第22話苛立ち。からの〜……なんかできた
家に帰ってきた俺たちだがジートは報告があると言うことで親父のところへと向かっていった。
まあ報告はあるだろうな。むしろしなきゃ俺が報告に行ってたところだ。
「あ゛あ゛〜〜〜……ぶん殴りてぇ」
あの野郎、クッソぶん殴ってやりてぇ……。
俺は別に誰に何と言われようと、思われようと、俺の天職が『農家』であったとしても何も思わない。不満がないわけでもないが、楽しいから良しと思っているのは確かだからな。
それにそもそもこれは所詮借り物、もしくは後付けの力であって『俺自身の力や才能』ではないのだから、与えられた力の種類だけを見てどうのこうの言ってるやつはむしろ哀れにさえ見える。
奴らが言っているのは自分たちにとって役に立つか多々ないかで判断しているのであって、それはつまり、魚が陸で歩けないからって歩けないことを馬鹿にするようなもんだからな。
だから『農家』を馬鹿にするのは構わないし、どうでもいい。
それに、「身内を馬鹿にしやがって!」なんて怒るつもりもない。流石に手を出されればなにかしらの行動を取るだろうが、言葉で馬鹿にしたところで本人に聞こえてなけりゃあなんの意味もないんだから好きに言わせればいいと思っている。
だから俺の天職や身内を馬鹿にする他人を見返してやろうとか訂正させようなんてことは思っていないわけなので、俺が苛立っているのはそれとはまた別だ。
俺は結構根に持つタイプなんだよ。自分が苦しい思いや辛い思いをしたんだったら相手もそれと同等以上の苦しみや辛さを味わうべきだって。その仕返しが終わるまではいつまでたっても恨みを忘れない。それが俺だ。少なくとも、それは終わったことだ、なんてすっぱりと切り替えることなんてできない。
だからこそ、今日ジャック——あの豚と話した時の苛立ちはまだ心の中で燻っている。
次に会う機会もあるだろうが、またあの馬鹿と話して苛立たないといけないのかと考えるとさらに苛立ちが湧いてくる。で、その苛立ちの原因であるさっきの出来事のことを思い出し——と、苛立ちの無限スパイラルだ。
そんな苛立ちの原因となったあの豚野郎に仕返しをしたい。
本音で言えばその場で殴ってやりたかった。あいつと喧嘩しても勝つ自信あるし。
だが今回はイラついたとしても殴ってしまえば騒ぎになり、親父に迷惑がかかるので手を出さなかったのだ。
だが、やっぱり殴っておけばよかったかもしれないと思うくらいには苛立ちが心の中で暴れている。
それでもやっぱり手を出すことはできないんだから無理にでも鎮めるしかないんだけどな。……はぁ。
……しかしなんだな。「必ず後悔させてやる」か。セリフとしては三流もいいところだけど、あの性格からして実際に何かしてくるだろうな。めんどくさい。
でも、俺もアレのことを気に入らないのは同じだし、このまま引き下がるのも気に食わない。だから、奴の鼻を明かしてやろう。具体的には戦ってぶっ飛ばす。
奴が馬鹿にしている『農家』って天職を使う俺が、『槍士』の奴と戦って勝てば、負けたあいつは大きな顔はできないだろうからな。
問題は現時点では俺がレベル一で大したスキルを持っていないってことだが、まあそれは鍛えていって考えるしかない。
結局のところ、要はいつも通り修行をしてればいいわけだ。
だが、その前にやることがある。
まあ、やることってかやりたいこと、だけど。
俺は今すごい不愉快な気分だが、俺みたいな自分本位で身勝手な奴がそんな不愉快でイラついた時になにをするのかと言ったら答えは簡単。『モノにあたる』だ。
苛立った時に何かを殴ったり蹴ったりするってーのは誰だって一度くらいは経験があると思う。
だが、そうしたくてもここには当たるようなモノなんてなにもない。なにせ修行するための庭だからな。邪魔にならないようにって周りのものは取り除かれている。
ここにくるまでの間にモノに当たらなかったのは、世間体を気にしたからってのと、一緒にいたジートに心配をかけさせないようにするためだ。
本当に苛立っている時——キレている時はそんなことを気にする余裕なんてないだろうから、今回の不快感は冷静に判断することができる程度の苛立ちでしかない。
まあ、今までの人生の中で心からキレたことなんてないけどな。今世も、前世でも。
だがそれでも不快感を吐き出したいと思っているのは事実だ。
だから……
「ああああああ!」
とりあえず叫ばせろ。
これに意味なんてない。ただ憂さ晴らしとかこれからやることへの意気込みだとかそんな感情の発散で、あのむかつく野郎をぶん殴るって覚悟の現れとでも思っとけ。
「ああああああぁぁぁぁあああ!」
だが、それがいけなかったんだろう。
目の前の庭を睨みながら感情を吐き出すかのように叫んだ俺は、どうやら無意識のうちにスキルを使ってしまったようで目の前の地面が持ち上がった。
ただし——
「——あ?」
その大きさは普段とは比べものにならないくらいに巨大だった。
意識せずに感情のまま適当に発動したせいか、それとも庭全体を見ながらスキルを使ったせいか、俺の発動したスキルは普段よりも広範囲の土を抉ってそれを持ち上げた。
普段俺が使う『天地返し』のスキルは、直径一メートルくらいの半球状の地面に効果がある。
だが、今俺の目の前には直径五メートルほどの大きな土の塊が浮かんでいた。
そしてそれは見た目こそ違うもののいつものように一定の高さまで浮かび上がると浮上を止め、これまたいつものようにくるりと反転して地面へと落下していった。
簡単にわかりやすく言うのなら、一階建ての家を思い浮かべろ。それが浮かび上がってひっくり返るようなもんだ。
まあ家って言ったが、実際にはそんなに大きくはない。けど、それに迫る大きさのものだった。
そんな大きさの土の塊が地面から浮かび上がりひっくり返ったのだ。そこにあったもの〝全てを巻き込んで〟。
そう。今まで上に障害物があるとスキルは発動しないなんて思い込んでたからいちいち障害物を避けたりどかしたりしてたけど、どうやらそんな必要はなかったようだ。
つい今しがた俺の発動したスキルは、上に何かがあるかなんて関係なしに発動し、全てを巻き込んで、飲み込んでいった。
いつもとは違ってズンッと大きく重い音が響くが、そんなことが気にならないくらいに俺は放心していた。
だがそれも僅かな間だけで、すぐにハッと我に帰ると頭を働かせ始めた。
何でこんなことになったのかも、どうして急にできるようになったのかもわからない。
だがそんなことよりも、今の俺の頭の中には今のがもう一度使えるのか、再現性はあるのかという考えでいっぱいだった。
そして、考えてばかりでも何もならないと判断し、先ほどの感覚を忘れないうちにと俺は先ほどと同じように気合を込めて普段よりも広い範囲——直径二メートルくらいの土を指定してスキルを発動させた。
「……<天地返し>」
すると、上に障害物がある状態で使ってみたが、結果は同じ。
通常であれば直径一メートル程度の範囲にしか効果が出ないはずのスキルだが、俺の指定した通りに直径二メートルの範囲の土が浮かび上がり、指定した場所の上にあった木を巻き込み倒しながらスキルは終わった。
……これ、障害物を巻き込むことができるのか。……マジで?
どうやらスキルってのは俺が思っていた以上に自由度が高いらしい。発動する範囲もやろうと思えば自由に変えられるみたいだしな。
範囲のことは仕様でいいとしても、障害物を巻き込んだことに関しては何でこんなことが、と思ったが考えてみればできても当然だった。
今までだってスキルを使う時にはその場所にあったちょっとした雑草や小石なんかは巻き込んでいたんだ。巻き込む物のサイズが変わったとしても、巻き込んでスキルを発動させることができる可能性は初めからわかっていた。これも最初っからの仕様で、ただ俺がそれに気づかなかっただけ。
でも、そうだよな。俺たちの使うスキルってのは『神の欠片』なんて呼ばれるものを元にしてるんだ。だったら『神』の名前に相応しいくらいの能力があってもおかしくはない。
欠片であったとしても、『神』がただ直径一メートル程度の土を持ち上げてひっくり返すだけなはずがないじゃないかってもんだよ。
……はんっ! 親父にも言ったことじゃないか。それを自分で忘れるなんて、どうかしてたな。スキルを使えたってだけで満足してたか。
でも、スキルを使えたなんて程度で止まってちゃいけなかったな。
もっと先へ、一歩でも前へ、一つでも多く、もっともっともっともっと——
そんなふうに欲しいものを願って求めるからこそ人間は進化してきたんだ。飽きることなく願い、貪欲に求めたからこそ人は強くなれる。
自分勝手に、自分のために願い、求めるのが人間で——俺は人間だ。
なら、満足なんてして止まってる場合じゃねえな。
強くなりたい? ならそう願いえばいい。願い求めて、常識なんてぶっ壊して自分の思うがままに限界まで鍛えればいい。
そう思い直しながら両手の拳を握りしめた俺は、自分の覚悟を表すかの如く口元に弧を浮かべて思い切り笑みを浮かべた。
——やってやる!
さて、そうと決まればあとは改めてスキルの確認だな。それと、応用方法についても考えよう。
まずは基礎の確認だな。『農家』の第一スキルである『天地返し』だが、これは指定した地点の土を持ち上げてひっくり返し、耕すというスキルだ。
それだけのスキルだが、言ってしまえば〝決まっていることもそれだけ〟とも言える。
要点は『指定した地点』『土を持ち上げる』この二つだが、『指定した地点』とはどれだけの範囲を指定できるとは定められていない。
そして『土を持ち上げる』とあるが、土以外を持ち上げないとも言われていないのだ。
まあこれは、正確にはそれら『土以外のもの』を持ち上げてるわけじゃないだろうけどな。
土を持ち上げたことにより、たまたまそこにあったものも巻き込んで一緒に動いたってだけだろう。
だが目に見える結果としては同じだ。そしてそれで十分だ。
さて、これを踏まえた上で考えるんだが……もしかして、これって面白い使い方ができるんじゃないか?
例えば、だ。これが単なる障害物だけではなく、人間が上に乗った状態でも使えるんだとしたら、即席の落とし穴になる。
さっきは木を巻き込むことができたわけだしできるだろう。少なくとも重量的には問題ないと思う。
「ヴェ、ヴェスナー!? 今のはなんだ!?」
と、そこで親父の報告を終えたんだろう。ちょうどジートが戻ってきたようで俺のやった真・天地返し(仮)を見て驚きの声を上げながら駆け寄ってきた。
「……ジート。ちょっといいか?」
そして、そんなジートの姿を見てピンと閃いた俺はちょっとジートに声をかけてみた。
さっき人を上に乗せた状態で巻き込めばいいと考えたが、それをするには発動から完了までもっと早くする必要がある。だって今のままじゃ発動速度が遅いし。使ってる間に避けられるから。
それに、生き物を巻き込めるのかって疑問もある。まあできるとは思うけど。一応木も生き物だし、今までだって土の中にも虫やなんかがいたはずだからな。
だからまずは確認しないことには何とも言えないので、人間相手でも使えるかどうかを調べようと思ってジートを実け——ではなくジートに協力してもらおうと考えたのだ。
だが、俺が声をかけてもジートは先程のひっくり返った土の方を見て警戒している。……賊がやったとでも思ってるんだろうか?
……ちょっと脇腹突いてやろう。
「っ! お、おお! 何だっ!?」
「いや、何だってか、ちょっと協力して欲しいんだけど」
「は? 協力ってなんの——じゃなくて、今のは何だ!? 敵か!?」
俺の呼びかけに普段と変わらない様子で答えかけたジートだが、その言葉は途中で止まり驚いたように俺に問いかけてきた。
だが、驚いたように、というか実際驚いたのだろう。警戒心や驚きや、あとは困惑が混じったような瞳をしている。
しかし、今のは何だ、なんて聞かれても俺にもわからない。あえて言うなら……仕様?
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