第180話従兄弟の疑念
翌日、俺たちは与えられた部屋でそれぞれ待機していたのだが、その日の夜は夕食を取った後は四人——俺とソフィア、それからリリアとレーネで揃って俺の部屋で待機することになった。
その理由は……
「——ふう」
「ん? ああお疲れ。こっちにきたのか」
なんて考えていると、俺たちが集まっている理由の中心人物がやってきた。
部屋でだらけているところに見事なまでに着飾ったフィーリアがやってきたのだが、部屋に入ってくるなりため息を吐き出した。その理由は分かるが、代わってやれるもんでもないし本人が頑張るしかない。
やってきたその姿はまるでどこかのパーティーにでも出席してきたかのようで、事実フィーリアは今夜行われたパーティーに出席していた。それも、この城で行われたものだ。
名目としては王女を歓迎するためのものらしい。数日程度の滞在ならそんなことはしなくてもいいのだが、二ヶ月もの滞在を予定していると、流石に一度くらいはそう言った催し事をしなければならないと言うのがマナーらしい。
俺たちは王女の客ではあるがしっかりとした身分があるわけではないのでパーティーには参加できない。
一応レーネは貧乏とはいえ貴族の家なわけだし、リリアは特例で参加できるんだが、俺とソフィアは参加できないので何か問題があったときに、というかリリアが問題を起こしたときに対応できないのでリリアの出席は却下になった。
レーネはリリアみたいに引っ張ってくれる奴がいないなら自分からそういった祭りのようなものに参加するタイプではないし、実際参加するかを問われたときに思いっきり首を振って断っていた。ドレスなんかは貸すと言ったそうだが、それでも参加したくないらしい。
そしてそんな参加しない四人が一つの部屋に集まっているのは、この城の使用人を総動員してパーティーを開くので、何かあった際に対応できるとも限らない。なので、今日はまとめて一緒にいて欲しいとのことだったので俺の部屋で一緒に待機していることになったのだ。
そんなパーティーも終わったのか中座したのかわからないが、フィーリアは会場を出てこちらにきたようだ。
「はい。気分転換と言いますか、ちょっと憂さ晴らしとでも言いますか……まあそのようなものです」
そう言いながらフィーリアは窓際のソファーに座っていた俺の隣に腰を下ろした。
時間的にはまだそれほど遅いってわけでもないし、ここに来るまでの旅の疲れが、とでも言って出てきたのかな?
「王女様ってのも大変だな」
「そう思うのでしたら、大変さの半分を担おうとは思ったりしないのですか?」
「担おうしたところで、どのみち今回は無理だろ」
半分担えってのは、俺に王女の兄として……王子として参加しろと言っているんだろうが、将来的にそれもありになったとしても、今の時点では無理だ。今の俺が参加したところで、何だあいつは、で終わってしまう。
それに、今の段階で目立つわけにはいかないので、仮に王子として身分を手に入れることになったとしても、国王にどうにかするまではそう言った催し事に参加するつもりはない。
「それに、ぶっちゃけめんどくさい」
そんな本当にぶっちゃけたことを言うと、フィーリアはそれまでの疲れをまとめて吐き出すかのように大きくため息をついた。
「全員が全員、あなたのようにわかりやすい態度をとってくださると楽でいいのですけれど……」
「無理だろ。無駄に飾って相手を騙すのが貴族だろ?」
「違うと否定できないところが国の愚かさを示しているようですね」
「まあ人間なんてそんなもんだ。どこの誰だって飾って嘘をつくもんだろ。貴族に限らずな」
人間として生きている以上誰だって嘘をつくし相手を騙す。それはどれほどの親友であってもそうだ。全くの嘘のない関係なんてありえない。俺はそれをカラカスって街で嫌ってほど学んできた。街で話して仲良くなった相手がいたと思ったら自分を狙ってるだけだったとか、自分の金を狙ってるだけなんてのは本当によくあった。
俺の親友兼従者としてやっていたカイルだって全く隠し事がないわけでもなかったし、俺に取り入るために行動していた。俺はそれを許したが、それだって騙しているのと何ら変わらない。
貴族やそれなり以上の規模の商人なんかの奴らは特に酷いのは否定しないけど、やっぱ人間である以上は誰だって嘘をつくもんだ。
実際、俺だって〝色々と〟隠し事があるわけだしな。
「——っと、誰か来たな」
なんて話していると、ドアの外から少し乱暴な足音が聞こえてきた。
「そのようです——あら。アウグストですか」
と思ったら部屋のドアをノックすることもなく足音と同じように乱暴にドアが開かれた。
その先にいたのは、フィーリアが言ったようにアウグスト——ここの領主であるマールトの息子だった。
「あー、従兄弟様か」
「ええ。私と、あなたのですね」
「俺はまだ違うだろ。すくなくとも対外的には」
「実質的にはあっているのですから良いのではありませんか?」
「そもそもあいつは俺のことを知ってるのか?」
「……どうでしょうか? おそらくは知らないと思いますが……」
「昨日はなんの説明もなしか?」
「あの後はなぜ一緒にいるのか、とあちらでの状況を軽く説明をしましたが、すぐに私たちは追い出されてしまいましたので。一応手紙を渡しておきましたのでおおよその事情は把握していると思いますが、それを知らせたかと言うと……」
そんなふうに小声で話していると、アウグスト様は何が気に入らないのか厳しい顔をより一層厳しくし、ズカズカと部屋の中に踏み込んでこられた。
一応ここ俺の部屋なんだけどな。借りてるだけの客室とはいえ、部屋の主に無断で踏み込むってのは、だいぶ失礼じゃないか?
なんて考えながら近づいてくるアウグストを見上げると、アウグストは俺のことを見下ろしながらギリッと歯を噛み締め、口を開いた。
「……お前、〝なん〟だ?」
「なんだ、とは、何がでしょうか? リエータ様——この地の領主様の妹の客人だ、と説明していただいたと思うのですが?」
敵意満々な様子だがそれでもいきなり顔面パンチしたらまずいことくらいわかる。気分的にはやっても問題ないんだけど、それどころか縛って外に吊るすのもありだと思ってんだけど、それやると後が大変なのでできない。
なので内心渋々、だがそれを表に出さないようにしながら「お前はなんだ」なんていう失礼極まりない問いかけに答えることにした。
「父上と母上が叔母上と話しているのを聞いた時に、お前の名前が出てくることがある。ただの客人にしては違和感があるだろ」
ああ、やっぱ事情は完全には聞いてなかったか。そんな状態で俺の名前が出てきたら、そりゃあおかしいと思うわな。
……でも、そうか。俺の母親は俺のことを話していたのか。そうか……。
「叔母上の娘であるとはいえ王女と一緒にやって来た。その上、殿下はパーティーを途中で抜け出してまでこんなところに来たんだ。これでおかしく思わない方がおかしい」
——っと、今はおかしな感傷を感じてる場合じゃないな。こいつの相手をしてやらないと。
だがまあ、いってることはそりゃあごもっともだわな。何も知らされてないなら俺のことは従兄弟だとは思わないだろうし、そんな俺が王女と一緒に来たんだったら何者なのか気になってもおかしくない。それに、領主夫妻の俺に対する対応も初対面の人間に向けるにはやりすぎというか、疑問が残るものだし。
だが、『なんだ』はないんじゃないだろうか? せめて『何者だ』くらいにしておけよ。お前の聞き方だとまるで俺が人間じゃないみたいな感じが……
「お前は魔物か?」
「へ?」
突然の言葉に俺は間抜けな声を出すことしかできなかった。
だが、どうやら俺は本当に人間だとは思われていなかったらしい。……なんで?
「そうでなければ詐欺師だな」
詐欺師でもないんだが……魔物よりはマシか?
いやまあ、詐欺師はわかる。今の俺の立場は王女や王妃、領主を騙して取り入ろうとしていると思われても仕方がないだろう。だから詐欺師と思われるのはいい。いやよくないが、理解はできる。だが、なんで魔物? 俺が魔物だなんて考え、一体どこから出てきたんだ?
「あー……どうして魔物なんて結論になったのかお聞きしても構いませんか?」
「魔物の中には人を喰らい人に成り代わるものもいる。そしてそいつらは自分のことを親しい相手だと認識するように精神に魔法をかける。魔物でなかったとしても、詐欺師であれば同じようなことができるだろう」
なるほど。確かにそんなのがいるんだったら王女や両親のそばにいたんだとしてもおかしくはないか?
「なら、なぜ私はその魔法をあなたにはかけていないのでしょうか?」
「……魔法の対象に制限があるんだろう。魔物を操るものもだが、生き物を思い通りに操るのにはかなり神経を使うと聞く。ならばお前の力にも人数制限があってもおかしくない」
「なるほど、あなたにしては筋が通っていますね。まるっきりあり得ないと断じることはできない程度には聞く価値のある話です」
あくまでも理論的にはおかしくない、であって実際にあり得るかっていうと微妙だ。あり得なくはない。だが実際に起こり得るかといったら頷けない程度の可能性。
危機管理、という点ではごく低確率であろうとあり得なくはないのだからそれを警戒することはいいことだろう。だが、それで客人に対して「お前は魔物か」なんて疑いをかけるのはダメだろ。
「それで、もし私が魔物、もしくは詐欺師だったとして、アウグスト様はどうされたいので? 違う、と言っても納得はされないのでしょう?」
俺は詐欺師でもないし、ましてや魔物でもないんだが、こういった輩にはそういったところで素直に頷くことはないだろう。
なので、俺はナイフを取り出した。
俺が突然刃物を取り出したことで警戒したのだろう。アウグストは腰を落として身構えると、周囲に視線を走らせてすぐさま状況の確認を行なった。その判断は正しい。頭はちょっと弱い感じがするが、戦力、武力で考えるとなかなかのものだと思う。
まあ、俺は取り出したナイフで攻撃するつもりはないからその警戒は全くの無意味なんだけどな。
攻撃はしない。ならなんでナイフなんて取り出したのかというと、こうするためだ。
俺はドレスを汚しちゃまずいとフィーリアから数歩ほど距離をとり、そのナイフで自身の手のこうに傷をつけた。
当然ながらそんな怪我をすればそこから血が出てくるわけだが、その血は赤い。魔物であればもっとどす黒い赤だったり青や緑なんて不思議な色をしているが、俺の場合は正真正銘鮮やかな赤をした血だ。
「これで納得いただけますか? 私は人間ですよ。詐欺師かどうか、と言われると信じてくださいとしかいえませんけど」
それに、血を見せたことで人間だと言ったが、実際のところは魔物にも人間と同じような血の色を持つやつはいる。なので、その変身する魔物がどんな見た目でどんなやつなのか知らないが、もしかしたら人間と同じ血の色をしている可能性は十分にあるのだから、血を見せただけで俺が人間だと証明するのは難しいかもしれない。
だが、アウグストはその魔物の血の色を知っているのか、それとも俺の態度が魔物らしくないとでも感じたのか、それまでも険しかった表情をさらに険しくして俺を睨みつけたが、手を出すことはなかった。
「手合わせをしろ」
そして、しばらくの間俺のことを睨みつけた後、徐に口を開いてそう言ってきた。
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