第216話交渉の決着

 

「……最初から話がついてたのか?」


 そう。つまりはそういうことだ。

 この話し合いを行なう前に、すでに親父達の間では話がついていたのだ。

 そのことに気がつけば、エドワルドが簡単に俺にやり込められたことも納得だ。


「あー、まあ間違いじゃねえが、全部の話がついてたってわけじゃねえな」

「口は出さないから、あなたがただ私にやられるだけなら好きにしろ、と。まあ一種の賭けのようなものでした。あなたが私にやり込められるだけなら搾り取っても構わない。その代わり、私に逆らいなんらかの抜け道を探すなり対抗するなりしたのなら通常の値で請負え、という話です」


 確かに金勘定で北のボスにまでなったエドワルドがこんな簡単にやられるなんておかしいと思ったんだが、それは俺のことを舐めていたからだと思った。

 だが違った。最初から話がついていたからなんだとなれば、こんな簡単に俺が勝つことができたのも納得だ。俺が自力で勝ったとか思ってたが、裏側を知ってしまうとちょっと恥ずかしい。


 だが、最初から決まった流れだったとしても、俺の望み通りに話がついたのは確かだ。なら、そこで納得しておこう。


「……で? こんな話をしてるんだったらまあ大丈夫なんだと思うが、俺は合格なのか? こっちの依頼はどうなる?」

「そちらでしたら当然ながら請け負わせてもらいますよ。通常の値であってもだいぶ利益を出すことのできる話ですしね」


 エドワルドは笑顔でもなく先ほどまでの威圧感を感じる眼でもなくなり、どこかつまらなそうな様子で答えた。

 これは、俺が抜け道を見つけて話し合いに勝ったからだろうか?


「それに、このまま逃げられて好き勝手に動かれるよりは、素直に手を取って利益の出る契約をした方がマシですから」

「つっても、利益は多少どころじゃねえだろ。最近は魔王の話も聞くし、南じゃあ食料なんていくらでも売れんだろ」

「それはそうですが……はあ。もっと儲けたかったですね……」


 親父と話しているエドワルドはため息を吐き出したが、俺が何もできずに負けた場合の利益を想像しているのだろう。

 でも、そんなため息を吐き出すほど金が欲しかったのか……。金なんていくらでも……それこそその辺の貴族なんかよりもよっぽど持ってるだろうに。ともすれば小国の国家予算よりも持ってるだろう。


「儲けたところで、大した使い道なんてねえだろうに」

「儲けること自体が好きなんですよ。あとは溜まっていく金の山を見ているだけで心が安らぎますから」

「理解できなくもねえが、いい趣味だとは言えねえなあ」

「理解されるつもりもありませんし褒めてもらいたいわけでもありませんから。——それはそれとして、契約の話をしましょう。相場より多少安くなりますがあなたの作った作物類は買い取りますし、この拠点の作成に関する人材も物資も用意させていただきますよ。ついでにその後の拠点の管理に関してもこちらで手を打ちますが、それでいかがですか?」


 さりげなく多少安くって言ってるあたり抜け目ない感じがするな。あとは話になかった拠点の管理も受け持とうとしたり、金稼ぎに関しては妥協しないよな。

 まあ手間やなんやらを考えると全部頼んだほうがいいか。拠点の管理とかできなくもないけどしたくないし。


「それでかまいません。よろしくお願いします」


 ともかく、これで聖樹の育成のための拠点を作る目処はたった。あとは実際に作るだけだ。まあ、作るだけって言っても色々と物を用意したりするのに時間はかかるだろうし、しばらくは動けないだろうけど。


 それでもあとはゆっくりしてるだけで勝手に出来るんだから……


「それではあなたの生産に関して具体的な話をしましょうか。こちらが作って欲しいものは麦ですね。できるだけ広いほうがいいのですが、いつから生産に入れますか? 明日からできますか?」


 ……訂正。ゆっくり待ってるだけではいられないようだ。


 ──◆◇◆◇──


「どうだった?」


 エドワルドとの話し合いを終えて部屋の外に出るとそこで待機していたカイルとベルが待っており、カイルが少し不安そうに話しかけてきた。


「余裕。そもそも負ける要素がないしな」


 そんなカイルに笑いかけながら、俺は話し合いは無事に終わったんだと言うことを教えてやる。

 すると、カイルとベルは目に見えてホッとしたように息を吐き出した。


 ちなみに、この場にはソフィアは来ていない。なんでかって言うと、ここが東区の領域ではないからだ。


 俺が今日来たのは五帝の館。格下ならまだしも、格上の相手のところに向かうのにゾロゾロと配下を連れて行くことはできない。

 一応親父がいるから同格の相手と言えなくもないのだが、それでも大人数で来るのは憚られた。

 そもそも親父自体が配下を引き連れて移動するってことをあまり好まないため、連れてきたのは二人だけ。だからそれに合わせて俺が連れて来れるのは二人までだった。

 だがそうなると、他所の区域に行くんだから絶対に安全とは言い切れず、戦闘力の高い順に選ぶことになり、それがカイルとベルとなったのだ。ソフィアは家でお留守番だ。


「余裕とは言ってくれますね。加減をしてあげたことは理解していると思っていたのですが、私は考え違いでもしていますかね?」


 だが、そんな俺の言葉が気に入らなかったのか、俺の後から部屋を出てきたエドワルドがそんなふうに話しかけてきた。


 まあエドワルドからしたら、今回のを本気の交渉だったととられるのは不本意だろうな。何せ最初から加減するように話がついていたんだ。その加減した上で負けたとしても負けは負けなのだが、それを実力で勝ったと思われるのは嫌なのだろう。


 しかしだ。今回は最初から加減することが決められていたわけだが、そんなのがなくても俺の勝ちは揺るがなかった。


「いやまあ、元々こっちにとっての負けは存在しませんでしたから。こっちがマイナスにならなくて協力を取り付けられたんだったら、それがどんな形であれ俺の勝ちだったんで」

「負けが存在しない?」

「はい。言ったでしょう? 俺は元々聖樹の種を植えるための場所が欲しかっただけなんだって。街の外の少し離れた場所を使う。それだけを伝えて、理解してもらえれば……いえ、理解なんてしてもらわなくても、最低限の義理を通すために使うことだけを伝えてしまえば、あとは協力なんてなくても勝手にやっていたんで。協力してもらえれば確かに効率的に進むけど、別になければ何で非効率であってもそのまま進めればいいかな、と」


 さっきも言ったことだが最悪の場合は自前で商会を用意しればいいわけだし、エドワルドと手を組まなきゃやっていけないってわけでもなかった。

 どのみち東地区の管轄にある場所なら、街の外であってもこいつらは手を出せないんだ。


「だから場所の使用に私が否定的にならなかった時点で負けはなくなっていた、ということですか」

「はい。もっと言えば、別に全てを否定されたところで問題ありませんでした」


 正確には俺が拠点を作るって話をしてその場所を伝えた時点で俺の勝ちだったんだ。

 何も言わずに拠点を作れば批難されるかもしれないが、伝えてしまえば最低限の義理は果たすことができる。

 義理さえ果たせば、あとは好き勝手やっても大丈夫になる。それがこの街だ。

 伝えた上でその場所を襲ってくるようなことはすれば、その時は東区の管轄下にあるものを侵略したとして強制的に協力させることができるし、むしろ武力を持って襲ってきてくれた方がラッキーだと言えるかもしれない。


「……血は繋がってなくても、親子ですね」


 エドワルドは俺と親父を見比べながらそんなことを口にしてため息を吐き出した。


「はい?」

「どうしたいきなり?」


 なんでいきなりそんなことを言われたのかわからない俺は首を傾げるが、どうやら親父もエドワルドの真意はわからないようだ。


「私——というよりは商人とは見ているところが違うんですよ、あなた方は。利益を求めるために動くのではなく、その時々に応じて求めるものが変わるのだから行動が読めない。そちらの男が以前東区にある大きな店を潰し始めた時は何を考えているのかと思いましたが、それがただ拾った息子のためだけに支配地域の浄化をしようとしているなんて、全くもって思いつきませんでした」


 ああ、そういえばそんなことがあったとかなかったとか。嫌実際にあったことなんだろうけど、俺その辺のことほとんど覚えてないし。そもそも基本的に館の外に出してもらえなかったから街の事情なんて見たこともなかったから知ってるはずがないんだけどな。


 だが、そのエドワルドの言葉を聞いて親父は嫌そうな顔で口を開いた。


「おい、あれは別にこいつのためとかじゃなくて俺がうぜえと思ったから片付けただけだ。道を歩いてりゃあ襲いかかってくるバカが後を絶えなかったんだぞ? 俺を殺して次のボスに、なんて奴らに毎日襲われてりゃあ嫌にもなるだろ?」


 親父はエドワルドの言葉に当時の状況を説明したが、俺にはその様子がツンデレのように見えて仕方がない。おっさんのツンデレとか誰得だ? 少なくとも俺は得をしないな。


「そうですか。まあそう言うことにしておきましょう。どうでもいいですし」


 エドワルドはそんな親父の反論などどうでもいいとばかりの様子で適当にあしらうが、実際にどうでもいいんだろうな。本人も口で言ってるし。

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