第190話リエータ:ザフトの侵攻

 

 私は王妃としてこの国の王と婚姻を結んでいますが、所詮私は『私』ではなく『私の家』を見た結果の結婚相手でしかなかったのです。

 まあ、そのことは理解していたので構いませんけれど。私としても王に恋心を抱いていたわけではありませんし、家の役に立つのであれば結婚することになんの問題もありませんでした。


 とはいえ、気に入られておらずなんとも思っていないとしても、流石に一年も経てば一度は王宮に戻ることになりますけれど、それまでにはこの戦も終わっていることでしょう。


「……すまぬ。私が決めたことでお前を苦しめてしまっている。今更何を言ったところで変わるわけでもないが……すまぬ」


 どうやら父は未だに私を王と結びつかせたことを悔いているようです。

 相応しい天職ではないからと子を捨てられ、愛されることない生活を送り続ける。それは女にとっては耐え難い苦痛でしょう。だからこそ、そんな生活を強いさせることになった父は後悔し続けているのです。


 私としては、そんなことはどうでもいいことだと言うのに。


 先ほども考えたように、そんな生活を送ることになったからこそ、私は私の子供と会うことができた。ならなんの問題もない。問題なんてあるはずがない。


「顔をあげてください。確かに私は恨んだこともありました。お父様だけではなく、この国……いえ、この世界全てを。ですが、もうそのようなことはありません。恨む理由などなく、苦しむ理由もありませんから」


 だってもうすぐ会えるのですから。

『あの方』からの手紙には近々あの子を私の元へと向かわせると、ありました。成人する前に母親に合わせ、今後をどうするか決めさせる、と。

 あの子が私に会うために私を探している。そう考えただけで言いようの無い幸福感が満ちてくるのです。

 会ったら何をしよう、何を話そう。どんなふうに話しかけ、どんなことを話そう。甘いものは嫌いじゃないらしいから一緒にお茶をしておしゃべりをして、何が好きか、何が嫌いか、何をしたいか、何をしたくないか。辛いことはなかったか、悲しいことはなかったか、楽しいこと喜ばしいことは何があったのか。いろんなことを聞いて、話して、それから——


「……そうか。だとしても、すまぬな」


 父の謝罪の言葉でまた逸れていた意識を戻し、首を横に振ってから話を切り替えました。このままではずっと謝り続けられることになっていたでしょうから。心配してくれている父には悪いとは思いますが、正直なところ鬱陶しいと言うのが本音ですね。


「それよりも、壁の向こう側の様子はいかがですか? 物資がいつもより多い気がするのですが、何か異変でもおありでしょうか?」


 今回私が城を離れて領地に滞在するようになって数ヶ月が経ちますが、その間にすでに何度かこの国境の砦までやってきていました。その際にはいつも通りの量だったのですが、少し前から求められる物資に変化がありました。

 今日こうして砦にやってきたのは、その変化について聞きたかったから、というのも理由ではあります。予想では何か異変でもあったのでは、と思っています。でなければわざわざ物資の量を変えるなどということはあり得ないのですから。


「異変……かはわからぬが、今回のザフトは何かが違う。具体的にどこがと言われると困るが、これまで長年培ってきた経験と勘がざわつくのだ」


 ですが、父から返ってきたのはそんな曖昧な言葉でした。どうにも父自身明確な理由がわかっているわけでは無いようですが、戦場に立つ者の勘というのは時として想定を超えた事態すら予測する、というのを聞いたことがあります。父は長年この地にて戦い続けてきた戦士。であればその言は無意味なものだと切り捨てない方が良いでしょう。


 ——何かある。


 その何かがなんなのかは分かりませんが、私も覚悟しておいた方が良いのでしょうね。


「お前もすぐにでも戻れ。ここにいれば何かあった時に巻き込まれることになりかねん。長居はするな」

「私、これでもお父様の娘ですのよ? それに、あの日から大事なものを守るために力はつけてきたつもりです。戦場の機微については詳しいとは言えませんが、最低限抗うだけの力程度は持っていますわ」


 最低限、とは言いましたが、二度と子供を手放さなくても済むように鍛えた私はそこらの兵士たちよりもよほど強い存在であると自覚があります。

 戦争となるとまた勝手は違うのでしょうけれど、単体での戦闘力で言えばこの砦において上から数えた方が早い……いえ、もしかしたら最強かもしれません。

 そんな私を使えば、多少の問題は退けることができるでしょう。


「確かにお前が努力し、力をつけてきたことは知っている。フィーリアが生まれてから十年以上もの間、お前は倒れ続けながらもスキルを使い続けて鍛えてきた。それはおよそ常人にはできぬことだろう」

「はい。おかげで天職は第十位階に辿り着きました」


 何度も何度も気絶しながらもスキルを使い続けることで、現在の私はこの国でも数える程度しかいない第十位階にまで到達することができました。

 もっとも、そのことは国王には告げていないので、対外的には第八位階ということになっていますが。

 何せ、いずれは争うことになるかもしれない相手です。馬鹿正直に自身の能力を知らせる必要はないでしょう。


「ああ、それについては私としても鼻が高い。——が、たとえ力があろうとお前は私の娘なのだ。ただでさえ負担をかけてしまっていると言うのに、この上さらに巻き込みたくはないのだ」

「お父様……。はい、わかりました。今日すぐに、とはいきませんが、明日にでもこの砦を発つことにいたしますわ」

「ああ、そうしなさい」


 父は私の言葉に頷くと、それまで張っていた気を緩ませて、ふっと優しげに笑いながらそう言った。


 甘い人。この砦の将であるのなら、使える戦力は全て使うべきでしょうに。……けれど、それが親というものなのでしょう。必要だ、居てもらいたい。けど怪我をしてほしくない、危険な目にあってほしくない。そう思うからこそ、不合理でもそうする道を選ぶのだと理解できます。何せ、私も同じ状況なら同じようにするはずですから。


 そして翌日、この砦でやることは全て終えた私は、空となった荷台やそれらを牽く馬達の様子を確認してから砦を出発することにしました。


「それではお父様、私はこれにてアルドノフの城に戻らせていただきます」

「ああ。お前にもマールトにも苦労をかけるが、頼んだぞ。道中気をつけなさい」

「はい。お父様もお気を付け——」


 ですが、そんな父との別れの挨拶を行なっていると、突如空気を震わせるような大きな鐘の音が響き渡りました。


「何事だ!」


 この砦の将である父がそう叫ぶと、砦の監視塔部分にいた兵士が姿を見せます。


「閣下! ザフトより侵攻が開始されました!」

「来たか」


 そうして告げられたのは敵の侵攻が始まったというもの。

 父は険しい顔をすると即座に身を翻して砦の中へと戻っていき、その後をついていった兵たちに流れるように指示を出していきました。この辺りは流石は長年領主を行なってきており、今回も将に抜擢されるだけはあると言うべきでしょうね。


 私はアルドノフ領に戻る予定だった者達に出発するように伝え、去って行った父の後を追いかけます。

 こんなことをすればいい顔をされないのは理解していますが、侵攻が始まってしまったと言うのに見て見ぬ振りはできません。せめて状況の確認だけでもして、魔法の一撃でも放ってからでなければ。

 そう考えて砦の中を歩き、父の後を追って敵を見渡すことのできる屋上へと向かいました。


「なんだあいつら! 魔物を引き連れてきやがったぞ!」

「調教師だ! それも複数いるぞ!」

「おい待てよ。後ろにいるあれって、ワイヴァーンの群れか!?」


 この砦は平原に流れる大きな河を防衛線とするようにして建てられています。

 平原、河、砦、平原の順で並んでいる。と、言葉にするのならこのような感じでしょうか。

 簡単に言えば、砦があるこちら側がザヴィートで、河を挟んで向こう側がザフトですね。


 国境ともなっているこの河はそれなりの大きさがあり、橋を経由しなければこちらに来ることができないために今まではそれほど被害を出すことなく耐えてくることができました。


 ですが、今回はそう簡単には行かないかもしれません。


 屋上へとやってきた私達ですが、そんな私達が敵へと視線を向けて最初に目にしたのは敵の軍勢でした。ただし、敵といっても人間ではなく、兵達が叫んでいるように魔物の群れでしたが。


 ——まさか魔王が?


 南では魔王が出現したとの話も聞いていますし、もしかしたらと思ったのですが、それはあり得ません。

 何せ南にいたはずの魔王が群れを率いて此方にやってきたのであれば、まず最初にザフトに被害が出るはずです。ですが、我々はそんな報せは何も聞いていません。


 おそらくですが、魔王では無い何者か……予想できるのは第七位階以上に鍛え上げた使役系の天職を持つものでしょう。そうであればあの魔物達も説明できます。それが第七位階なのか第十位階なのかは分かりませんが。

 もっとも、あれだけの群を操り、今その姿を見ることはできませんが兵の言ったようにワイヴァーンの群れまでも操ることができるのであれば、第七位階程度ではすまないでしょう。ですので、おそらくは第十位階。そうでなくても第九位階に至っている者がいることでしょうね。


 先ほど魔王ではないと考えましたが、訂正するべきでしょうね。あれだけの魔物の群れを率いることができるほどの者がいるのであれば、それはもはや魔王となんら変わりない出来事です。

 幸い、と言えるかどうかは分かりませんが、使役者本人の戦力は魔王ほどではないというのがせめてもの救いでしょう。もし使役者本人も強いなどと言うことがあれば、それこそ本当に魔王と言ってもいいような敵ですから。

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