第25話そんなに悪くない気がする
「オラアアア! オヤジイイイイ!」
スキルの検証をしようと思ってから数分後、俺は親父のいる執務室へと叫びながら飛び込んでいった。
「なんだクソガキ。嫌なことでもあったか? だとしても扉を乱暴に開けんのは感心しねえぞ」
「あ、いやこれはただテンションが上がっただけで、まあノリだから気にすんな。人前じゃやんないよ」
「テンションってお前、落差が急すぎんだろ。情緒不安定か?」
情緒不安定って言われればそうかもしれないが、今は仕方ないだろ。これでも結構喜んでるんだ。テンションが上がって変な行動を取るくらいは許してくれ。
「ちげえよ。そんなことより頼みがあるんだよ。あと報告も」
これを言えば親父は驚くだろうな、なんて思いながらそう言ったのだが……
「頼みと報告? ……待て。お前まさか、もう天職の位階が上がったのか?」
「……なんで言う前にわかるんだよ」
親父は俺が詳しく説明する前に俺がどうして喜んでいるのかを当ててしまった。……ちっ。
「そりゃあお前この時間はスキルの訓練だったろ。お前がスキル関連でサボるわけねえし、そんな時間に報告があるってテンション上げながらここにきたんだったら、んなもんすぐにわかんだろ」
「まじか……」
「まじかは俺のセリフだ馬鹿野郎。まさか、三年と経たずに位階を上げるとか、それこそ〝まじ〟かよ」
驚かせることができなかった俺はがっかりして息を吐き出したのだが、親父は俺とは別の意味で息を吐き出した。多分俺がレベルを上げるのが早すぎるとでも思ってるんだろうな。
思った形とは違ったけど、一応驚かせることはできたみたいだしいいか。
「……まあいい。んで? 頼みってのはなんだ?」
「レベル2——第二位階スキルは種まきをするスキルだから、スキルを使うのに植物の種が必要なんだよ」
「そのための種を用意しろってか」
「ああ。頼めるか?」
「おう。んなもんでいいなら任せろや。種なんざよっぽどの物でもねえ限りはいくらだって集められる。どの種類だって制限がなけりゃあそんな時間も金もかかんねえしな」
流石はこの街のトップの一人だな。種って言ってもスキルのレベル上げのためにってなると結構使うってのに、そん金をポンと出せるんだからな。もし俺が王族のままだったとしても出してくれたとは思うが、普通に一般市民として生まれてたら自分で種を探すところから始めないといけなかった。
なのでやっぱり俺はここで親父——ヴォルクの元で育てられたのが正解だったんだろう。
「——ああいや。やっぱ手配すんのはナシだ」
「は? なんでだ?」
だが、スキルの修行用に使う種の手配は頼んだしこれで安心、と思ったところでなぜか先ほどまでは承諾していた親父が急に前言を翻した。
「手配はしねえ。代わりに、金は出してやるからお前自分で買ってこい」
「自分で? まあそりゃあ構わないけどさ……なんだってまたそんなことを?」
「お前もそろそろいい歳だしな。一人で買い物くらいできねえと問題あんだろ」
「一人でってことは、今日はエディたちは……」
「ナシだな。護衛なしで、本当に一人で〝この街〟で買い物をしてこい」
護衛なしで街に出て買い物か。まあ別に構わないな。というよりも、むしろ喜んでやります! って気持ちの方が強いかもしれない。
何せ俺はこの世界に生まれてから今に至るまでの十二年ちょっとの間、一人で街に出たことがないんだから。
だから俺一人だけで街に出ていいってのは、特に何をするって特別なことがあるわけでもないんだが、それでもやっぱり年甲斐もなくワクワクする。まあ今の俺の体は子供なわけだし、このワクワク感も真っ当なものなんだろうけどな。
けど、本当にいいんだろうか?
「いいけど……いいのか? 前は護衛を外してくれって頼んでも聞かなかっただろ?」
「ま、多少はな。それなりに力もつけてきたし、この街でも最低限生き残るだけの力はあんだろ」
それは俺が認められたってことだろうか? 俺は今までの訓練で親父どころかエディやジートにもまともに一撃を通すことはできていない。
孤児院の奴らなら相手が戦闘系のスキルを使っても勝てることもあるんだが、所詮は子供だから判断材料とするには弱い。
なので、ここの奴らに勝てないどころか一撃も通すことすらできない俺はまだまだ弱いんだと思っていたが、こうして一人での行動が認められるってことは多少は自信を持ってもいいんだろうか?
「つってもまだまだガキだ。〝頭ん中〟は子供らしかねえが、大人とも言えねえ。だから普段から完全に護衛を外すってことはできねえがな。今日は特別だ」
なんて思ったが、どうやら護衛を外してくれるのは今日だけらしい。まあ、今日は実験というか、俺が一人でも平気なのか確認するためのお試しみたいな感じなんだろうな。
だが、多少とは言え認めてくれたようだし、このまま完全に護衛を外してくれないかと思ってちょっとだけ反論してみる。
「ガキって……俺はもう十二歳なんだけど?」
「残念。この街じゃ十三から大人扱いだ。んでこの街以外では十五からが大人だ。仕事もしてねえ十二はガキなんだよ」
だが俺の言葉は簡単に否定されてしまった。そうだろうなとは思っていたけど、少しは期待しただけにがっかりだ。
……にしても、親父は俺のことをガキって言ってるけど、妙に気付いてる節があるんだよな。
何に気づいているのかって言ったら、そりゃあまあ俺の前世についてだ。
前世があるとはわからなくても、何かあるとは勘づいているだろうと思う。
まあそれは仕方がない。だって俺自身俺のことを子供らしくないなって思うからな。肉体につられてるのか精神的にも若返った気はするけど、それでも俺は普通の子供とは違うだろう。
だが、そんな『何か』に気づきながらもヴォルクにとって俺はまだまだ『ガキ』らしい。
「っつーわけで、自力で買い物くらいできるようにしとけ。俺が死んだ後に知らないからできません、なんて話は通らねえからな」
「あんたが死んだらって、んなのまだまだ先だろうが」
「だといいんだがな。でもわかんねえぞ、特にこの街ではな。それに俺だってもう四十だ。そろそろいつ死んでもおかしかねえ歳になってきてんだから、考えの一つに入れておく必要はあんだろ。あれだ、親孝行とでも思っとけ」
確かにこの街では殺人犯がうろついてることも珍しくない、ってか殺人をしたことがあるやつなんて探すまでもなくそこらへんにいる。
親父に限って万が一もないと思うが、それでも何か奇跡的なことが起これば『何か』があるかもしれないってのは理解できる。
それに歳に関しては、いくら力があったところでどうしようもないのだからそれも理解できる。
……けどなぁ。やっぱりこの親父が死ぬ姿なんて想像つかないんだよな。
「ってわけで今回は護衛なしだ。一人で街に出て種を買ってこい。なんなら買いたいもんがあればそのまま適当に買ってきても構わねえ」
「それはいいけど、そもそも俺としてはもう護衛なしでもやってけると思うんだけど? それに、親孝行ねぇ……」
前世も含めて親孝行なんてしたことなかった俺としては、親孝行なんて言われても今ひとつピンとこない。
そもそも前世ではそんなことをする前に死んだしな。それを思うと、俺は親不孝者って言うんだろうか? 親父の死ぬ姿を想像できないのはそのせいかもな。前世を合わせても、俺は『親の死』というものを経験したことがないんだから。
……ああでも、あの母親と引き離された時の感じを酷くしたものだって考えれば、結構嫌かもしれないな。
「……まあ、親っつっても俺たちは血の繋がりなんてねえんだがな」
だが、そんなことを考えていた俺の言葉に何を思ったのか、ヴォルクはそう言っていつもとは違って自嘲げに笑った。
「……んなもんこの街じゃ珍しくもねえだろ。みんなそこら辺に落ちてたガキを拾って育ててる。大事なのは誰が産んだかじゃねえ。誰が育てたかだ。俺がここまで大きくなれたのはあんたが育ててくれたおかげだよ。あんたはれっきとした俺の父親だ」
俺がそんなことを言うのが意外だったのか、ヴォルクは驚いたように目を見開いて俺のことを見ている。
その反応は少し失礼じゃないかとも思うが、でも、俺だって自分でも意外だった。
基本的に俺は自己中だが、家族や身内と決めた奴は大事にする。それはもしかしたら母親と引離された時のことがトラウマになっているのかもしれないが、まあそれは今はいい。
家族は大事にするようにしている俺だが、それでも無意識でこんな言葉が出てくるとは思わなかった。
今の俺は無意識のうちに親父を慰める——違うな。親父の考えた『俺は息子ではない』という思いを否定する言葉を口にしていた。
「……だから、まあ、あれだ。親孝行とやらにいってくるよ」
だが俺は自分がそんなことを言ったんだと理解するとなんとも言えない気持ちになり、それだけ言うと俺は親父に背を向けて部屋から出るために普段より気持ち足早に歩き出した。
これは恥ずかしいからじゃない。ただ単に話が終わったから部屋を出るってだけだ。
……けど、ひとまずはこの場を離れることにしよう。いや決して恥ずかしいわけじゃないけどな。
「良かったっすね、ボス」
「……うっせえよ」
そんな会話が聞こえた気もするが、きっと気のせいだ。
それにしても、昔の俺はこんなことを言うようなやつじゃなかっただろうに。俺は自分でも知らないうちに変わっているんだろうか?
自分でも知らないうちに自分の考え方やなんかが変わっていると言うのは少し気に入らない気もするが……なんだろうな。そんなに悪い気はしない気がするな。
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