マッド経済学者・江崎京子の中学教員事件録

@garbage-collector

プロローグ

 俺の姉、江崎京子は控えめに言ってもかなりズレている。どこがズレいるのかと訊かれたら、「だいたい全部」と答えて差し支えはないだろう。


 彼女は世界的に有名な研究者の間に生まれ、日本最高峰との呼び声高い《東央大学経済学部》を卒業した。大学卒業後は修士、博士へと進み、二十七歳で同大学経済学部の准教授となり、今に至る。いわゆるエリート街道まっしぐらというやつだ。


 加えて姉は容姿端麗。切れ長なキツネのような眼と色白な肌で、多くの男を振り向かせてきた。


 つまるところ、彼女は知力と容姿にはとことん恵まれたのだ。


 だが、それらをすべて台無しにするほど、姉はどうしようもなくズレている。他人に共感する能力は皆無だし、口を開けばその価値観にだいたいの人は引いてしまう。そのくせ自分が正しいと思ったことは絶対だと思っているから、掛け値なしに質が悪い。


 いつだったか、食事の席で彼女が珍しく口を開いたことがある。大学で面白い実験があったと言うのだ。俺はちょっとした興味からその話に耳を傾けてみたのだが、その行為を結果として激しく後悔することになる。


 姉の言う実験とは、水の入った瓶にラットと呼ばれる実験用動物を落とすものだった。それを複数回繰り返し、ラットが生を諦めるまでの時間の変化を測ったらしい。


 俺はその話を聞いて気分が悪くなり、結果として洗面所で嘔吐した。この件で姉は母に注意され、以後、江崎家の食卓で動物実験の話が話題に昇ることはなくなった。


 が、何れにせよだ。食事中に動物実験の話をするあたり、やはり姉はズレている。

 それでも、そんな姉にも大学教員という仕事はあり、それは恐らく姉がまともに就ける唯一の職業だった。


 だが―姉はその大学教員をクビになる。

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