魔族の覇者たる聖魔の王

陽巻

第1話 天界から追放された大天使

 ある日、天の神は二度と醜い争いが起こらないようにと五人の大天使に『聖霊』を授けた。


 『聖霊』ーーそれは魔族を封印するために力を使い果たしてしまった神からの賜り物であり、どのような効力を秘めているのかというと、


 ある大天使は人間の心に沁みついた穢れを癒し滅ぼし、またある大天使は犯した過ちを断罪すべく神の代行者として人間に裁きを下す。

 神を信仰することで『聖霊』として人族に加護を与える大天使もいれば、予言通告として人族のサポートに回る大天使もいる。

 そんな中、人間に全く聖なる恵みを与えない大天使が一人だけいた。

 彼の『聖霊』ーーそれは世界が戦争で覆い尽くされた際に、光明の一筋となる人物に絶大な力を与えるというものだった。

 そう、戦争のない平和な世界になった今、彼の『聖霊』はまるで役に立たないのだ。

 天界から人間界に恵みを一切与えない大天使。

 だからこそ、こんな予期せぬ事態に陥ってしまったのだろう。


 四人の大天使がーーーー怠け者の大天使を「死」を以て、天界から追放しようとしているのだ。


 怠け者の大天使がいることで、大天使の名声が汚されかねないというただそれだけの理由で、彼は殺されなければならない運命に陥っていた。

 お洒落な模様が施された鎖が、彼の手足を十字に沿うように縛り付けており、鎖には『聖霊』<<神の裁き>>が付与されているせいで破壊しようにも破壊することができない。

 『聖霊』同士の干渉はできないようにと神の手によって細工されているからである。

 恐らく、鎖に『聖霊』<<神の裁き>>を付与した大天使張本人も、これで縛り殺すつもりはないのだろう。


 そして、彼の鼓膜に伝わるのは身に覚えのない罪状。


 ーー禁則事項『禁忌の園』に足を踏み入れた大天使は、死を以て天界から追放する。その禁則事項に沿い、愚かな大天使エゼキフェルを始末する。


 『禁忌の園』ーーそれは遥か昔、神が作り上げたとされる理想郷だ。

 その園に立ち入れるのは、作った当の本人のみ。

 つまり、神以外の立ち入りは禁止されているというわけだ。

 だからこそ、『禁忌の園』がどんな場所かを大天使である彼が知る由もない。

 

 なのに、「神が定めた禁則事項を破った」とでたらめな罪状を読み上げたのは、神に仕える大天使の一人であり『禁忌の園』の守護者であるゼリエルだった。

 彼女との諍いは両手では数えきれないほどだ。

 口を開けば、尊厳がどうとかプライドがどうとか、そんな話ばかりだった。

 恐らく、それら全てを守るために嘘を吐いてでも彼を天界から追放したかったのだろう。


 そんな嘘吐き女が嘘を並べても、他の大天使たちは疑う姿勢をまるで取ろうともしない。

 彼がいくら弁明しても、無駄な抵抗でしかないのだ。

 

 ここにいる大天使たちは、神を崇高するーーーー『熾天使』しかいないのだから。


 神に与えられた仕事は何が何でもこなす。

 それが大天使たち『熾天使』にとって、誇りであり喜びだった。

 だからこそ、他の大天使たちも責務を全うする彼女が嘘を吐いているとは当然のように思わないわけで、偽造の罪をなすりつけられた彼の話に耳を傾ける者は一人もいないのである。


 彼女は『聖霊』の侵害に触れないよう、自身に備わる聖力だけを腰から引き抜いた剣に込め始める。

 自身に付与された『聖霊』を外すことで、処刑対象が大天使であっても容易に殺すことができるようになるからだ。

 

 「これより、禁則を犯した大罪人の処刑を始める。神の炎で焼かれ死ぬがいい!」


 その言葉のすぐ後に剣先から放たれた神炎が、彼の足先から順に身を蝕んでいく。

 そして、大天使としての尊厳のためだけに殺された彼は、胸の中で強く誓う。


 ーーお前らは俺が絶対に殺してやる・・・! いつか・・・必ず!


 こうして大天使たちへの復讐を胸に、彼ーーエゼキフェルは死を以て天界から追放されたのだった。


 だがこの時、大天使たちは誰一人にして考えもしなかった。

 彼に与えられた『聖霊』がこの後、どうなってしまったのかをーーーー

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