第206話フィーリアと合流

「倒れた、と聞いたから馬車でやってきたのですけれど……どうやら色々と問題なく終わったようですのね」

「ん。ああ、お疲れさん。来たのか」


 それから数日後、相変わらず砦に泊まっていた俺だが、そんな俺の前にお姫様であり妹でもあるフィーリアがやってきた。

 だが、俺の部屋にやってきたフィーリアのその表情はどこか呆れた様子に見えたのは気のせいだろうか?


「ええ。伯父様に許可をいただくのに時間がかかってしまったのでだいぶ遅れましたけれど。そもそもなぜあちらに戻ってこなかったのですか? 話をするにしてもあちらの方が落ち着いて話ができたでしょうし、妹を除け者にするのはどうかと思うのですが」

「いや除け者にしようと思ったわけじゃないんだよ。ただまあ、こっちでも色々と問題があってな」


 正直言って俺たちもこんなところじゃなくて、アルドノフの城に戻ろうと考えたことはあった。フィーリアにも、伯父であるマールトにも色々と手伝ってもらったし、報告して話をするべきだろうってふうにも思ったしな。

 だがまあ、色々と……本当に色々とあって戻ることができなかったんだよ。


「お母様が三日間寝ていたことですか?」


 フィーリアはソフィアが引いた椅子に座り俺と向き合うことになりながらそう問いかけてきた。

 どうやら基本的な情報は届いていたようで、そのことについては知っていたらしい。

 だが、それは間違いではないが、俺が問題としているのはそこではない。


「まあそれもあるな。起きたからってすぐに馬車で移動、なんてこともできないだろ。それに、事情を聞かれたりな」


 一応母さんは目を覚ましたし問題なく動けてはいるが、それでも病み上がりだってことには変わらず、全くの問題なしってわけでもない。

 馬車での移動ってのは結構体力を使うもんだ。歩いているよりはマシだが、それでも全く疲れないってことはない。

 なので、まだ本調子ではない母さんを馬車に乗せて数日かけて移動させるのは、あまりいい方法だとは思えなかった。


 加えて、俺には色々と話すことがあった。


「……まあ、知られればそれなりに聞きたくなるような立場ですものね。こちらにはお祖父様もいることですし」


 そんな俺の言葉に納得した様子を見せたフィーリアだが、解釈がちょっと違う。

 確かにそっちも話はしたんだが、本当に時間のかかった理由ではなかった。


「あ、いや、まあそれもだけど、もっと別の事情っていうかな……」

「? 別の、ですか? それはどのような……っ!」


 どのような理由なのか、とそう聞こうとしたのだろうが、その途中でフィーリアは何かに気がついたようにハッと俺を見た。


 そして……


「もしかして、ですが、化け物や魔王、それから拷問卿という名前が原因ですか?」


 そんなことを言った。


「ちょっと待て。なんだその名前は。……考えたくないが、それは俺の呼び名か?」


 言い様からして誰かの呼び方だというのは分かったが、それが自分に向けられたものだというのは受け入れ難かった。


 化け物はいいだろう。魔王も、まあいいとしよう。敵に対してだったが、実際に自分でもそう呼んでくれて構わないって言ったしな。

 だが、最後のはなんだよ。まじでなんだ、拷問卿って。おかしいだろ。なんでそんな呼び方されなくちゃならないんだよ。そんなおかしな呼び方、素直に受け入れろって言われても受け入れられるわけがないだろうが!


 しかし、そんな俺の内心に反してフィーリアは端正な顔を僅かに眉を寄せながら俺を見つめて首を傾げた。


「違うのですか? 伯父様に連絡が入った時、侯爵の出した援軍のおかげでドラゴンを討伐することができた、と聞きました」


 うん。それは事実だな。侯爵からの援軍ではないが、結果としては間違ってないだろう。


「そして、城門からここに来る間にも噂されていましたよ? 内容はいろいろですが大雑把にまとめると、敵の兵を倒した化け物の如き強さを持った拷問好きの貴族様、だそうです」

「……俺は拷問なんてしたことは……ごく稀にしかない」


 全くない、と言おうとして、だがこれまでの行いを振り返ってみるとそれらしきことは何度もしてきた記憶はあるので、完全に否定することはできなかった。


 とはいえ、だ。別にわざわざ特別何かをして聞き出したってわけではない。ちょっとスキルを使って『暴力を伴ったお話し』をしただけ。誰だってやってるありふれたことだろう?


「まったくないとは言わないのですね」

「まあ情報を聞き出すのに手っ取り早いのがそれだったからな。俺はカラカス出身だぞ?」


 まあ、確かに俺は拷問……っぽいものはしたことはあったかもしれない。いや、あった……のだろう。

 だが、決して俺は拷問が好きなわけではない。


「なる程。それはそれとして、強いというのも貴族というのも、間違ってはいませんね。ですが、それほど噂になる程目立つところで拷問などしたのですか?」

「だからしてないって。まあちょっと話しはしたし、その時に多少の暴力はあったが、それだけだ」


 今までの拷問だと言われるようなあれそれだって必要だったからやっただけで、みんなが素直に俺の問いかけに答えてくれたり、聞き分けよく頷いてくれたのなら俺だって何も手出しなんてしなかったさ。

 そう。つまり俺は悪くない。全部今まで『お話し』してきたあいつらが聞き分けの悪い悪人だったせい。だから俺は悪くないんだ。

 俺が拷問卿なんて不名誉な名前で呼ばれるのもそいつらのせいだ。


「つまり噂の通りだと。よかったですね、二つ名がついて。冒険者にとっては誉れではありませんか? ……拷問卿」

「そんな呼び名はいらねえよ……まだ魔王の方がマシだって」


 確かに俺は冒険者だし、冒険者の中にはその功績で称号のようなものをつけられることはある。

 だがしかし、拷問卿とか不名誉すぎるだろ。いらねえよそんなもん。そんなもんを貰うくらいだったら本当に魔王って呼ばれた方がだいぶマシだ。まあ魔王も魔王でアレな感じはするが、拷問卿なんてふざけた名前よりはだいぶいいだろう。

 まあ、どうせ二つ名をもらうんだったら魔王よりも勇者の方をよこせって感じが……やっぱしないな。勇者もダメだな。なんか自分が勇者って呼ばれるイメージが全くと言っていいほどつかない。


「魔王の呼び名になりますと、勇者が派遣されることになりかねませんよ。そちらの方が厄介では?」


 困ったように眉を寄せながらフィーリアは忠告してきたが、そういやこの世界実際に勇者と魔王がいるんだった。ってか現在進行形で南の方に攻め込んでるんだったっけか。

 ……でも、そういや最近魔王の話聞かないな。何してるんだろ? 軍拡?


 しかしまあ、勇者か。来たとしても問題ないと思うんだけどなぁ。だって俺、魔王なんて呼ばれたとしても実際には人間だし。


「人間だとわかれば帰るだろ」

「どうでしょうか? 過去には人間の魔王も現れたようですので。結局は人類にとって脅威になり得るかどうかが基準ですから」


 人間の魔王って……そんなのがいたのか。なんてはた迷惑な……。

 でも、人類の敵ってんなら尚更大丈夫だろ。俺はそのうち父親を殺すかもしれないが、それ以外の国をどうこうするつもりなんて全くない。今回の戦いだって、向こうから仕掛けてきたもので、言ってしまえば防衛戦争だ。俺から侵略しに行ったわけではない。


 なんにしても、勇者が俺のところには来ないだろうし、来たとしてもちゃんと話せばわかって帰ってくれるだろう。

 それに、こういったことは考えてるとその通りになる可能性が高まるんだぞ。フラグってやつだ。だから勇者だ魔王だなんて話はこの辺でやめておこうか。


「……まあ、その辺のことは置いておこう。それよりも、侯爵は何か言ってたか?」


 話を変えるために選んだ話題はそれだった。

 今回の件で俺はそれなりに派手に動いたために、身バレする可能性は十分に出てきた。

 その影響を受けて侯爵がどうするのか、それは知っておかないとだろう。


「お母様の選択に任せる、と」

「そうか」


 だが、フィーリアから返ってきた言葉はそれだけだった。


 それはつまり、俺が……俺たちがどういう立場を取ろうとも、侯爵は俺たちの味方をし、後ろ盾になるってことだ。

 それがわかっただけでもだいぶ安心することができた。


 ぶっちゃけ俺は狙われてもどうでもいい。だって普通に自力で撃退できるし。仮に侯爵と敵対することになっても、カラカスに逃げ込めばどうとでもなる。


 だが、母さんは違う。最悪の場合は一緒に連れていけばいいかもと思っていたが、それでも実家と敵対してしまえば後には引けなくなってしまう。

 だから、侯爵がその道を選ばないで母さんの味方でいてくれたことで安心することができた。


 フィーリアが他に何も言わない以上、罠という可能性も低いだろう。こいつだったら何かしらの違和感があれば見抜き、教えてくれるだろうから。


「それで、お母様にはすでに会ったのでしょう? どうでしたか?」


 そして話題は次のもの……当然と言えば当然なものへと移った。


 フィーリアの問いに対して、俺はこれまで接してきた母の様子を思い出していく。


「話には聞いてたけど、なんだか不安定な人だな。それに、どこか幼い感じがしたよ」


 そう。見てくれには関してまだまだ『若い』と評することのできるものだが、内面に関しては『幼い』と評するのが妥当だろう。そして、幼さの他にも不安定さもある。

 そのどちらもが俺という息子がいなくなった影響なんだろうけど、それが少し心配になる。


「不安定なのは仕方がないでしょうね。十年越しの再会ですもの。幼く感じたのはタガが外れたから、というのもあるのでしょうけれど、もともとそういう性格だったからですね。お祖父様に聞くと昔はもっとポヤポヤと気の抜けた性格をしていたそうですから。成長して王妃となっても、根本までは変わらないでしょう」

「そっか」


 幼いのは昔からか……。まあ言葉の端々に育ちのいいおっとり系お嬢様、みたいなものはあったような気がする。ただ、それでもやっぱりどこか落ち着かない様子はあったように思う。


「……話はできましたか?」


 しばらくの間無言ではあった俺たちだが、フィーリアはそれまでとは少しだけ雰囲気を変えて徐にそう切り出した。

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