第210話友人との再会
「親父、ちょっといいか?」
「あん? なんだ?」
専用の場所が街の外に必要となれば、俺一人で進めていい話でもないので親父の元を訪れて頼み込んでみることにした。
「いやほら、結構前……旅に出る前の話になるんだけどさ、これ。聖樹の種を手に入れたじゃん」
「あー、そういやあそんなこと言ってたな。で、それがどうした?」
「もらったんだし真面目に育てようと思ったんだけどさ、これ、結構大きくなるっぽいんだよ。庭でやったら多分建物にぶつかるくらいにはなるはずだ」
「だから場所がねえからよこせってか」
「ああ。どっかいい場所ないか?」
そう尋ねてみると、親父は顎に手を当てて少し悩んだ様子を見せてから答えた。
「いい場所っつっても、んなでけえ樹が生えても問題ねえ場所なんて街の中にゃあねえだろ」
「まあやっぱそうなるよな。じゃあ、街の外なら植えても構わねえか?」
「街の外ってお前……魔物はどうすんだよ。魔物だけじゃなくてバカどもにも荒らされっぞ」
街の中に植えるのは危険だが、街の外に植えるのも同じくらい危険なことだ。何せ街の中とは違って壁による守りがないんだから、誰だって近寄りたい放題なんだから。
そしてそれは人に限らない。街の外となれば魔物だって近寄ってくるだろう。
「そこはまあ、気合でどうにかするしかないだろ」
案山子を木の周りに立てまくっておけば、雑魚は近寄らないだろ。
案山子のスキルは一定以下の弱者には忌避感をもたせ、一定以上は敵愾心を集める仕様になっている。
そんなんだから、木の周りを囲っておけば雑魚に関しては問題ない。問題なのは案山子では遠ざけられないような強いやつだが、そこは……まあ頑張るしかない。
「ばかやろう。気合でなんとかなるもんでもねえだろうが」
だが、そんな俺の言葉を聞いた親父は、まあ当然のことではあるが呆れた様子を見せてため息を吐き出した。
「エディ。北に話を通せ。あいつなら飛びつくだろ」
親父はそばに控えていたエディにそう言うと、エディは軽く返事をしてから部屋を出ていった。
北ってことは北の五帝——もう五帝ではないけど、その一人であるエドワルドに何か話をしにいかせたんだろうと思う。
なにを話に行かせたのかってのは今話した聖樹の育成計画についてだろうけど……
「北って、エドワルドのことだろ? 何するつもりだ?」
どうしてエドワルドに話を通すのかわからない。
街の外に聖樹の育成場所を作るのならそれなりに場所を使うことになる。
少しは街から離すつもりだが、それでも気軽に行き来できる程度の距離に作るつもりだ。
そうなると街の近くで新たな拠点というか、目立つものができるんだから後から苦情やら何やらが来ることもあるだろう。だが、所詮は苦情止まりだ。
この街だけではなく、この街の外も東側は親父の管理区域内なんだから、特に許可を取る必要もないと思うんだが……。
まあ苦情だけと言っても面倒でうるさいことに変わりはないから、話を通すってのは理解できる。
だが、話を通すにしても、なんで北だけ? 中央は潰れたし西は敵対してるから無視していいとしても、南のカルメナ婆さんの方には話を通さなくてもいいのか?
「何って、お前のために場所を作ってやるんだよ。まあご褒美がわりみてえなもんだ。あとはついでに成人の祝いだ。もうすぐ十五になんだろ? せっかくこっちに戻ってきてここにいるって言ったわけだし、なら遊び場くれえ作ってやっても構わねえだろ。あいつを巻き込んだほうが色々とやりやすいと思うぜ」
「遊び場ねぇ……物資とか人手とか用意させるのか?」
確かに金が大好きなあいつなら、金さえ出せばいくらでもこっちの要望どおりのものを用意してくれるだろう。人も建材も、足りなくなるってことはないはずだ。
そのためにはかなりの額が必要になるだろうけど、俺の場合はその気になればいくらでも金を稼ぐことができる。特殊な植物を用意してそれを育てれば、それだけでかなりの金を手に入れることができるだろうからな。
「そうだ。まあ、奴を説得するのにお前の協力も必要になるだろうが、そこは任せた。俺ができんのは道筋を作るくらいしかできねえからな」
親父はそうは言うが、それだけでも十分に俺だけでも話を通そうと思えばできるだろうけど、親父が話を持ちかけるよりも時間がかかるだろう。用意させるものだって足元を見られるかもしれないし、俺では決められない話だってあるかもしれない。
「それでも十分すぎるって。元々俺一人でやろうとしてたわけだし、北のボスに協力を取り付けられるんだったらそれ以上なんてないだろ」
建材も人も用意してもらって場所を作ることができるんだったら、俺がやるよりも圧倒的に早く準備を整えることができるだろうな。
「そうかよ。なら連絡がついたら知らせるわ」
「ああ、わかった」
そうして俺の聖樹育成計画は、北の五帝を巻き込むことによって思っていたよりも大規模なものになりそうな感じになった。
「——おい、ヴェスナー」
親父との話が終わり、部屋を出て行こうとしたのだが、その直前に背後から親父に呼び止められた。
「ん?」
「お前の部下、会ってやれよ」
「……ああ。わかってるよ」
俺の部下——つまりはカイルとベルだ。
俺はこの街に戻ってきてもう一週間程度経ったが、まだ二人には会っていなかった。
中央区のバカどもに襲われたことによって怪我をしたカイルとベル。俺が旅に出るときには怪我をしており、それが治っていなかったためにこの街に置いていくことにしたのだが、もうすでに怪我そのものは治っているはずだ。
だが、まだ会う決心がつかない——っていうとちょっと大袈裟な気もするが、なんとなく会いづらい感じがするのだ。
後ろめたい、とは違う気もするんだが、なんだろうな。
しかし、いつまでも会わないわけには行かない。
……ああ、そうだな。親父に言われたからってわけじゃないけど、ちょうどいい機会だし二人に会いにいくことにするか。
「カイル、ベル。……久しぶりだな」
そうして俺は、カイルとベルのいる部屋へとやってきた。本来なら俺が呼べば来るのがこの二人の立場なんだが、今回はソフィアに言って二人に待ってるように伝えてもらい、俺の方から会いに来たのだ。
久しぶりにあった二人の姿は、記憶の中にある姿と少し変わっていた。カイルもベルも怪我は治っており、以前よりも少し体が大きくなっている気がする。
「ああ、だな。一年以内にはってのは聞いちゃいたけど、思ったより早かったな」
「まあ、これでも色々と運が向いてな。なんとか早く終わらせられた」
俺の言葉に答えたのはカイルだったが、俺がカラカスに帰ってきてたのは知っていただろうに、会いに来るのが遅れたことに対しては何も言うことはなく、以前と同じように接して声をかけてきた。
そのことにホッとした俺は、同じように以前と変わらない態度で軽く肩を竦めながら応える。
だが、ベルは何も答えることはなくすまし顔でカイルの斜め後ろに控えている。
怪我をしていたとはいえ、何も言わずに置いて行ったんだからあって当然のことなのかもしれないが、やっぱり何か思うところがあるんだろうか?
「ベル、怪我はもう大丈夫か?」
「はい。あの時は不覚を取りましたが、問題なく」
このまま待っていても何も喋らないだろうなと思って話しかけてみたのだが、返ってきたのはそんな短い言葉だけ。
そんな喋り方も、ベルが従者であることを考えるのならそれはそれで間違いではないのかもしれないが、以前のベルと様子が違っているように感じられる。
「お前、なんか固くないか? そんな喋り方だったっけ?」
「はい」
ベルは俺の問いかけに頷いたが、やっぱりどうにも違和感がある
チラリとカイルを見てみると、全てを理解しているのかカイルは呆れた様子で頷きながら俺の疑問に答えてくれた。
「……こいつ、今までみたいに甘えてちゃいけないってんで、言葉遣いも態度も変えることにしたんだと」
秘密にしていたことを勝手にばらされたからか、ベルがカイルのことをぎろりと睨みつけた。その視線の意味するところは、余計なことを言うな、だろうか。
ベルがどうしてそう思ったのか、それはあの時——こいつらが怪我をすることになった時のことが関係しているだろう。というか、それしか考えられない。
あの時、エルフ達の里から戻ろうとしていた俺たちはその途中で襲撃を受けたが、その結果ベルは片腕をなくすという大怪我を負った。今では完全に治っているが、怪我をしたという事実は変わらない。
そしてその怪我を負うことになったのは、自分が油断していたから——言い換えれば、甘えてたからだとでも考えたんだろう。油断していた、甘えていたからこそ敵の襲撃に気付けず、咄嗟の対応もできなかった。
俺からしてみれば仕方のないことだと思うが、ベルはそう考えなかった。
だからこそ、もうあんなことが起こらないように、起きてもどうにかできるように甘えを排除するために俺との接し方を変えるようにした、んだと思う。
もっとも、これはあくまでもカイルの言葉と、それに反応したベルの態度からの推察でしかない。だが、それほど大きく間違ってるってことはないだろうと思う。
「ベル。お前はまた俺の下で働いてくれるのか?」
「はい。この命に変えましても、今度こそは怪我の一つすらなくお守りしてみせます」
「そうか。それはよかった。お前がいてくれるなら嬉しいよ」
もう一度話しかけてみるが、やはりその態度は硬いまま。
しかし、だ。俺はベルにそんな硬っ苦しい態度で接して欲しいとは思っていない。それはベルに対してだけではなくカイルやソフィアに対しても同じだ。
だから、どうにかして前みたいに接してもらえるようにしたいし、態度なんて変えなくてもいいんだって理解してもらいたい。
「お前の怪我が治ったのだって、すごく嬉しい。でも、だからって態度まで変えなくてもいいと俺は思うぞ」
「ですが——」
「何より、そんなに壁を作られると俺が悲しい」
「でも……」
ベルは眉を寄せて迷ったような顔をしているが、そんな顔をしているってことはやっぱりベル自身その言葉や態度ってのは望んでいるものではないんだろう。
なら、このまま強引にでも押していけば、きっと前のように話してくれることだろう。
「いつも通りでいいんだ。無理に肩肘張ってそばにいられても、こっちが緊張して体を壊しちまうよ。俺の健康を守るのも護衛の役目じゃないか?」
「……」
詭弁だとは思うが、あながち間違いでもないと思う。少なくとも、言葉の上では否定することはできないだろう。
その証拠に、ベルも何も反論できないでいる。
「俺は、友達を失くしたくはないよ。お前がそんな態度を続けるって言うんだったら、俺は友達でいてもらうためにお前を従者からはずす——」
外すことになる。そう言おうとした俺だが……
「それはダメ!」
最後まで言い切る前にベルの叫びによって遮られた。
叫んでしまってからそのことにハッと気がつき、顔を顰めて俯いてしまった。
「じゃあ、どうする?」
俺がそう問いかけると、ベルは小さく体を震わせ、そしてバッと顔を上げてから真っ直ぐに俺のことを見つめて口を開いた。
「これからも、よろしくお願いしますう!」
「ああ、よろしく」
なんだか投げやりというか、勢いに任せての言葉だったが、それで十分だ。
そんな俺たちの会話、というかベルの様子を見ていたカイルとソフィア——特にカイルからの生暖かい視線がベルに向けられ、それが恥ずかしいのかベルは顔を俯かせてしまった。
恥ずかしそうにしながらまた俯いてしまったベルの頭に手を置けば、それで元通りというか、そうしてようやく以前のような関係に戻れた。
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