第51話聖樹の種が欲しい

 

「そのー……わ、私たちもお聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」


 どうにかして聖樹に近寄れないかなー、とか、あわよくば聖樹の種が手に入らないかなー、なんて考えていると、レーレーネが躊躇いがちに問いかけてきたので、俺は一旦考えを中断して応えることにした。


「はい。なんでしょう?」

「あなたはどうしてリリアを助けてくださったのですか? やっぱり農家だからですか?」


 農家だからってどういう意味だ? リリアは農家ではないし……うーん、俺が農家の天職だからエルフに優しくしたのかって意味か?

 まあ聞くのが早いか。


「それは俺の天職が農家だから、植物に関係しているエルフに対して優しいのか、という意味ですか?」

「はい。……違うのですか?」

「違いますね。まあ人によりけり、ということです。確かにあの街にはエルフを金のための道具と見る輩は多くいます。街の七割くらいはそんなやつで構成されていると言ってもいいでしょう」

「七割……」


 レーレーネは街の七割もの人間がエルフのことをそんな目で見ているのかと聞いて、唖然としたように呟くが、残念なことにマジなのだ。

 そもそもエルフどころか人間だって金の道具としてみてる輩ばかりだし、女子供が不用心に歩いていれば簡単に拐われる。そしてそれを見ても誰も不思議に思わない。だってそういう街だから。


 むしろ七割ってのは昔に比べれば随分と少なくなった方である。十年以上前はほぼ十割が金のためなら何をしてもいいと思ってる要な奴らだったらしいからな。つまりはまあ、親父がやったわけだな。


 親父があの街にたどり着いて東区を支配するようになってっから街の状態が変わり、東区では割と安全に過ごせるようになったため、最底辺の犯罪者が七割という数まで減ったのだ。他の地区に行けば同じ街であってもほぼ別の街と思えるほどに環境が違う。まあ本来の姿で言えばそっちの方が正解なわけだが。


「けど、そう思っていない奴もいる、という話です。俺や俺の父親は、できることならエルフ達とは良き隣人として付き合っていければと考えています」


 正直、天職がこれだからこいつはこんな性格をしている、とは考えない方がいいと思っている。

 もちろんそういった才能とか素養があるのは確かだろうし、実際盗賊の天職もちが盗賊になる割合は結構高い。何せそんな『天職』を与えられてしまったんだから。


 だが、だからと言ってそれが全てではないはずだ。

 だってその理論でいくとうちの奴らはほぼ全員が犯罪者になるし、犯罪者を連想するような天職でないやつは犯罪をしないことになる。


 しかし実際はそうではない。どんな天職だって犯罪をなすやつはいるし、逆にどんな天職であっても真っ当に生きる奴もいる。

 天職だけでそいつを判断し、決めつけるのは良くない。というかかっこ悪いし、なんというか……品がない。


 少なくとも俺は個人の良し悪しを天職で決めてはならないと思ってる。まあ、それは俺が農家なんて不遇とされてる職についてるからかもしれないけどな。


「まあ、だからと言って人間全てを信じようとは思わない方がいいでしょうけれど。どれほど言い繕ったところで人間——特にあの街の人間は悪人ばかりですから」


 そうなんだよなぁ。天職が全てではないとは思うし、あの街にいる全員が純粋な悪人ではないとも思うが、実際問題としてあの街のほとんどは犯罪者で構成されている。

 そもそもあの街以外の場所だって珍しい種族ともなれば高値で取引されていることに目をつけて人攫いをする輩はいる。

 俺たちを見て信じられると思ったからといって、人間を信じていいわけではない。かく言う俺だって人間信じてないし。俺が信じてるのは自分とそれなりに近しい立場の仲間達だけだ。


 そう言うとレーレーネは机の上に出ていた拳を握り込み、考え込むように眉を寄せてから僅かに俯いた。


 こいつらは俺の言葉を聞いてどう考えるだろうか。どう動くだろうか。


 今までは脳みそお花畑なこいつらでも森に引きこもってればなんとかなったが、これからはそうはいかないと思う。今後は多分だが俺たちとの取引っていうか、何かしらの関係が増えていくだろうからな。


 だがそこで俺たちと取引して「この人たちは信用できる、だから人間はいい人達」だ、なんて思われても困るんだ。


 こいつらみたいなポンコツが外の世界と関わりを持とうとしたら、相手が『いい奴』じゃないと食い物にされておしまいだろうからな。


 しかし正直なところを言うと、エルフ達が困ったことになったとしてもどうでもいいと言えばどうでもいい。ファンタジー世界の憧れっていうか、こう、会えた喜びってのはあるけど、実際のところエルフが死んでも俺に害はないんだから。


 近場にいて仲良くなれそうな種族だし、こうして縁ができたわけだからそれなりには手を貸すが、死なれたらやばい! ってほどでもないんだからどうしても手を貸さないといけないってわけでもないんだ。


 まあ見捨てもしないけどさ。だってなんか、見捨てたら寝覚が悪いって言うのか? なんだか嫌な気分になって後に引きずりそうだもん。

 それに、人間とエルフって言ったらエルフの味方をするに決まってる。憧れ補正もあるが、それ以上に人間が嫌いだから。


 これは俺の持論だが、誰かを助けることのできる人間ってのは二種類いる。

 一つはただの馬鹿だ。人間はいいものだ。誰かを助けるのに理由なんてない、とか考えてる愚かしいと思えるほどの善人。


 もう一つが余裕のあるやつだ。

 仕事に向かってる最中に誰かが倒れていた。善人はここで迷うことなく助けるだろうが、他は違う。助けた方がいいのか見捨てて仕事に行った方がいいのか悩むだろう。

 結果的に助けたとしても、その二つを天秤にかけて考えたという事実は変わらないし、余裕がないやつは仕事を優先して見捨てるだろう。


 だが、そんな「仕事に向かうから」と倒れている者を見捨てたやつが誰かを助けるような人間になるにはどうすればいいのか。


 そんなの、仕事をしなければいい。

 仕事をしているから「仕事に向かわなくちゃ」なんて思うわけで、そもそも仕事をしてなければそんなことは思わない。


 当たり前っちゃ当たり前な話なんだが、つまりなにが言いたのかっていうと、誰も気にすることなく、なに不自由なく生活することのできる金があれば、心の余裕が持てて寛大になれるってことだ。金でも権力でも武力でも、なにかしらの力があって余裕があるやつは『誰かを助ける』という選択肢を選ぶことができる。多少なにかしらの損害があっても「まあいいか」と思えるし、誰かを助けたことで「気分がいいな」と思うことができるから。


 まあ同時に、余裕も過ぎれば傲慢にもなるんだが、そこは結局のところ人間性だろう。


 俺は善人ではないが、余裕は有る。金持ちの暮らしをしてるし、なに不自由なく生活することができている。

 最近では武力の方も希望が持ててきたし、慌てる必要はないんだと思えてるからな。ちょっと人助けをしてやってもいいと思うくらいには余裕が有り余ってる。


 だから助けてやろう。この放っておいたら勝手に持ち前のポンコツさを発動して自滅していきそうな奴らをな。


 ただ、手を貸す以上はそれなりに見返りが欲しいと思ってしまうのが人の性であって……まあ、手を貸すような状況を作るのは俺たちなんだけどな? だって俺たちがいなければこいつらは外の世界と関わりを持たなくて済んだだろうから。


 と言っても、それも本当にそうだったかって感じはちょっとする。


 何せここのお姫様があの街に来てたんだ。俺たちが保護してなければ他の奴らに捕まってただろうし、その場合はこの場所にまでやってきて蹂躙してただろう。

 その場合は、こう、リリアを人質にされた状態で「降伏すれば全員無傷で終わらせる」とか言われれば簡単に信じそう。信じてなくても降伏しそう。


 どのみちこいつらは今の森に引きこもった状態を壊して人間と関係を持つことになっていたかもしれない。

 それを考えると、まあ俺たちと関わりを持つことになったのはベストかベターかは知らないけど、『良い』結果だっただろう。


 もし人間と関係を持つのが嫌で誰かを恨むなら、のこのこと人間の街になんてやってきた馬鹿な娘を恨むんだな。……なんかこれ、悪役のセリフじゃね?


 それはともかくとして、関係を持つ以上は見返りが欲しい。端的に言えばなんかモノ寄越せってことだ。


 そして幸いにもこの村には俺の欲しいものがある。もらえるかどうかは知らないけど、聞くだけ聞いてみても良いだろう。


「エルフの女王陛下。一つお願いがございます」

「じょおうへいか……! は、はい! なんでしょうか!」


 俺がレーレーネのことを女王と呼ぶと、それまで思案気に顔を俯かせていたレーレーネはぴくりとエルフらしく尖った耳を動かして反応してから勢いよく返事をしながら顔を上げた。


 あんた、そんなに女王って呼ばれるのが嬉しいのか……。なんか、リリアに似てるな。リリアも立派な悪云々っていうとすぐに納得したり聞き分けのいい感じになる。親子なんだから、似てるのは当然と言えば当然なんだけど。


 レーレーネの隣でデザートの後にやってきた口直しの果物を楽しそうにしながら食べているリリアを見るとなんとも気が抜けるが、息を一つ吐いてから視線を戻す。


「聖樹の種を一ついただくことはできないでしょうか?」

「種を……」

「はい。ご存知の通り私の天職は『農家』ですので、植物を育てるのは得意です」


 実際にはまともに植物を育てたことなんてないけどな。

 けどできることなら種は欲しい。多分育てられるだろうし、育ったら金になる。まあ、育てるのは生長を助けるスキルを手に入れてからになるけど。万が一にでも枯らしたくないしな。


「ですので、聖樹に我が家の良き守り神となっていただければ、と。そしてエルフとの友好の証としていただければと思っております」


 聖樹ってもんがエルフ達にとってどんな存在か知らないけど、このくらい言っておけば多分貶してるとか軽く扱ってるとかは思われないと思う。

 俺は『農家』だし、それなりに信用はある、と思う。


「う、うーん……」


 だが、レーレーネは先ほどまでの喜んでいた態度を消し、口元に手を当てて難しい顔で考え込み始めてしまった。


 この反応はだめか?


 そう思ったのだが、レーレーネは顔を上げて俺に視線を合わせると説明を始めた。


「あなたであれば渡すのは構わないのですが、今は時期が違うので種がないのです」


 時期が違う? なら、時期が合っていて渡せる分の種が手に入ったんだったら渡してくれるってことか?


「では、聖樹の種ができるというのはいつ頃でしょうか?」

「冬です」


 今が夏だから、およそ半年後か。なら……


「ではその時まで私たちと接してみて、信用できる者達だ、と判断いただけたら聖樹の種をいただけないでしょうか?」


 半年したらなにがなんでも欲しい! という態度だとまずいと思ってあえて「信頼できると判断したら」なんて言ったのだが……


「あ、それなら構いません」

「あ、いいんだ」

「はい。娘を助けてくださった恩人ですし、信頼はもうしてますから!」


 随分とあっさり返事をされたのでつい口から言葉が漏れてしまったが、どうやらそういうことらしい。

 村長……女王がそれでいいのかと思ったが、本人がいいと言ってるんだからいいんだろう。そういうことにしておけ。


「それに聖樹は他の植物と同じく始祖の樹から別れたものなので、ちょっと力が強いということ以外は普通の樹ですからなんの問題もありません」


 レーレーネはそう言ったが、今の話に出てきた『始祖の樹』ってなんだ? そんなもんは今まで聞いたこともないぞ?

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