第67話『普通』の街

「やっと着いたな」

「ですね。この後に検問があるんで、普通の街だったら検問待ちの列があるもんなんですけど……まあここはないですねぇ」

「なんでだ? ここなんてあの街の隣なんだから密輸とか警戒してそうな気がして検問に時間かかりそうなもんだと思うんだが?」

「逆ですぜ。時間で言えば確かにかかるでしょうけど、忘れちゃいやせんか? そもそもあの街から他所を通ってここまで来るようなやつがどれほどいると思ってんです? 何も門はここだけってわけじゃなくて各方面にあるわけですし、わざわざこっちまで来やしませんぜ」

「あー、つまり確認する人数が少ない」

「その通り。ま、その分一人当たりにかかる手間が多い感じですけどね」


 あの街から来る奴らは危険度で言えば高いから検査に手を抜くことはできないが、そもそもあの街からこの街にやってくる人数自体が少ないから時間はそんなにかからないってわけだ。


 本来ならあの街は国境付近の街だから人の往来があるはずだろうし、そもそもそれを想定してあんな場所に街を作ったんだろう。交易の拠点にもなるし、有事の際に兵を集める防衛拠点にもなる。

 けど……完全に乗っ取られてるんだよなぁ。


「っと、そろそろそっちの二人を起こした方がいいんじゃねえですかい?」

「ああ、そうだな」


 俺は寝ていたカイルとベルの体を揺すって起きるように促すと、二人はビクッと体を跳ねさせて起きた。

 そのことを笑うと二人は少し恥ずかしそうに顔を逸らしたが、その様子が似ていて兄妹なんだなと改めて思った。


「ここが街か」


 そんなわけで街にたどり着いた俺たちは検査のために兵の詰所に案内され、そこでやけにしっかりして時間のとられる検問を受けてから街に入ることができた。


 日本の街並みと比べると決して綺麗とは言えない街並みだが、それでも〝いかにも〟な建物が並んでいるのを見て、自身の中のワクワク感が高まっていったのがわかった。


「……やばい。なんか感動しそう」

「そうですか? 普通の街だと思いやすが……」


 俺の反応に対してエミールは不思議そうにしているが、〝あの街〟で育ってきた奴にとっては感動もんなんだよ。


「その『普通』ってのが重要なんだよ。あの街は普通って言えるか?」

「あー……言えねえですわな」

「ほら、カイルたちを見てみろ。驚きすぎて固まってるぞ」


 俺はカイル達を指差してエミールに言ったのだが、指の先ではカイルとベルが街を見回しているために首は動いているものの口は間抜けに開いているし、目も驚いたようにパチパチと何度も瞬きしている。時折首をかしげたりもしているな。

 二人の様子はまるで田舎から出てきたお上りさんって感じだ。多分それは俺もそうだろうが、俺たちと一般のやつでは驚く内容が違うと思う。俺は転生者だし、カイルとベルはあんなところで育ったわけだからな。


「カイル、ベル。初めての他の街に来た感想は?」


 俺はそんな二人の名前を呼んでから、あの街で育ち、初めて他の街に出て来た者の感想を聞いてみることにした。


「……なんか、すげえな。あんなに隙だらけで露店やるとか、頭は平気かあのおっさん」

「悲鳴が聞こえないです……」


 基準や驚くポイントがおかしい気がするが、その反応は多分あの街出身のやつからすると一般的な反応なんだろうな。だってあそこの街、油断してれば速攻で金をスられるし、五分に一回はどっかしらから叫び声っぽいものが聞こえるもん。


「これがあの街で育った奴の反応だ」


 二人の反応を確認した俺は肩をすくめるようにしてエミールに振り返るが、エミールは苦笑していた。


「でも、坊っちゃんはそれほどでもないんですね」

「まあ、俺はあれが異常だってのがわかってたからな。あれが『普通』だとは思っちゃいないよ」

「……なるほど。まあ普段からそれなりに勉強はしてやしたから、そのせいですかね」

「だろうな」


 本当は前世からの常識があるからなんだが、今更ながらどう考えたってあの街はおかしいよ。俺の立場的なことを考えるとあそこに逃げ込むのが最善だってのは理解できるんだけど、よくあそこで子供を育てようとか思ったよな、親父達。


「とりあえず冒険者ギルドに行くか」

「「はい!」」

「ちょいとお待ちを」


 二人の様子も含めて考えると街の観光をしてもいいんじゃないかと思ったんだが、一応今日の目的は冒険者として登録してちょろっと活動することなので、先に登録だけでも済ませてしまおうと思ったのだが、そこでエミールから待ったが入った。なんだろう?


「冒険者ギルドに行くのもいいんですけど、宿はどうしやすか?」

「宿?」

「ええ。仮に今日これから登録してして何がしかの依頼をこなしたとしてそのまま街に帰るってのは、まあ無理ってもんでさ」

「あー、言われてみればそうか。順調にいけば一日で終わるかもしれないけど、どうしたって帰るのは夜になるだろうしな」


 朝早く出てきたとはいえ、移動におよそ四時間程度かかった。

 依頼にどれだけ時間がかかるかわからないが、多分一時間や二時間で終わるようなもんでもないだろう。

 そもそも登録したり、色々確認したりするのにも時間がかかるはずだし、それら全てを終わらせてから帰るとなるとどうしたって暗くなってしまう。


 街の外を夜移動するのは推奨されていないし、あの街に戻るんだったら尚更夜に向かうってのはやめたほうがいいだろう。

 そうなるとどこかに泊まらないといけなくなるわけだ。


「ええ、どうしたって時間はかかるもんですわ。なもんで、先に宿を取って拠点の確保が新しい街に着いた際の最初の行動になりやす」

「なるほどな。じゃあどこがいいのかって話になるわけだけど……」


 どこかに宿がないだろうかって思って探してみるが、あたりを見回すとなんかそれっぽいのがいっぱいある気がする。

 ここはあの街のある方面だからそんなに人気がないんじゃないかと思ったんだが、思ったよりもあるな。


 でも、なんか個人経営の宿というか、言っちゃえばしょぼいのが多いな。一般家庭を改造したようなそんなのばかり。

 こんなもんだって言われたらそれまでなんだけど、まじでこんなもんなのか?


「なんかしょぼい感じの宿しかないな」

「まあそりゃあ仕方ねえんじゃねえですか? この辺りは元々宿屋が多く並ぶはずだったんですが、今は宿屋の多くは別の通りに場所を移しちまってやすから」

「なんでだ?」

「場所の問題ってやつですよ。あの街が交易拠点として発展したならこの辺にあった宿は儲かったんでしょうけど、今じゃあのザマ。もっと人通りの多い場所に移したってわけでさあ。この辺にまだ残ってる宿は、当時の名残みてえなもんじゃねえかと」

「あー、まあ人の通りが減って危険が増えたんだったら場所を移すか」

「この辺に残ってんのは、状況を見極め損ねて移動するだけの金がなかったからじゃねえですかね?」


 状況を見極め損ねる、か。あの街があんな無法者の街になったのは今からおよそ三十年くらい前って話だったか? 多分当時は色々と戦力が送り込まれたんだろうが、そいつらがどうにかしてくれるとか思ってたんだろうな。

 結果としては送り込んだ戦力は返り討ちにあったんだが、そのうちどうにかなる、みたいに考えて宿の場所を移さなかった結果、交易の拠点だったはずの街は犯罪者たちに乗っ取られ、無法者の町に早変わりしたせいで人が来なくなった、と。そんな感じだろ。


「で、それはいいとして、宿はどういう基準で決めるべきなんだ?」

「まず宿にはいくつかランクがあるってことを理解して下せえ」

「ランクね……。高くていい場所とか安いけど設備がクソな場所とかって話か?」

「そうです。値段、安全性、客層、信用度、サービス。そう言った諸々を考慮して宿は決める必要があるんですわ」


 まあ、金がないのに高いところを選んだところで意味なんてないからな。自分たちの状況を考えて選ばないと選びようもないか。


「そう言った諸々を含めて、自分の見る目が確かなら自分で探してもいいんですが、不安があるならギルドに行けばそれなりの場所を教えてくれるはずです。少なくともハズレは引やせんね」

「結局冒険者ギルドに行くんじゃないか」


 だが、続いたエミールの言葉に俺はぴくりと反応し、問いかけた。

 さっきは冒険者ギルドに行こうとして止めたのに、ギルドに行った方がいいと言われてしまったからだ。


 そんな俺の問いかけに、エミールはどこか胡散臭い感じで肩を竦めてから答えた。


「ま、そうですが、知ってて行くのと知らずに行くのでは違うでしょう?」

「……まあ、そりゃあそうか。知らなければそもそも聞かないわけだしな」

「ご理解いただけて何よりですぜ」

「じゃあ改めてギルドに行くとするか」


 そんなわけで、俺たちはギルドに登録するついでに宿探しに向かうことにした。

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