第166話お昼休憩

 

「目があ! 目があああっ!」


 ……あいつはバカなんじゃないだろうか?


 自分の魔法だと言うのになぜか自分でダメージを負っているバカな術者を無視して会場を見回す。


 舞台の上にいくつもの光の球があり、それが同時に炸裂した以上光に照らされない場所なんてなかったのだろう。舞台の上では俺の戦っていた剣士はもちろんのこと、ソフィアやフィーリアと戦っていた選手たちもが目を抑えてよろめいている。さらに言うなら味方であるはずのレーネやフィーリア、それから観客たちも呻き声を上げながら目を押さえている。

 無事なのは俺とソフィアくらいなもんだ。この辺はあいつの馬鹿さ加減を知っているくらいに馴染みがあるかどうかの差だろう。


 手を出すなって言い含めておいたはずなのに魔法を使ったバカには言いたいことがあるが、今はそんなことよりも先に敵を倒すのを優先しないと。


 敵のリーダーは確か後ろにいる魔法師のどっちかだったかはずだ。なら、こんな剣士の相手をしてる必要なんてない。


 そう判断すると、俺は後方でふらついている魔法師に向かって走っていったのだが、視界の端には俺以外にも動く影がある。ソフィアだ。俺と同じように考えたのだろう。ソフィアも敵の魔法師に向かって接近していき、俺が相手の襟を掴んで引き倒したのと同時に、相手の体を掴みながら足払いを仕掛けて勢いよく倒れないように優しく転ばせた。この辺の気遣いの差に違いはあれど、俺たちは同時に魔法士を倒すことができたわけだ。


「審判!」


 相手のリーダーを倒した以上は戦う必要もないので審判の名を呼んで決着がついたことを知らせる。


 審判も目が眩んでいたのだろう目を押さえているが、俺の声に反応するとこちらを向いて状況を確認し、旗を上げて宣言した。


「勝負あり! 勝者、『大地の絆』!」


 目が見えなかったためだろう。そんな宣言をされてもしばらくの間観客たちは動揺した様子を見せていたが次第に視力が回復していき、舞台の上の状況を確認するとワアッと歓声を上げた。


 それによって俺たちの第二試合は勝敗が決まり、俺たちは礼をしてから舞台の上を去っていった。


 決め手となる魔法を使ったリリアはその歓声が嬉しいのか、通路の奥に消えるまでずっと胸を張りながら笑みを振りまいていた。


「——手ェ出すなって言ったと思ったんだが?」


 そんなこんなで控室に戻ってきた俺たちだが、俺は楽しそうにしているリリアの頭を掴んでそう話しかけた。


 その瞬間リリアはビクリと体を跳ねさせ、ギギギと音がするかのように後ろに振り向いてきた。

 俺のことを見つめるその顔は固まっており、ツーっと汗が流れる。


 リリアの視線は忙しなくあたりを見回すが、やがて覚悟を決めたのかキッと俺のことを睨むように見つめてきた。


「だ、だって仕方ないじゃない! わたしだって活躍したかったんだもん!」

「お前は……はあ」


 仲間がピンチだったから助けたとでも言うのかと思ったらそれかよ。


「良いのではありませんか? 手を晒したと言うのはありますが、一番の手は隠すことができたのですから。それに、あの状況で何もしないとなれば色々と怪しかったですよ」

「まあそりゃあそうなんだろうけどさ……いや、そうだな。レーネの力が疑われるよりはマシか」


 苦戦している状況でリリアというエルフが手を出さなかったら、それは最初から手を出すなという指示があったのだと推測されるだろう。そしてそれはレーネにも及ぶかもしれない。「あのエルフは力を隠している。じゃあ同じように戦わずにいるあいつも力を隠しているんじゃないか」ってな。できることならそれはやめてほしいところだ。なので、リリアは手を出したのは結果的には良かったとも言える。


「ええ。それに、勝ったのですからもっと気を緩めても問題ないと思いますよ。今のところはさしたる綻びもなく順調にことが進んでいるのですから」


 そんな話をしながら待っているともう片方のチームの第二試合も終わり、ついには第三試合——つまりは決勝だ。


 が、その前に一旦昼休憩が入る。時間的にもだし、流石に決勝戦で戦う相手の方は連戦になってしまうので不利になる。それを防ぐための休憩だな。


「昼はどうする?」

「一応この場に持ってきていただくことも可能ですが……ここでは風情がありませんし、せっかくですから外に出ましょうか。選手限定ですが、近くに食事処が解放されているはずです」

「さんせーい! そとー! おっそとー!」


 フィーリアが外での食事を提案すると、今までほとんど部屋の中に篭りっきりといってもいい状態だったリリアが両手をあげてはしゃぎ始めた。


「これが目立つけど……選手限定ってんなら大丈夫か?」

「……よろしくお願いしますね?」


 これをよろしくされても困るんだが……仕方ないか。はあ……。




「随分と近くにあるもんだな」


 そうして俺たちは昼食を取るために控室から出て近くにあった選手専用コーナーとやらに向かったのだが、その場所は一応建物内にあったために思っていた以上に控室から近く、十分も歩けば着けるところにあった。一応建物内、と言ったのはそこがバルコニー式になっていたからだ。


「それも、他の方々を一切通さないとは……」


 しかもそれなりに広いエリアだってのに、俺たちみたいな選手以外には人がいない。

 周りを見てみると、二回戦までの間に負けたチームたちも利用しているが、まあそれだけだ。


「ええ。これでも我々は大会の参加者ですので、そこらを無闇に歩き回れば人が集まってきます。すでに敗退したのであればその影響で身動きが取れなくなったとしても問題ないのでしょうけれど、我々は違います。人が集まって、それによって昼食を取れずに、試合時間にも間に合わなくなったとなれば問題です」

「だから時間に遅れないように、か」


 確かに同じ建物内にあって、尚且つ人通りがないんだったらそうそう遅れることなんてないだろうな。


「そうですね。まあ、この場所も私たちがさった後には抽選という形ですが一般向けに開放されるようですし、客入りという点では心配などする必要はないでしょう」


 選手たちの使った場所でお食事を〜、みたいな感じか? まあ特別感はあるよな。


「ねえねえ、あっちにいきましょーよ!」


 なんて話していると、リリアがバルコニーから見える出店の列を指差してそう宣った。


「お前は話を聞いてなかったのか?」

「え? なんの話?」


 リリアは心底不思議そうに首を傾げながら俺のことを見ている。

 どうやらこいつは、人混み云々だとか時間に遅れないようにだとか、そういった俺たちの話を聞いていなかったらしい。


「……お前を家に送り返すって話だよ」

「うそ!?」

「うそだよ。だが、はしゃぎすぎて勝手に動き回るようなら本当になるな」

「うー……。でもあっちなんかすごく楽しそうなんだけど?」


 まあ確かに楽しそうではあるな。大会なんて言ったって、予選で落ちたやつや元々参加しない奴にとっては単なるお祭りだ。出店だって出てるわけだし、楽しげな空気があって当然だ。

 リリアが感化されてもおかしくないし、実際のところ俺だってああいう空気は好きだからあっちに参加したいとも思う。


 が、今はダメだ。


「大会が終わったら連れてってやるから大人しくしておけ。それより、お前そんなにはしゃいでいいのか?」


 だが、ただダメだと言ってもリリアは頷かないだろう。なので、気を逸らすためにそんなことを言ってやることにした。


「ほえ?」

「今のお前は大会に出た影響で有名人だ。そんなお前を注目してる奴なんてそこかしこにいる。そんな奴らの前で凛々しい姿を見せてかっこいいって思われなくてもいいのか?」

「はっ! そうだったわ!」


 俺の言葉を聞いた瞬間、リリアはハッと目を丸くして俺のことを見つめ、周囲を見回してから眼下を行き交う人達に視線を向けた。

 そして真っ直ぐに俺たちのことを見つめ直すと楚々として姿勢を正し、にこやかに笑みを浮かべた。


 その姿は、これがエルフのお姫様なのだと言われたら信じてしまいそうなくらい立派なもので、そんな変わりようを見ていた俺たちクランメンバーたちは目を丸くした。


「……どう? イケてる?」

「そのまま部屋に戻るまで保てるんだったらな」


 姿はお姫様と言われても不思議のないものだが、その口調までは変わらなかった。

 そのチグハグさに呆れながら適当に返したのだが、リリアは自信満々な様子で頷き、お姫様の如き笑みで調子に乗ったことを口にしている。


「ふふん、バカにしないでよね。この程度、あんたに認められるために頑張って鍛えたわたしには余裕よ」


 俺に認めさせるために、ねぇ……。そりゃああれか? だいぶ前にこいつは長として相応しくない的なことを言ったような気がするが、それが原因か?


 まあ確かにこんな姿を見せられては「よくやってる」と褒めてやるべきだろうし、実際頑張っているとは思う。だが、そんなことができるんだったら最初っからやっとけよとも思う。多分そんなに長い間続かないんだろうけど。


 そんなこんなで適当に注文し、適当に話をしているうちに料理が届いたのだが、さすがは選手専用エリアに選ばれるだけあってその味は屋台のものなんかよりも上等なものだった。


「意外といけてるな」

「でしょ〜?」

「お前じゃなくて料理の方だよ」

「ちょっとー、わたしはー?」

「あーはいはい。すごいすごい」

「実際、ご立派な姿だと思いますよ。そのような状態で会えば、私もエルフの御子なのだと即座に信じたでしょう」

「えへへ〜。そうかな〜」


 俺が呟いた言葉を聞いて、何をとち狂ったのか自分への賛辞だと勘違いしたリリアが自慢げに笑うが、今のはお前じゃなくて料理の味に対する言葉だ。


 それから、フィーリアの言葉で照れてるが、それは褒めてないぞ。どっちかってーとバカにしてる言葉だ。


「レーネさん。不安ですか?」


 俺とフィーリアがリリアとそんなバカなことを話していると、ソフィアが1人暗い雰囲気を纏っているレーネに声をかけた。

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