第9話リエータ:息子と母
——王妃——
「なに? 帰ってこないだと?」
そんなことを聞いたのは偶然でした。
ヴェスナー——息子が私の腕からいなくなって丸一日呆然と過ごしていた私ですが、それを見かねた侍女のダリヤが部屋を出て歩くように言って私を庭園に連れ出したのです。
ダリヤは私が城に嫁いで来るときに実家から着いてきてくれた姉みたいな存在で、その気遣いはありがたいものでした。
ですがそれでも私の気は晴れることはなく、ろくに意識もはっきりと定めることができないまま時間は過ぎていき、陽が沈んできたことで部屋へと戻ることとなりました。
ちょうどその時です。そんな話を聞いたのは。
「はっ。赤子を連れた例の部隊は目的地まで着いたのは確認しておりますが、その後は判明しておりません」
通りかかった陛下の部屋の前で、陛下と誰かが話しているのが聞こえてしまいました。
ならぬことだとそのまま立ち去ろうとしたのですが、赤子を連れた部隊と聞いて思わず足が止まりました。
それは、あの時のヴェスナーを連れていった者のことでしょうか?
それが戻ってこない? ということは、何者か、あるいは何かに襲われた? ならヴェスナーは……っ。
初めから殺される運命だった。それはわかっていたはずです。ですが、いざそうなのだと聞くと胸の中が締め付けられ、体の中身を吐き出してしまいそうなくらいの気持ち悪さが私の中で暴れ回りました。
ですが、違いました。
「それなりの手練れを用意したのではなかったか?」
「は。今まで何度も任務をこなしてきた者たちでした。確実を期すように赤子を持った部隊の倍の数を用意しました」
どういうことでしょう? どうも話の雲行きがおかしい気がします。
私の子供を連れていった者たちの他に人を用意した? なぜ?
「それで失敗したと?」
「……森で部隊を確認した報を受けてから報せがないので、おそらくは」
「何を悠長なことを! あの赤子を生かしたまま放っておけば、いずれ王家の障害となるやもしれんのだぞ! わかっておるのか!?」
あの赤子を生かしたまま? え? 赤子って誰のこと? ヴェスナー? 死んでしまったのではないの?
訳がわからずに揺れる頭に手を当てるとダリヤが私の手を引いて歩き出し、気付かれないようにそっとその場から去っていきました。
そうして自室に戻った私ですが、先ほどからずっとあの会話が繰り返されています。あれはいったい、どういうことだったのでしょうか?
部屋について多少は落ち着いて考えることができたおかげで、一つの仮説を立てることができました。
おそらく王は、ヴェスナーを連れていった者とその部隊を殺そうとしたのではないでしょうか? そして返り討ちにあった。それが先程の会話の内容、だと思います。
ヴェスナーを殺したとしても、殺したという事実を知っているものが残っていればそれは隠し通すことはできません。そしてそれが王家から離れている存在であればあるほど秘密が漏れる可能性が高まります。
だがからこそ、ヴェスナーを連れていった者たちを殺して口を封じ、万が一ヴェスナーの件で何かがバレた場合にそのことをなすりつけようとしたのではないでしょうか?
ですがその部隊は王に裏切られたことに気がつき抵抗、暗殺に行った者たちを返り討ちにした。
「………………ダリヤ」
「リエータ様。不用意なことは言わないでくださいね」
「……ええ、わかっているわ。でも……本当に……」
本当にそうなら、あのこはまだ生きている。
そんな希望を込めてダリヤを見上げると、ダリヤは困ったような難しい表情で私を見て首を振りました。
「ですが、急場は凌いだとしても、その後はどうなるかわかりません。例の部隊は元々傭兵や冒険者などの素行が悪いものを集めた部隊です。もしかしたら奴隷として売られる可能性などもありますし、そもそも送り出した者たちが帰ってこないというだけでお子様自体はすでに亡くなられている可能性だってあります」
確かにダリアの言う通りです。むしろその可能性は高いでしょう。
「でも、希望はある」
そう、まだあの子が死んだと確定したわけではない。
「リエータ様」
「母親が信じないで、誰が信じるっていうの? 私は諦めない」
それがどれほど低い確率なんだとしても、私はあの子の母親なの。だったら、実際にこの目で見るその瞬間まで私は信じ続ける。
そう考えたところでふと自分の手を見下ろし、自嘲して笑った。
「こんなじゃダメよね。あの子は生きてる。なら、また会えるかもしれない。その時に自分で立てないような弱い女じゃ、母親なんて名乗れないわ。違う?」
こんな気をやって挫けてる女が、母親なんて名乗れるわけがない。少なくとも私はそんなみっともないことはしたくない。
「……まずはお父君に連絡を。それも、誰にも気付かれぬよう慎重にお願いします」
「わかってるわ。大丈夫よ。私の天職は知ってるでしょ?」
「『土魔法師』ですか」
「ええ」
魔法師の天職を持っているものは基本的に攻撃の魔法ばかりに目が行きがちだけれど、それが全てではない。むしろ攻撃系なんてごく一部でしかない。
だから例えば、あらかじめ魔法をかけておけば、特定の道具を使うことで後からインクを並び替えることができる。というような魔法だってある。
それを使えば誰にも気付かれることなくお父様に話をつけることができる。
というよりも、今までも何度もそうしてお父様に連絡をしていたもの。
「私からだと警戒されるかもしれないから、あなたからお願い。文面は私の子が流れて落ち込んでいる、という内容にしておいて頂戴」
どうせ途中で検閲が入るでしょうから、表面上は普通の手紙を出す必要があり、今の落ち込んでいるはずの私が手紙なんて出したら怪しまれる原因になってしまう。
「……かしこまりました。本当に無茶はしないでくださいね? 慎重に。慎重にお願いしますよ?」
「ええ、わかってるわ。失敗なんて、するわけにはいかないもの」
待っててね、ヴェスナー。あなたがどこにいようとも、いつか必ずあなたを見つけ出して見せるから。
だからその時は、もう一度ママって呼んで頂戴。
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