第107話わがままの結果・後

 

「——それで、エリス。今日の狩りとやらはどうなったのだ?」


 屋敷についた私は体の汚れを落とし、着替えてからいつものように食堂へと向かいました。

 そしていつものように夕食をとって部屋に戻ろうとしたのですが今日もお父様に呼び止められてしまいました。

 ですがこれは不思議ではありません。兵を用意してもらったわけですし、報告が必要だということは理解していましたから。


「問題ありませんでした。成果は後ほどまとめさせて報告させます」


 馬車に乗って屋敷に戻ってくるときに、護衛にいた騎士に魔物の狩った数をまとめてそれをお父様に報告するようにと命じておきました。なので後で報告に行くでしょう。


 ああ、そうだ。これは言っておかないとよね。


「ただ、ちょっと兵達の気が利かないことがありましたので、その辺りはもっとしっかりと教えこんでおいた方がいいのではないでしょうか? 少なくとも今回に関して罰を与えるべきかと」

「気が利かないとは、具体的に何を?」

「狩った獲物を私の馬車のすぐそばに置いてあったせいで臭いがひどいことになっていました。それから景観もだいぶ悪くなっていました。狩ったのはいいとしても、それは私から見えないところに置いておくべきだとは思いませんか? ああそうだ。それから少し軟弱すぎるかとも思いました。私達がせっかくお金を恵んで差し上げているのですから、もっと努力するべきです。甘やかしすぎなのではないでしょうか?」


 よし。これで言わないといけないことは全部言ったわよね? これで私も貴族として、領主の娘として一つ領地に貢献できたわ。お父様が今私の言ったように兵を鍛え直せばそれが領地のためになるわよね。


「……兵も人であり、我らの領民なのだ。厳しくしていくだけでは駄目なのだ。それに、狩った獲物に関してはどうしようもあるまい。離れた場所に置いておけばそれを狙うものが現れる可能性は十分にある。それでは、狩った意味がまったくないとは言わないが、薄くなってしまう。限られた人数で狩りも管理も護衛もとは行かぬ」


 お父様はそう言いながら首を振ったけれど、それはちょっと違うんじゃないかしら。

 優しいのは美点かもしれないけれど、それが過ぎれば甘さになり、兵や民にとっては毒になる。優しさを向ける相手は選ばないと。でないと、民なんて愚かなんだからすぐに調子に乗ってしまう。だからお父様はもっときびしくいくべきだと思うわ。厳しく管理する。それが貴族の責務だもの。


「ですがお父様。貴族とは大局を見て動くものです。そのような些事は兵達で考え、行動すべきでしょう」


 それにそもそもの話として、あの程度のことで私の手を煩わせるのは罪というものです。余分なことや無茶なことではなく、あの者達がやるべきこと、やらなければならないこと。だからあれはあの者達で解決すべきことでしょう。


「……ああ、そうだな。話は終わりだ。行きなさい。明日も賭けのために狩りに行くのだろう?」


 お父様も私の言葉を理解してくださったのか、そう言って同意を示してくれた。


「はい。それでは失礼いたします」


 あら? そう言えばお父様に賭けのことは話したかしら? ……いえ、話していなかったはず。ということはお父様もついに私の言い分が正しいことを認めてくださったということね。だからあいつとの賭けのことを知っても今度は止めずに放っておいてくれた、ということでしょうから。


「……あの者に関わったことに問題はあれど、今回の件を通して学んでくれればと思ったが……」


 食堂を出ていく際にお父様の声が聞こえた気がしたけれど、関係ないわよね? だって私に言いたいことがあるのならはっきり言うはずだもの。




 そうして最終日。今日までの成果ですでに超えられないでしょうけれど、それでも私は最後まで手を抜かないわ。


「さあ、今日もやるわよ! 絶対にあんなやつに負けないんだから!」


 今までと同じように狩場についた私は馬車を降りて兵士たちに命令を下し、兵士たちはいつものように動き始めた。


「お嬢様? 負けない、とは誰かと勝負をしているのですか?」


 その様子を見ていると、そばにいた騎士の一人がそんなことを聞いてきた。


 そう言えば一応あいつと賭けをしていることは秘密になっていたけれど……まあ、構わないわね。どうせお父様はもう知っていることみたいだし、無理に隠す必要なんてないもの。


「ええ。私に対して不敬を働いた愚か者とね。調子に乗って賭けなんて持ちかけてきたから、受けてあげることにしたのよ。そんなことより、早く狩りを始めなさい!」


 まだそばでノロノロと動いていた兵士達に追加で命令を下す。まったく、こうして指示を出しても怠けてまともに働かないなんて、随分とたるんでるわね。やっぱりお父様は甘いわ。もっと厳しくいくべきなのよ!


「……遅いわね」


 それからしばらく馬車内で待機していたのだけれど、今日はまだ誰も兵が戻ってこない。いつもならもう二度程度は帰ってきても良さそうな時間が経ったというのに、一度もよ。

 また怠けていると言う可能性もあるけれど、そうでないのならもうこの辺りの魔物は狩り尽くしてしまったのかしら? 一週間もこの私が兵を率いて狩りを続けたのだからそれも仕方がないではあるのだけれど……。

 けれど、どうしようかしらね。このままの成果でもあいつとの賭けには勝てそうなものだけれど、せっかくきたのになんの成果もなく帰ると言うのは少し格好悪い。帰るにしてもせめてなんらかの魔物を倒してからがいいのだけれど……


「そうですね。迷うと言うことはあり得ませんし……何らかの脅威が現れた?」

「脅威? それって何? 異常種が出たってこと?」


 ああ、そうね。そう言えばその可能性があったわね。

 私は平気だけど、兵たちなんて所詮は平民だもの。ちょっと強い魔物が出てしまえば全滅することだってあるかもしれないわね。


 けど、異常種ね……。それを狩れば今日の成果としては十分でしょう。異常種が狩れれば、数だけではなく質でも私が大きく上回ることができる。そうなればあいつも何も言えないでしょうね。


「或いは他の場所から移動してきた魔物の可能性もありますが……」


 騎士達の会話を聞きながら、私はこの後の行動を決めた。


「いくわよ」


 そう言いながら私は馬車から降りていき、私専用の馬を引いてきた騎士に馬の用意をするように言った。

 けれど……


「お嬢様!?」


 騎士の男は私の言葉に驚いて目を丸くしている。何か問題でもあったかしら?


「何?」

「いえ、何、ではなくてですね……。異常種が出たのでしたら、まずは一度戻って報告をするべきでしょう」

「でも、まずは本当に異常種が出たのか確認するべきじゃないの?」

「だとしても、お嬢様が先頭を進むのはなりません!」


 確かにその言葉には一考する程度の価値はあるわ。けど、正解じゃない。むしろ間違いなのよ。


「私たちはここに狩りに来たんだもの! このまま何が起きてるのかも分からないのに怖がって逃げるわけにはいかないでしょ!」


 異常種が出たら報告する義務は領民にも出ている。けれど私は貴族よ? それも領主の娘。そんな私が異常種がいるかもしれない、程度の話で確認もせずに逃げ出してたら大恥よ。しかもそれで何もなかったら恥の上塗り。虚言に踊らされて逃げ帰った臆病者という評価が付けられてしまう。そんなこと許せるはずがないでしょ。


「……では、調査に向かいますが、決して我々から逸れないよう、そして独断で動かないようにお願いします」

「わかってるわ。ほら、いくわよ」


 私の考えが正しいと理解したのか騎士は覚悟を決めたようで、大きく深呼吸をしてから私に注意をしてきたわ。

 けど、そんな事は言われなくても理解してる。それに私を誰だと思っているのかしら。多少の危険程度ならなんの問題もないに決まってるでしょ!


「あれは……っ!」


 そうして私は馬に乗りながらいつものように騎士の一人を馬車の守りに残して私たちは森の中に入っていったのだけれど、しばらく進んでいると森の中にあった少し開けた場所に兵士たちの倒れている姿を見つけたわ。

 あれ、倒れているってことは何かにやられたということでしょうけれど、そうなるとやっぱり異常種という考えが正しいのでしょうね。

 それ自体はしかたがないにしても……はぁ。まったく嫌になるわね。その程度でこうも簡単に死んじゃうなんて。


「総員警戒!」


 騎士の一人の言葉で残りの三人は全員武器を構え、私の周囲を囲むようにして周囲を警戒し始めた。


「どうします?」

「……警戒を維持しつつ確認に向かう——で、よろしいですね?」


 なんだかいつもより少し偉そうな態度なのが気に食わないけれど、まあいいでしょう。異常種がいるのだと仮定して、死体の確認をすればそれがどの系統の魔物なのかわかるでしょうし。


 私が頷くと騎士達は警戒を続けながらゆっくりと歩き出し、それに続くように私も馬を進めた。

 けれど……


「これはっ……まずいっ! お嬢様! 罠です! すぐに、にげ——」


 私の前を進んでいた騎士が死体に触れて調べようとした瞬間、その死体から煙が溢れ出して周囲の景色を覆い隠した。


 そしてそれと同時に私の周りから何だか悲鳴のような声が聞こえてきた。いえ、ような、じゃなくてこれは本当に悲鳴だわ。


「な、何!? 何なのよ! 誰か何が起きてるのか説明なさい!」


 突然の煙に悲鳴。何が起きているのかわけがわからず、私は馬上から周囲を見回すけれど相変わらず存在している煙のせいで何もわからない。


 この煙はなに? さっきの悲鳴は何っ!? 一体何が起きてるっていうのよ!


 こんな煙なんて出すような魔物はこの辺りには存在しない。いくら異常種と言っても、異常種は元々その地にいた魔物の突然変異した結果だから、その魔物達から大きく外れた変化はないはず。

 だというのにこんな煙なんてものが使われている。本当にわけがわからない。


「きゃあああっ!」


 そうして何をすればいいのかわからずに辺りを見回して、でもそのままじゃいけないと思って馬を進めようとしたそのとき、突然私の乗っていた馬が嘶いて上半身を持ち上げ、私を振り落とした。


 なんで、と思って馬を見るけど、私を落とした後は煙の中に突っ込んでいったせいでもう姿が見えなくなってしまった。


 周囲の様子が何も見えない煙の中で一人残され呆然としていると、地面についた手に何かが触れる感触があった。


「これ……ひっ」


 ぬるっとした感触を感じ、その先へと視線を向けると、そこには私を守っていたはずの騎士が血を流して倒れていた。


 私は地面に座り込みながら後退りしてしまったのだけれど、今度は背中に何かがぶつかるような衝撃があった。

 この辺りにはそんな何かぶつかるようなものなんてなかったと思ったけれど……。

 そう思って背後に顔を向けると、そこには私を見下ろしながらニヤニヤと下卑た笑いを浮かべる男達がいた。

 その様子はどう見ても友好的ではない。


「あ、あんた達なんなのよ!」


 思わず叫んでしまったけれど、私はこの顔を見たことがある。

 あのムカつくあいつに出会うことになったあの日。あの日に起こったもう一つの出来事——つまりは盗賊。そいつらと同じ顔をしている。

 ということはこいつらは——


「何なのって、んなもん人攫いに決まってんだろうが。この状況でわかんねえのかあ?」


「き、騎士たちは! それに兵士達! あいつらはどうしたのよ!」


 騎士がどうなったかなんてわかってる。さっき一人はすでにやられているのを見たんだから。だったら声の聞こえなくなった他の騎士達だってやられてるに決まってる。それに、兵士達? そんなのとっくに死んでる。死んでないわけがない。だってさっき見たんだから。だからこの場所まで来たんだもの。

 倒れているのを見たのは五人程度だけれど、馬車のところまで一人も帰ってこなかったことを考えると全員やられていると考えるのが当たり前で……


「騎士たちねぇ。へへ……あの程度の数じゃ連携を崩しちまえば楽勝なんだよ」

「連日バカみてえに狩りをしてる奴らなんて特にな。疲労が溜まってるに決まってるし、どうせ今日もいつも通り終わると思って油断してただろ?」

「こうも楽にいくと狩場を移した甲斐があったってもんだな」

「後は別働隊と合流するだけだな」

「へへっ。こんだけの大物を捕まえたんだ。今回の勝負は俺たちの勝ちだろ」


 段々と煙が晴れていき次第に私の周りにいる者達の姿が見えるようになってきた。

 けど、そこには考えていたように騎士の姿も兵士たちの姿もなく、ただ私のことを物のように見下ろしている男達がいるだけだった。


「わ、私に何かしたらお父様が黙ってないんだから! 今ならまだ許してあげる。だからこの私を解放しなさい!」

「あーはいはい。お父様お父様っと。すごいねー。助けてくれねえけどな」


 この後の展開が予想できて、それが怖くて私はお父様の名前を出した。けど、こいつらにとってはお父様の名前なんてどうでもよくて、ただ笑っているだけ。


「で、こうして捕まえたわけだが、身代金狙いでいいのか?」

「そう言やそのへん話してなかったな。いいんじゃねえの?」


 身代金ということは、私は殺されない。それは最悪を避けられるということで、身代金を受け取って私を解放することになったらその時は覚悟していなさい。私さえ助かればお父様がお前達なんてすぐに殺してやるんだから。


 けど、違った。


「……いや、いつも通りカラカスいくぞ。あっちの方が売り方次第じゃ高く売れるし、何より足がつかねえ。調子に乗って侮った結果、万が一にでも罠に嵌められたらおしまいだ」

「罠あ? んなもんやっか? こっちにゃ人質がいんだぜ?」

「確かこいつは次女だろ? 上に兄と姉がいるんだ。領主としては俺たちを殺すために娘を切り捨てる可能性だって無いわけじゃない」


 その言葉を聞いて私は目を見開いた。だってそうでしょう? お父様が私を見捨てる? ……ありえない。そんなこと、あるはずがない。


 ……けど、もしかしたら、本当にもしかしたら、〝そう〟なるんじゃないの? 


 違う。そんなことあるはずがない! 助けはくる! お父様なら私を見捨てずに助けてくれる!


「お、お父様がそんなことするはずがないわ!」


 そう叫んでみたけど、一度そんな考えが浮かんでしまえばもうそれを完全に否定することなんてできない。

 実際、お父様はお姉さまやお兄さまに比べて私のことを構ってはくれなかった。それは、私のことがどうでもいいからじゃないの?

 どうでもいいから私が正しくても怒るし、私のやることを否定する。

 私はいらない子じゃないのか。その考えを、私は否定できなかった。


 けれど今の私は叫ぶことしかできない。


「へぇ? まあしないならしないで結構。どのみちお前は身代金じゃなくて売ることに決めたんだからどっちにしても意味ねえよ」


 どうして、こんなことに……


 いえ、まだよ。まだ終わってない。まだ終わってたまるものかっ! こんな奴らなんて、私の魔法で燃やしてしまえば、それで全部おしまいなんだから!


「《炎よ集——》」

「おっと。うざってえことしてんなよ」

「ごえっ——」


 けど、そうして魔法を唱えようとしたけれど、お腹を乱暴に蹴られたことで私詠唱を途切れさせてしまい、集めた魔力も霧散してしまった。


「暴れられても面倒なんでな。とりあえず寝とけ」


 そう言いながら男の一人が私の口に何か液体を飲ませた。吐き出そうとしてもすでに飲んでしまったもの吐き出すことなんてできず、喉に手を当てて掻きむしることしかできなかった。


 でも、そんなことをしても意味なんてなかった。

 何かを飲まされた後、徐々に視界がぼやけ、瞼が重くなっていく。


 おとうさま……たすけ——


 そこで私の意識は真っ黒な世界へと落ちていった。

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