第80話決闘の始まり

 

「ふんっ! どうやら逃げずにきたようだな」


 エディやカイル達の視線を背中に感じながら舞台の上に上がると、ジャックが見下すような視線とともに声をかけてきた。


 が、俺はその言葉には答えないでもっと違うことに反応することにした。


「あれ? ダイエットでもしたのか? この前よりも腹の肉が減ってるような気がするんだけど?」


 もっと違う、言葉の応酬でも望んでいたんだろうな。惚けたような俺の言葉を聞いてジャックはぽかんとわけがわからなそうに数回ほど目を瞬かせていた。

 そんな様子がおかしくてつい小さく笑いを漏らすと、それをきっかけとしたのかジャックはだんだんと表情を変化させていき、顔を赤くしてぷるぷると震えながら俺のことを睨みつけてきた。


「き、さまっ! とことんまで俺を愚弄するか! 身の程を弁えろ、出来損ないの『農家』風情が!」


 今にも俺に殴りかかってきそうなジャックだが、俺はそんなジャックの反応を無視して会場を見回す。


 やっぱりと言うべきか、場所が場所だけに、そして相手が相手だけに観客はたくさん入っている。その半分以上が顔を隠していたりフードをかぶっていたりと素性を隠しているが、まあそれはご愛嬌だろう。だってこの街だし。いろんな場所から人を集めるってんなら、会いたくないやつと会う可能性があるかもしれないんだから、素性を隠すのは当然だろう。


 周りを確認し終えた俺は視線を正面に戻すが、そこには先ほどよりも数歩分近づいているジャックの姿があった。多分俺に殴るか何かしようとして歩き出したけど、それを抑えたんだろうな。


 怒りっぽいのは相変わらずだけどよくそれを抑えられたなー、なんて感心しながらジャックを見る。


 今の俺は心には慢心があるってのは自覚している。けど、油断はしていない。

 だって第二位階に上がったってことは上がるまでスキルを使ったってことで、こいつは最低でも十万回は槍を振るったってことだ。

 腹は出てるし脂ぎった見た目だが、まるっきり贅肉ってわけでもないと思う。力士的な感じのあれだ。太ってるけど、それは筋肉の塊だっていうあれ。いやあいつの場合は贅肉も多分についてると思うけど。


 そして、俺たちが舞台の上で向かい合っていると、突然会場に響くようにどこからか音が鳴り、それに続くように人の声が聞こえてきた。

 簡単に言えば拡声器だな。地球にあった機械的なものとは違うが、効果的なもので言えば同じようなものだ。

 そして拡声器から聞こえてくる声の主はと言ったら、当然ながら今回の主催者である中央区のボス——オグルだ。


『私は中央区の支配をしている王、オグル・ロードだ。今日は我が息子の決闘を行うわけだが、対戦相手は東のボスであるヴォルクの息子だ。彼は『農家』という恵まれない天職であるにも関わらず今回の決闘を受けた勇敢な少年だ。皆、彼がどのようにして足掻くのか楽しんで観るといい』


 人の天職をバラすとか、マナー違反甚だしいな。それに、どう聞いてもこっちを侮ってる口ぶりだよな。別にあいつらからなんと思われようが構わないんだけどさ。

 でも、やっぱり親子なんだろうなぁ。声を聞いただけで似てるってのがすっごくよくわかるような話し様だ。


 けど、あれだな。わかっていたこととはいえ、俺の天職が『農家』だってバレた途端に観客たちがなんか色めきたったな。まあ、ボスの息子が不遇職だってことで舐められてんだろう。

 多分この勝負が終わっても絡まれることになるだろうけど、その時は加減しないで処理しないとだな。舐められ続けてると面倒なことになるし。


 今回の決闘そのものも面倒だが、その後のことを考えるとため息しか出てこない。


『それから、今回の決闘は公平を期すために武器の使用に制限をかける。具体的にはこちらで用意した刃引きした武器を使ってもらう。その中のものであれば好きに使って構わないが、自前の武器の使用は禁止だ。仮にも東のボスの息子なのでな。死んでもらっては敵わんのだよ。だが、それ以外にルールはないのでな。あたりどころが悪ければしんでしまうかもしれないが、その場合は事故として処理させてもらうが、その時は恨むでないぞ?』

『どうぞご自由に。正直なところそいつじゃ勝てねえと思ってっから、まあ殺されないように適当なところで切り上げろよ、って感じなんだわ。そいつを殺したら殺したで、そん時はそん時だ』

『はははっ。流石は『黒剣』ヴォルク。自身の子であっても厳しいものだな。いや、義理の子であったか』


 親父ぃ……もうちょっと心配してくれてもいいんじゃねえのか? なんかぼりぼりと食べてる音が聞こえてきたきた気がするんだけど、多分気のせいじゃないよな?


「くくくっ。貴様、父親に見捨てられたようだな」

「うちは放任主義なのさ」


 実際のところは放任どころかだいぶ過保護だけどな。

 ってか今の言葉、俺じゃなくてこいつに対しての言葉だろ。だって、『死んだら死んだで』、ではなく『殺したら』って言ってたし。俺に言ったんだとしたら文がおかしい。


 つまり今の親父の言葉は、殺さない程度にボコしておけよ、って俺に対するメッセージだと思う。

 しかし、言われなくてもそのつもりだ。今まで散々苛立たされ他んだから、この機会にストレス発散するつもりである。


 そんなことを考えていると、数人の男たちが両手に何か何かを抱えながら舞台の上に上がってきたのが見えた。近づいたのでよく見てみると、どうやら男たちの持ってきたものというのは武器らしい。きっとあれはさっきオグルの言っていた刃引きした武器なんだろう。

 だが、ちょっとおかしい点が一つ。数人の男たちが両手に抱えるほどの武器を持っているにも関わらず、そのうちの一人だけがなぜか槍を一本持っているだけなのだ。

 槍といえばジャックの天職が関係してるんだと思うが、どうにもな……。


 俺が訝しんでいる間にも男たちはまず初めにジャックの方へと向かったが、そのうちの一人が一本の槍を差し出した。

 まあやっぱりな、って感じだが、どうやら相手は初めっから使う武器を決めていたようだ。

 多分だが、あの武器には何か仕掛けがあるんじゃないかと思う。だって武器の山の中から選べばいいのに、わざわざ一本だけ別にしてあるってどう考えてもおかしいだろ。


「ジャック様、どうぞ」

「ふんっ」


 ジャックは差し出された槍を手に取ると、その槍の様子を確認することもなく俺に向かって笑みを浮かべた。まあ、笑みって言っても嘲りの類だけど。そもそもこいつに笑いかけられても困る。だってそんなことされてもキモイだけだもん。


「どうぞ」


 そう言って今度は俺の方へと寄ってきた男たちがいくつもの武器が差し出してきたが、それらを持ってきた男達はどうにも俺のことを舐めたような視線を向けている。


 が、すでにその理由はわかっている。こいつらも『農家』が『槍士』と戦うってことで馬鹿にしてんだろう。


 そんな視線を無視して俺は普段使っている片手持ちの剣と予備武器の短剣2本に手を伸ばしたのだが、実際に手に取ってみるとなんとなく違和感があった。

 なにが、とは言えなかったのだが、試しに短剣同士を何度かぶつけてみると、音の響きが均一ではない。


 俺は全てを順番に手に取って一つ一つ確認していくが、その中で片手持ちの剣と短剣だけが脆い作りになっていた。

 多分これ、俺が普段使う武器を調べてそれだけを脆くしたんだろうな。

 なにが公平だよ。公平な勝負をする気なんて最初からないくせに。


 けど、そっちがその気なら俺にもやりようはある。


「あ……」


 刃引きした武器を持ってきた奴らがなんか言おうとしたのか知らないけど声が聞こえたが俺はそれを無視して全ての武器を奪い取るかのようにして受け取った。


「下がれ」


 俺は全ての武器を受け取るとそれを足元に置いて、武器を持ってきた奴らに向かってそう命じたのだが、俺の意図が通じないのかお互いに顔を見合わせているだけで下がろうとしない。


「下がれって言ったろ」


 そう言って武器を持ってきた男達を睨みつけると、困惑した様子でありながらもまだ俺のことを舐めた態度で舞台から降りていった。


「なんのつもりだ、貴様」


 足元にいくつもの武器を置いた俺を見てジャックは訳が眉を寄せて……いるんだろうけど顔に贅肉がつきすぎて変化がよくわからないな。でもまあ、多分わからなそうな顔をしながら俺に問いかけてきた。


「なんのつもりって、戦うつもりだけど? 武器はお前らが用意したものを使えば制限はないんだったよな?」


 しかし、そう。これが俺の武器だ。この勝負は相手の用意した武器を使えってこと以外には制限はない。なら、用意された武器全部を使っても問題ないってことだ。

 剣がまともならこんなことをしなくてもよかったんだが、あいにくと何か仕掛けてるみたいだし真っ当に真っ当に勝負に乗る必要なんてないよな?


「ふ、ふざけるな!」

「ふざけてなんてねえさ。それとも何か? 俺だけこんなに武器を持ってたら勝てねえとでも言うつもりかよ。なら仕方ないから一つだけ武器を選んでやってもいいぞ? まあ、お前が頭を下げたらだけどな。『勝てないんでハンデをください』ってな」


 絶対にそんなことしないだろうなぁ、と思いながら、見下すかのような視線をしながら嘲笑う。


「ハ、ハンデだとお!? 貴様、俺をこけにするのも大概にしろ! どうせ武器なんていくらあったところで貴様は『農家』! 使いこなすことなど出来はしないんだからなにも変わりはしない癖に、調子に乗るなああああああ!」

「なら、このまま始めるってことでいいのか? 本当に?」

「黙れ! おい貴様。さっさと構えろ!」


 挑発して成功し、ジャックは怒髪天って感じなんだが、それでもまだいきなり襲いかかってこないだけの理性はあるようだ。これは思ったよりも冷静だな。めんどくさい。


「それじゃあ、俺はこの槍を使わせてもらおうかな」


 俺はため息を吐くとそう言いながら足元に落ちていた武器の中から槍を一本手に取った。


「や、槍だと? 『槍士』である俺に向かって、お前が、槍?」

「そうそう。『槍士』を相手に素人が槍を使う。多分これでちょうど良くなると思うんだよ。セルフハンデってやつだ」

「ふっ、ざけるなあああああ!」


 そう言うと流石に我慢の限界だったようで、開始の合図もないのに突然叫びながら走り出してきた。


「《突進》!」


 槍士の第二スキル、《突進》。これは簡単に言えば高速移動技だ。一時的に身体能力——主に脚力を強化して前方に突っ込んでいく技。ランスチャージ的な技を使うためのものだ。

 このスキルは位階が上がるごとに強化率が上がって速く、強く走れるようになるらしいが、ジャックは第二位階に上がったばかりみたいだし強化率は最低限だけだ。

 しかも、使いこなせるならどの方向にも移動することができるらしいし、脚力の強化ってことで蹴りにも応用できるらしいが、ジャックは基本の前方にダッシュするときにしか強化をかけることができないらしい。

 一応前方だけって欠点のある分、他の天職が同じ位階で覚える強化スキルより強化率が高いらしいが、前にしか突っ込めないんだったら対策なんていくらでもある。


 現に俺は既に対策を施しているし、ジャックは——


「はあああああああ——ぐえあああ!?」


 俺の対策にかかって見事に転んだ。


 なにをしたかって? そんなの簡単だ。なにもしていない。


 まあ本当の意味でなにもしていないってわけじゃないんだけど、こいつを転ばせるために今何かをしたのかっていうと、『なにもしていない』なんだよ。


 俺がやったことと言ったら、この勝負が始まる前に受け取った武器。それらを俺の足元に置いただけ。

 剣に槍に斧に弓その他もろもろ……そんだけの武器が足元に転がっていて、そこに突っ込んでいった。それだけのことだ。


 身体強化ってのは、単純な効果の割に結構制御が面倒らしい。まあ通常時と違う力のバランスになるんだから、力加減や調整を間違えるとまともに戦うなんてできないだろうとは思う。それくらい繊細な技なんだそうだ。俺は使えないからわからないけど。

 で、そんな繊細さの求められる作業中に何かを踏んでしまったら?

 その結果どうなるかってのは、まあ考えるまでもないよな?


 ジャックは俺の挑発に乗って考えなしに突っ込んできた。だから足元の武器に躓いて転んだ。それだけの話だ。


 槍を持ちながらも構えは既に解けており、走った勢いのまま俺の方に突っ込んできた小豚のジャック。

 俺は転んで顔面を前に突き出してきたジャックのその顔面に向かって蹴りを叩き込む。


「ぷぎゅっ!」


 こんなことやりたくないんだけど、仕方ない。これも勝負なんだ。だから、ああ。仕方ないんだ。


 蹴りをくらったジャックは勢いよく頭を後ろに吹き飛ばされながらも、体は転んだ勢いのまま前に進んでいた。そのせいでなんか面白い具合に回転した。横にスピンする回転じゃなくて、こう、縦にくるんって感じ。体操の後方伸身宙返り(早送り版)みたいな? 人間ってこんなふうに回るんだ、なんて思わず感心したくらいには綺麗に回った。ちょっとすごい。


「ぐべっ」


 顔面から着地しそうになったところだが、腹にあった脂肪のおかげで腹から先に着地することができたようだ。


『き、貴様! 卑怯だぞ!』


 倒れたジャックを見ていると、そんな声が拡声器から響いてきた。

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