第7話 1日目③

 大山さんに連れてこられたのは『制服女子学院上等部』のバックヤード。朝方は誰も出勤して来ない。昼前から掃除の人が来たりするのだが、まだそれでも二時間は余裕がある。


 アサヒが、いの一番に大山さんの指定席のソファに腰掛ける。


「おい。嬢ちゃんはこっちだぞ」


 大山さんは優しい声でパイプ椅子を広げて台座の部分を叩く。


「やだ! この椅子が一番座り心地がいいんだもん!」


 大山さんに取り入るにはぶりっ子を演じるのが良いと判断したのか、俺と二人でいる時よりも幾分幼さが強い調子で話している。


「どくんだよ。ババアがぶりっ子すんじゃねえ!」


 物凄い剣幕だ。仕事でミスをした時もここまでの怒声ではない。それでもアサヒは椅子から動かない。大山さんがカンカンに怒っている事を察したようで、俯いてしまった。大山さんはアサヒの髪の毛を引っ張って無理やり顔を持ち上げる。ただの女子高生にそこまでしなくても、と思うがこれも世の中の厳しさなのだと自分を納得させる。


「おい。コマ。お前、こいつが本当に女子高生に見えたのか?」


「え? どういう事ですか?」


「どう見ても老けすぎだろ。十九ってとこじゃないか? だから買いでもいいから一度は本物とヤッとけって言ったんだよ。こんな簡単なハニートラップに引っ掛かりやがって」


 大山さんは髪の毛から手を放して、今度はアサヒの手を持ち上げて撫でる。アサヒは十七だと言っていたが、二歳違うだけでそんなに肌の質感が違うのだろうか。いまいち分からない世界だ。


 店の女の子も皆成人しているはずなのに、やたらと幼く見えたり、年齢以上に老けて見える人もいる。結局のところ、化粧でいくらでも調整が効くので見た目だけで判断しようがないのだ。


 アサヒの中身は年相応。家庭環境は悪そうなので相応に擦れてはいるが、別に成人しているほどがと言われるとそうでもない。それに、アサヒにはかつての俺と同じものを感じた。学校に居場所がなく、救われたがっている。


「それで、誰にけしかけられたんだ? 狙いはコマか? 俺か? コンクリ詰めで沈められたくなかったら早く本当の事を言えよ」


 アサヒは恐怖からか体をブルブルと震わせている。本物のヤクザが目の前で凄んでくるのだ。しかも、間接的に殺すとまで言われている。いくら肝が据わっているとはいえ、これで怖がらない人はいないだろう。大山さんが言うには、松本には効かなかったらしいが。


 涙腺が決壊したようで、アサヒは静かに泣き始めた。強がってはいるが、中身は普通の女の子なのだと思わされる。


「本当に、十七歳です……ちょっと老け顔だからって学校で虐められて、成績も上がんないし、色々積み重なって学校に行けなくなったんです。手も昔、ストーブで軽い火傷をしてからガサガサなのが治らなくて。やっぱおじさんから見ても私って老けてるんですね。大人っぽいって言ってほしいのに。何が違うんですかね」


「泣いたって疑いは晴れねぇぞ。身分証は? 学生証は?」


「全部……家に置いてきました。途中で警察に捕まったら面倒だから。何も持ち歩いてないです」


「何が目的なんだ?」


「お母さんを探しに来たんです。一週間前から家に帰ってこなくなったんです。お金もないからお腹も空いて、話し相手も他にいないから寂しくて。家に夜のお店っぽい名刺があったので、手掛かりがないかと思ってここまで来たんです。信じて下さい」


「名刺は?」


「これ……です」


 アサヒは鞄からワインレッド色の紙切れを取り出して大山さんに渡す。


「ふーん……『アモーレローズマリー』なんて聞いたことねぇな。住所が書いてないから無許可で闇営業してるとこだろうな。本当にこっちに来たのか? 他の歓楽街じゃなくて」


「それは……分かりません。ここでがんばってみて、ダメだったら別の街を探しに行こうと思っています。この辺で一番大きいところらしいのでここに来ました」


 大山さんは若い女の子を泣かせたからか、身の上話に同情したからなのか分からないが、アサヒの話を真剣に聞き始めた。俺の時もそうだった。大山さんは怖いけれど情に厚い。だから、不幸な身の上を全面に押し出されると弱いのだ。


「なるほどなぁ……お袋さんは何の仕事をしてたんだ? 昼間な」


「分からないです。何の仕事をしているのか聞いても教えてくれなくて。でも悪い事はしてないはずです! お母さんがそんなことをする訳ないから」


 大山さんは「どうしようもねぇな」と言いたげな目線を俺に送ってくる。完全にアサヒのペースだ。俺は元々疑ってなかったけれど、情にほだされてあっという間に大山さんが陥落した。


「よし! 分かった! コマを好きに使っていいぞ。一週間だ。一週間、この街を探して何もなかったら、これっきりだからな」


「はい! ありがとうございます!」


「コマ、世話は頼んだぞ」


「あ……うっす!」


 組の人は使ってくれないらしい。俺が全部面倒を見なきゃならなくなってしまった。一番面倒なパターンに落ち着いた。


 世話ということはつまり、これからも俺の部屋にアサヒが入り浸るということだ。アサヒのためにわざわざホテルを取るのも金がかかる。アサヒはそこまで理解したようで、太陽のように俺に微笑みかけてきた。

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