第79話決闘のお手紙

 

「——バカ息子。おめえに手紙が届いてんぞ」


 新しいスキルを覚えてからしばらくしたある日。親父がそんなことを言いながら朝食の席で俺に何か紙らしきものを見せてきた。まあ何かっていうか手紙なんだろうけど。


 だが、手紙が来たと言っても疑問しかない。


「は? 俺に手紙って、誰だ? 送ってくるようなやつなんていねえだろ」

「手紙を送ってくる相手もいねえとか、寂しい人生だな」

「うっせえよ。そもそもこの辺りに手紙なんてもんを書くようなやついねえだろうが」

「いや、意外といるぞ」

「え……?」

「そもそも連絡できねえと指示もなんもできねえしな」


 そういやこの世界は神の欠片の影響で識字率100%だった。学がない奴らでも全員読み書きはできるんだから、必要なら手紙くらい出すか。


「ちなみに俺も文通くらいなら何人かとしてるぞ。余所の情報ってのは大事だしな」

「……いいからよこせ」


 こんな親父でもまともに文通をする相手がいることに驚き、同時に俺には文通をする相手どころかまともに知り合いと呼べるものがほとんどいないという事実に愕然とした。

 俺は親父のようにいろんなところを旅したってわけでもないし、そもそもこの街からほとんど出たことがないんだから仕方がないと言えば仕方がないことなんだが、それでもなんとなく負けた気がしてならな。勝ち負けなんてないんだけれども、なんかな。


「ほらよ」


 そんな少しばかり不貞腐れた俺の様子に気がついているようで、親父はククっと軽く笑いながら俺に向かって手紙を弾いた。

 弾かれた手紙はただの紙だってのにしっかりと俺の前まで飛んできてテーブルの上に落ちた。


「ったく、誰だよ……オグル・ロード? まじで誰だ?」


 それを手に取って差出人を見てみたのだが、誰だかわからない。オグルなんて名前のやつには会ったことがないはずだ。

 ただ、どっかで聞き覚えのあるような名前でもあるんだよな。


「ロードっつったら、ほれ。あっちで威張り散らしてる馬鹿どもの名前だ」

「あっち? 西……いや、中央か。ああ、思い出した。そういえばそんな名前だったっけ」


 親父がフォークを西に向けながら言ったことで、俺はどこかで聞き覚えのある名前の人物の正体を思い出した。


「ロードなんてカッコつけた名前を名乗りやがって、って感じだよな。名前が見た目と功績に釣り合ってねえのなんの。完全に名前負けしてらあな」


 親父はそう言いながら笑っているが、それには俺も同意だ。自分からロードなんて名乗るようなやつってどうなのと思うし、少なくとも俺は名乗りたくない。


 しかしそれはともかくとして、なんでそんな相手が手紙を出してきたのか甚だ疑問だ。それも親父のところにではなく俺のところにってのが尚更不思議で仕方がない。


「なんでそんなのから俺に手紙が?」

「そりゃあ開けて読めよ。ま、内容は多分俺んところに来たのと同じようなもんだろうけどよ」


 親父に言われた通り封を開けて中の手紙を読んでみたのだが……


「決闘の申し出?」


 そう。そこにはそんなことが書かれていた。


「やっぱそっちもか。ああ、俺んところにも来たんだがな。お互いの息子同士で勝負させようぜってことらしい」

「なんでまたそんなことを……」

「まー、あれだろうな。俺らに勝てなくてイラついてんだろ。ボス同士で戦うわけにゃいかねえしな。いや俺は構わねえんだけどよお、それでも。だがまあ、挑んじゃこねえだろうなあ」

「だろうな。何が悲しくて自分から屠殺されに来るんだよ」

「ぶっ! 屠殺……よりによって屠殺ときたかよ、ククッ……。だがまあ、そうだな。その通りだ。あいつは絶対に俺との直接勝負はしねえし、俺が出張ってくるような状況も作らねえ。負けることがわかってっからな」


 まあ、仮にボス同士が戦ってこの街の支配権を手に入れるとかだったら、親父が勝つだろうな。なんなら他の四人をまとめて相手にしても勝てるんじゃないかとさえ思ってる。

 それほどまでに親父は馬鹿げた強さを持ってる。

 まあ、俺は他の五帝達がどんな天職でそんな戦い方をするのか知らないからなんとも言えないんだが、それでもやっぱり親父が勝つと思うんだよな。


「それで息子同士の戦いにしたのか。俺が『農家』だってのは他のボスたちにはバレてるわけだし、あそこの子豚は確か……槍だったか? 『農家』と『槍士』の勝負となっちゃどっちが有利なのかは明白だからな」

「加えて言えば、向こうのガキはこの間第二位階に上がったらしいぞ。それもあって強気になってんだろうな」

「第二位階? ……遅くね?」

「おめえが早えんだよ、バカやろう」


 あの小豚ちゃんは確か俺の2こ上だったっけ? それで第二位階ってどうなんだ? しかもそれで強きになるって……俺はもう第四位階までレベルアップしてるぞ?

 まあ俺は俺が普通だとは思わないけど、それでも第二位階で威張っていいのか、とは思う。


「あっちの子豚は確かいま十五だろ? それで第二位階なら、そこそこやるな、って認めてやってもいいような状況だ」

「俺の第四位階の評価は?」

「頭おかしいんじゃねえの?」


 親から子供に向けるにはひどい評価だと思うが、間違っていないなとも思う。実際俺と同じことしてる奴がいたら頭おかしいと思うし。


「ま、そんなわけで決闘を申し込んできたわけだ——どうする?」

「どうするって、受けんのか?」

「受ける必要があるかねえかでいやあ、ねえんだがな。あると言やあある」

「どっちだよ」

「さっき知らせが来たんだがな、あいつら、もう喧伝してるらしいぞ。自分の息子がお前に決闘を申し込んだってな」

「あー、めんどくせえやつだな」

「俺としちゃあ受けてもらえりゃあ楽だが、別に受けなくても構わねえ。おめえの好きにしろ」


 親父はなんでもないかのようにそんなことを言っているが、もう向こうが広めてしまった以上俺がここで断ると、逃げたとか臆したとか言われることになる。

 でもそれは俺が逃げたのであって親父には関係ないのだが、周りはそうは思わない。

 俺が決闘に乗らなかったら親父のボスとしての求心力とか統治力とか、まあそういうのに影響が出てくるだろう。


「いいよ、わかった。決闘してやるって返事しといてくれ」

「まじでいいのかよ? めんどくせえことはきれぇなんじゃなかったのか?」

「まあ嫌いだが、見て見ぬ振りもできないだろ」


 親父は俺が決闘を受けることにしたのがよほど意外だったのか、訝しげな目でこっちを見ている。

 が、親父への影響云々を抜きにしても元々決闘相手——あの小豚のジャックのことは気に入らなかったんだ。向こうから申し込んできたんだったらボコすのにちょうどいいだろう。


「それに、一度は叩き潰した方がいいと思わないか?」

「はっ。叩き潰される側にならねえといいけどな。けどわーったよ。そういうことなら返事はこっちでしとくわ」


 そんなわけで俺の人生初の決闘が行なわれることとなった。

 さて、それじゃあうちの中から槍士を探して訓練でもするかな。


 ああでも、今回の決闘だけど縛りでも設けようかな。具体的になにを縛るかって言ったら、『農家』縛りだ。

 だって今の段階ではまだ『強い』とは言い切れないし、ぶっちゃけ俺の戦い方って初見殺し的な面があると思うんだよ。

 小豚相手なら余裕で勝てると思うけど、決闘ってなると他のボス達も見にくるかもしれないし、できるだけ俺のスキルについては秘密にしておきたい。


 それに、天職スキルを使わない舐めプで負けたら、あいつは悔しいはずだろ?


 ──◆◇◆◇──


 そんなわけで親父が返事を出すとスムーズに話は進んでいき、俺たちの決闘の予定が組まれていった。


 そして今日。約束の日となり俺はエディとジート、それからカイルとベルを伴って中央区にある会場へとやってきていた。ここは敵陣だけど、元々の由来としては緩衝地帯だからな。こういうイベントをするにはここがちょうどいいってのは確かだ。予想通りしっかりと他の地区のボス達も呼んだみたいだしな。


 カイル達は連れてきたけど、ソフィアは『農家』と『従者』という、どちらも非戦闘職なのでおいてきた。戦闘訓練も受けて入るけどまだまだ敵陣に乗り込むには危ういしな。天職は『従者』だけど副職に『暗殺者』を持ってるベルとは違う。


 場所は中央区にある闘技場。普段はここで奴隷やら魔物やらを使って賭け試合を行ってるらしいが、今日は俺が賭けの対象ってわけだ。


 見渡すと階段状になった客席にはそれなりの数の人が集まっているが、見事にまあ全員まともじゃなさそうな奴らばっかりだ。場所が場所だし当然かもだけどな。


 因みに、親父も来ているが、他のボスと一緒に観戦することになっているようで側にはいない。


「ヴェスナー、大丈夫か? 本当に決闘なんてすんのかよ?」

「大丈夫っすよ。坊ちゃんならジートが心配するまでもなく余裕で勝てるっすから。……ま、無駄に制限をかけなければ、の話っすけど」


 ジートが心配し、エディがそれを抑えているが、どっちの表情も俺のことを心配しているのが見てとれた。


「できるだけスキルは使いたくないからなぁ。一応あれ奥の手っていうか、秘匿技的なやつだし」

「じゃあスキルなしで戦うのか?」

「相手は戦闘職なのですよね? ……大丈夫なのでしょうか?」


 カイルとベルも心配そうに声をかけてきたが、まあそうは言っても播種くらいは使ってもバレなさそうだから使うかもしれないし、潅水は見た感じは普通だし使うかもしれない。水魔法って言えば誤魔化せるかもしれないからな。


 けど、やっぱり俺は農家スキルを使わないだろう。だって使いたくないから。


「まあ、平気だろ」


 舞台の上にいるジャックを見てみると、なんか知らないけど金属鎧を着ている。俺は冒険者をやるときに使う胸当てとか膝当てとかそんなのだ。

 決闘なわけだし装備の違いはあるかもしれないが、あれはなんつーかあからさま過ぎねえか? いやあいつがそれでいいならいいけどさ。


 一応今日に合わせて仲間の中にいた『槍士』に稽古をつけてもらったし、第一と第二のスキルも確認したので対処もできる。

 もし想定以上にやばい相手だったとしても、最悪の場合は俺の位階やスキルの使い方がバレるってだけで、負けることはない。


 流石に全身に一万発の種を受ければ動けないだろ。それで動いたらガトリングみたいにピチュピチュと撃ちまくって時間稼ぎすればいい。多分そのうち倒れるから。


 ってか、そもそもの話としてだ、俺は天職の位階が四になっている。天職ってのはスキルが一番重要だが、おまけ特典として天職の位階が上がると身体能力も上がる。強化倍率としては微々たるもんだが強化されてるのは確かだし、第二位階よりは強化の度合いが強いのも確かなのだ。


 そういう理由もあって俺はまず負けないだろうと思っている。

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