考えたのが拙かったんだろうな。
アイザックは倒れたままの状態で突然そんな言葉を口にしやがった。
強化術師ってのは対象の強化をする……まあ文字通り、言葉通りの職だな。一応魔法使い枠だが、他の魔法師みてえに直接的な攻撃の魔法は覚えない。覚えるのは強化術だけだ。
強化術っつっても、こいつの場合は他人にかけるんじゃなくて、自身を強化するための強化だな。他人に対してはできないのかやらないのか……まあどっちもだろうな。
それを一気に六つ。多分これ、こいつが覚えてる強化全部かけたんじゃねえのか?
今までだって全部とは言わなくともいくつかはかけてたはずだ。じゃねえと俺の剣を生身で弾くことなんざできねえからな。
だが、強化魔法っつっても、無制限に強化できるわけじゃねえ。やり過ぎれば体が耐えられなくなってぶっ壊れることだってあるはずだ。
にもかかわらず、さらに強化を重ねた。
……こいつ、後のことなんて考えちゃいねえな?
「《魔斧》」
強化された以上は下手に手ェ出すことができねえから様子を伺ってたんだが、素手だったその手に禍々しい光を放つでけえ斧が現れた。スキルによる道具の生成だ。
「《強化》! 《凶化》! 《狂化》!」
「おーおー。スキルの大盤振る舞いか。寿命を削って、理性を無くして、そうまでして勝ちたいかねえ」
狂戦士。それは理性や自身の安全と引き換えに力を引き出すイカれた職だ。
強化は普通にまともな強化。強化術師と被るところもあるが、重ねがけできねえわけじゃねえし、まあ使い勝手のいい普通のスキルだな。
凶化は寿命を削ってその分の力を引き出す……まあ言っちまえば未来の力の前借りだな。
んで問題は狂化。これが狂戦士の真骨頂だ。その時の感情の強さに比例して理性をなくし、自身に能力を強化する。
こいつの場合はどんな感情をどれだけの強さで、ってのは……みりゃあわかるか。
……にしても、ここまでするかよ。寿命を削って理性を消して身体が壊れる危険を許容して、そうまでして勝ちにくるとは思ってもみなかったぜ。
甘くなったってのは自覚しちゃあいたが、ちっとぬけすぎてたみてえだな。
ヴェスナーのやつは相手を舐めてたことで痛い目見たってのに、親代わりの俺が同じヘマしてどうすんだよってな。
「《斬撃》イイィィイイ!」
斬撃は剣士のスキルだが、剣士以外にも覚える基本的なものだ。戦士や武芸者、後は勇者さまなんかも覚えるような本当に基本的なスキル。狂戦士のこいつが使えるのも不思議じゃねえ。
しかしだ。普通はスキルを使うにしてもその名前を口にしないもんだ。
さっきのは強化するだけだから問題ねえし、より強い効果を求めるなら口にしたほうがいいからまあ口にしたのは理解できる。
だが、攻撃時は違う。スキルを口にしながら使ってちゃあ、次に何をしますよってバラして戦ってるようなもんだ。それを逆手にとって罠に嵌めるって先方もあるにはあるが……理性を無くしてるこつにゃあそんな考えもねえだろうな。
そんな狂いながら振り下ろされた斧の一撃は、斧を叩きつけた周囲の地面を吹っ飛ばした。範囲としては……まあ直径三十メートルくらいか? その衝撃による被害はそのさらに上だ。
そしてそれだけではなく、大きな亀裂が地面に一直線に走っていた。
今の攻撃をまともに喰らえば、いやまともじゃなくても擦りさえすれば、いくら俺でも怪我は免れないだろうな。
理性を無くした一撃か。馬鹿みてえに軌道がブレてる技とも呼べないただの力押しの一撃だが、その力だけは認めてやる。
それから、そんなことをしてまで俺に勝ちてえって思ったお前の願いの強さもな。
今の一撃で壊れた街は、その報酬だとでも思っとけ。
だが……
「これ以上は壊されるわけにはいかねえんでな。直すのもタダじゃねえんだ」
これ以上被害広げるわけにゃあいかねえな。
そう判断した俺は、持っていた剣を鞘に納めた。
「《魔剣》」
そして、俺がそう言うと同時に、俺の手には一本の黒い剣が現れた。
黒く濁ったような輝きを見せるその剣は、アイザックの斧と同じでスキルで作り出したもの。
その輝きは今までに殺してきた命の数だけ濁ったものになるとかなんとか言われてるが、まあそれも納得の色だな。何せ俺は今まで大量の命を切ってきたんだから。
このスキルで生み出す魔剣ってのはただの剣じゃねえ。魔剣を生み出したやつ自身の性質によって変わる特殊効果がついているもんで、さらには殺してきた命の数だけ効果が上がるっつーなんとも魔剣の名前に相応しい効果だ。
俺の場合は剣の特殊効果は斬撃の強化だった。わかりやすく言えばなんでも切れる剣だ。
世の中には雷を出したり炎を吐いたりする魔剣もあるみてえだから正直そっちの方が良かったんだが、まあ天職と副職、両方が『剣士』になるだけあって俺は斬撃の強化だったわけだな。
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