第20話スキルの使い方

 


「——さってと、そろそろ修行に戻るか」


 そうして口を濯ぎ終えて休憩も終えた俺は、舌の痛みが引いてきたのでスキルの修行に戻ることにした。


 だが、何だな。修行を再開するにしても、このまま続ければ結果は何も変わらない。いやそのうち滑舌が良くなるかもしれないけど、それよりも……


「無詠唱、だな」


 スキル名を口にしなければそもそも舌を噛むことなんてないんだから、できるようになればもっとスムーズに修行を進めることができるはずだ。


 それに戦闘にスキルを使うことがあったとして、スキル名をいちいち口にしてたら何をするのかバレて対処される。それを避けるためにもスキル名を唱えずにスキルを使えるようになるってのは結構大事だと思う。


 あとはほら、よくあるだろ。「む、無詠唱だと!?」みたいな展開が。望んで厄介ごとに首を突っ込む気はないけど、ちょっと憧れる。


 できるはずだ。ぶっ倒れるまで同じことを延々と繰り返し続けてきたんだ。その感覚はもう俺の体に染み付いているはずだ。


「——ふぅ」


 そう考えた俺は一度大きく深呼吸をし、いつものようにスキルを使う心構えをして正面にある地面を見つめた。


 そして自分の中にある神の欠片から力を引き出すように集中し——スキルを発動させた。


 すると、まるで当然だとでもいうかのようにいつもと全く変わった様子を見せることなくスキルは発動した。


 何も言わずとも持ち上がった土を見て、俺は笑みを浮かべた。


 なんだ、やればできるじゃないか。


 先ほども同じようなことを思った気もするが、まあやってできたんだからいいか。


「ぼ、坊ちゃん? 今スキル名唱えたっすか?」


 俺としてはただめんどくさいからどうにかしようと思ってやってみたのだが、エディは驚いたように目を見開きながら問いかけてきた。


「唱えてないな」

「でも、スキル発動したっすよね?」

「したな」


 ……これはきたか? あの「あ、あいつ無詠唱だと!?」みたいなあれが。


 いや、別に、なんだな。俺は特に目立ちたいとか思ってるわけではないし物語の主人公のように「あれ? 俺なんかやっちゃった?」なんて言いたいわけではない。この世界では目立ったやつから死にやすくなるし、力のない俺ではすぐに死んでしまう。だから、そう。あまり目立つつもりはないのだが、それでもやっぱり『特別』ってものに憧れがないわけでもないわけで——


「何でできるんすか!? 無詠唱なんてかなり高位の位階のやつじゃないとできないことっすよ!?」

「あ、無詠唱自体はできるのな」


 ——ああそう。珍しくはないわけね。へー……チッ。


「あ。……っす。ボスもっすけど、一応俺だけじゃなくて初期メンバーは全員できるっす。けど……」


 なんだ、お前ら全員できんのかよ。じゃあ自慢するようなことでもないじゃないか。


「……できるっすけど、さっきも言ったように高位の位階じゃないとできないんすよ? 普通は坊ちゃんみたいな第一位階でできるようなことじゃないんすよ?」

「いや、だって、やったらできたし」

「やったらできたって……」

「まあこんだけぶっ倒れるまで続けてりゃあそれくらいできてもおかしくないだろ」


 それでもまだ何か言いたそうだが、まあ無視でいいだろ。


 だが連続発動もできるようになったわけだし、これで今までよりもさらに効率的にスキルの修行をすることができるようになるだろ。


 よし、それじゃあ早速修行を再開……そういえばこれ、同じ場所に連続して発動したらどうなるんだろうな?


 そう思いついてしまえばあとはやるしかないだろ。


 俺は視線の先で練習を兼ねて無言でスキルを発動し、視線の先ではいつものように土が持ち上がった。

 だが、ここからが少し違う。いつもなら持ち上がった土が反転して落ちるのだが、今回は先に浮かび上がった土が落下する前に全く同じ時点にスキルを発動する。


 すると、すでに地面が抉れているからかさらに土が浮かび上がることはなかったが、一度目のスキル使用によって持ち上がり落下仕掛けていた土が、再び浮かび上がった。

 そしてその土はもう一度空中でくるりと反転すると今度は何事もなく、それこそいつものように地面へと落ちていった。


 同じ場所に使うと、すでに浮かび上がっていた土に効果が作用するのか。


 土を耕す、という意味では使えないが、スキルの回数稼ぎという意味では同じ場所にやるのは意味があるわけだ。


 とりあえず、もう一回やってみるか。今度は、そうだな……十回くらい使っておくか。


 そうしてスキルを発動したのだが何だか見覚えがある光景だった。

 いや、見覚えがあるっていうか、何だろうな。脳裏を刺激するイメージがあるというか……どこかでこの光景を知っているような、そんな感覚を目の前で回転し続ける土を見ながら感じていた。


 ……ああ! そうか、日本での光景だな。こんな土が何もない空中で動き続ける光景を見たことがあるわけではない。だが、似たようなものは見た。コンクリートミキサーの映像だ。小学校あたりの時に何かで見た気がする。

 あとあれだ。あっちは飲み物だけど、シェイクとかそういうやつ。あれの動きと似てるんだ。


 ——とはいえ、思い出したところで何があるわけでもないんだけどな。でも、思い出せてスッキリしたな。いやほんと、思い出しても意味はないんだけど。


 まあいいや。とりあえず下手に庭を壊すことも無くなったわけだし、良しとしよう。これからはずっとくるくるさせとけばいいか。




 新しいスキルの使い方も覚え、毎日が順調と言って差し支えない生活を送っている俺だが、だからといって一日中屋敷に引きこもっているわけではない。


 たまには街に出てみたり、今日みたいに孤児院に来たりもするのだ。


「よおカイル」


 うちの傘下の組織である孤児院に来た俺は、いつものように同い年の友人であるカイルを探して挨拶をした。


「おお、久しぶりだな」

「そうか? いうほど間空いてないだろ?」

「まあそうだけどさ、前までは一週間開くことなんてそう滅多になかっただろ?」

「あー、まあそうかもな」


 前までは今みたいにスキルの修行とかやってなかったから特にやることなかったし、時間が余りまくってたからそれこそ毎日のように来てた。だからそれから考えると今はあまりこっちに来れていないと言えるだろう。

 それでも最低でも十日に一回は来てるんだから、疎遠になった、とまでは行かないはずだ。


「スキルの訓練してんのか?」

「そうそう。毎日使ってぶっ倒れての繰り返しだ」


 倒れる時間が短くなったとはいえ、それでも今も限界までスキルを使い続けて毎日のようにぶっ倒れている。


「は〜。よくそんなんできるよな。一応俺たちもスキルを覚えたときに限界を知るためってんで、ぶっ倒れるまで使わされたけど、あんなん毎日続けたいもんじゃないだろ」

「まあ俺だって続けたいとは思わないけど、それで強くなれるんだったらやって損はないだろ?」


 そんな俺の言葉にカイルは肩を竦めて呆れたように笑っているが、多分それが普通の反応なんだろうな。俺だってスキルを使ってなかった時に毎日ぶっ倒れてるやつの話を聞いたらバカなんじゃないかって言うと思う。

 まあ今ではそんなバカなことをやっているわけだが、それはいい。俺が楽しいんだから気にすることでもないだろ。


「ベルは再来年だったっけ?」


 カイルの妹であるベルはカイルの二つ下なので、天職を得て、というか知ってスキルを使えるようになるのは二年後になるはずだ。


「うん」

「お前は俺みたいな不遇職なんかになるなよー? なったら大変だぞー」

「そ、それは私には決められないよ」

「まあ、そうだな」


 ベルの言うように、天職は生まれながらに決まってるんだから不遇職になるななんて言ったところで意味はない。

 だがそれでもいい職であってほしいとは願ってしまうのは仕方ないだろう。


「それに……どんな天職でも、私は頑張るだけだから……」


 そう言ってやる気を見せて微笑むベルだが、こんな腐ってる街には珍しいくらいの純粋さを見て、なんというか心が焼かれるというか、浄化されそうな気がする。


「めっちゃいい子だなお前は!」

「きゃっ!」


 浄化されそうなくらいな純粋さを見せてきたベルの頭に手を置き、ワシワシと思いきり撫で回した。


「まあ、ここにいる以上はどんな職でも追い出すなんてことはないだろうけどな」


 だろうな。何せボスの息子が不遇なんて言われてる職だし、使えない天職だから、なんて理由では絶対に切り捨てることはないと断言できる。そこで切り捨ててしまえば、それは息子である俺を非難するのと同じだからな。


 それにそもそも、そんなことがなくてもヴォルクは顔や言動に似合わず優しいやつだし仲間思いだ。配下である孤児院の奴らは見捨てないだろう。


「それはともかくとして、だ。ちょっと手合わせしようぜ」

「ん? ……まあ構わないけどさ、俺『農家』だぜ? お前『格闘家』なんだから勝負になんないだろ」


 俺ができるのは土をひっくり返すだけだ。後々は役に立つようになるかもしれないが今の時点では戦いに使えるようなスキルはなにもない。


 それに対してカイルの天職である『格闘家』はレベル1から『正拳突き』なんて攻撃のスキルを持ってる。まともに戦ったら、そのスキルを喰らっただけで勝負が決まる。

 逆に言えばそれさえ注意すればいいと言えなくもないが、そもそもの問題として勉強やスキルの修行に時間を割いている俺と、転職が判明して以来ずっと体を鍛えてきたカイルでは純粋な地力が違う。


 そこにさらにスキルの有無という差ができてしまえば、結果なんて火を見るより明らかだ。


「いやスキルは使わないから。純粋な喧嘩だよ」


 それでも勝てるとは思えないが、まあいいか。格上を相手に戦うのはいい経験になるし、そもそもここには友達んところに遊びに来たってのもあるが、鍛えにきたって理由もある。


「ルールは?」

「いつものだ。市街地戦のあれ」


 近くにの壁に立てかけてあった模擬剣を手に取りながら問いかけるが、帰ってきたのはそんな簡単な言葉だった。

 だが、すでに何度も孤児院に来ていた俺はそれだけで十分に理解できた。


「つまりなんでもありか」


 俺たちが学ぶ戦い方ってのは、騎士みたいにお行儀のいい正々堂々とした戦い方でも、冒険者みたいに大きな魔物を倒すための戦い方でもない。この街で生き残るための戦い方だ。


 この街では犯罪者の町だけあって、油断すればすぐに襲われて死ぬ。故に使えるものはなんでも——それこそ道端の木材や地面の砂から、そこらへんに寝ている人間や屋台の店主を巻き込んだりして使って戦うことになる。

 親でも友人でも他人でも死体でも、身の回りにある全ての存在を武器として盾として使うのがこの街の戦い方だった。


 これが大きく強くなると何か、もしくは誰かを守るための戦い方だったり、誰かを殺すための戦い方を学んだりするんだが、少なくとも今の時点では俺たちは生き残るための戦い方しか学んでいない。


「それじゃあ始めるが……ベル、離れとけ」

「う、うん」


 カイルのそばにいたベルに離れるように言うとベルは素直に頷いて歩き出したのだが、途中で足を止めるとおずおずと振り返りこちらを見た。


「ヴェスナーさま、気をつけてね」


 そして、ベルは兄であるカイルではなく俺の方に〝だけ〟声をかけてから、少し慌てたように顔を逸らし再び俺たちから離れるように歩き出しただが、その足取りは先ほどまでよりも少し早い気がするのは気のせいではないだろう。


「ああ。お前の兄貴程度にゃやられないから安心しとけ」

「バカ言え。普段はお部屋にこもってお勉強なお坊ちゃんには負けねえよ」

「ハッ! 妹に応援してもらえないからって僻むなよ」

「ベルは俺が勝つのを確信してるから言う必要がねえんだよ」


 お互いに勝負の前の前哨戦として言葉で口撃しあうが、こんなのは日常会話と変わらない。

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