第6話 1日目②

 二十人の手駒は無事に列に並んだ。後は全員が無事に購入出来れば問題ないのだが、一つだけ懸念点がある。アメフト選手のようにガタイの良い店員がやたらと転売なのか確認してくるのだ。そいつが近づいてきたら、問答無用で逃げる。警察を呼ばれたら面倒なのだ。


「アサヒ、店内で見張ってる時にアメフト選手みたいにガタイが良くて、背がめちゃくちゃ高い店員が手駒に近づいてたら、『おもちゃのチャチャチャ』をでかい声で歌え。それが全員撤収の合図だ」


「分かったけど、なんでそんなのを合図にしてるの?」


「何でもいいだろ。深い理由はないよ」


 唯一覚えている、親に愛されていた時の記憶。両親が歌うおもちゃのチャチャチャに合わせて俺が踊っている。手を振り回すたびに、父親が手を叩いて笑う。しりもちをつくたびに、母親が心配そうに体を起こしてくる。在りし日の、もう戻ることはないし、俺が親の側になって体験することもないであろう光景。


 アサヒはしつこく嚙みついてこない。フレッシュナスの効果は絶大だ。


「よし、仕事に取り掛かろう。アサヒ、頼んだぞ」


「はいはい。ハンバーガーのためだからね」


 別にアサヒが何かするわけではないのに、店の外で丁寧にストレッチを始めた。




 風は俺の背後から吹いている。順風満帆とはこの事か。ガタイの良い店員は今日は休みだったらしい。一度も見かけなかったとアサヒが言っていた。目の前には山積みにされたプラスタが二十個。すべて最新機種だ。間違えて型落ちを買う奴もいなかった。一週間も経たないうちに、これが八十万円に化ける。俺の目は円マークになっているのだろう。


「よし、運ぶぞ。じいさん! 手伝ってくれ」


「このくらいなら二人で持てるでしょ」


 アサヒはそう言うと、片手で持てるだけプラスタの箱を持っていく。一本の指に二箱。小指はさすがにつらかったようだ。指を目いっぱい開いて、片手に七個。両手で十四個のプラスタを持ち上げた。俺でも片手で四個が限界なのに、こいつの力はどうなっているのかと驚かされる。


 かけぱは不要なようだ。残った六個のプラスタを持ち上げて、倉庫に二人で向かう。家電量販店からそこまで離れていない場所に倉庫はある。朝、会社に出勤する人の流れが激流の川のように俺達をぶつかってくる。こうはなりたくはないと心から思う。金はなくてもいいから自由が欲しい。


「お前、力強いんだな。部活は何やってるんだ?」


「帰宅部。でも柔道は小さい時からずっとやってるんだ。後は筋トレも趣味なの」


 あまりアサヒを刺激するのはやめておこうと思った。力では絶対に勝てないと直感する。


 お世辞にも俺は力が強い方ではない。しかし、頭脳派かと問われると、頭脳が伴っている方ではない自覚はある。異世界のようにステータスが数値化されるとしたら、俺のステータスは全てが低くまとまっていることだろう。




 倉庫についた。奥の方が開いているので、段ボールの隙間をかいくぐりながら、プラスタを安置する。ここまで来たら後は売りさばくだけだ。そそくさとフリマアプリを立ち上げて、次々と出品していく。出品して十秒もすると一気に閲覧数が増え始めた。事前に分かっていた事だが、まだまだプラスタのバブルは弾けていない。


「これは……スウォッチ? こっちは百人限定のブランドTシャツ? すごいね。これ全部転売用なの?」


 アサヒは目を丸くしている。個人ならまだしも、ここまで組織立ってやっているのは初めて見るだろう。


「あんまジロジロ見んな。後、ここの事はすぐに忘れろ。いいな?」


「ここってヤクザの人も出入りしているの? 麻薬とか人質交換とか銃の密輸とか、任侠映画みたいな事って本当にあるの?」


 驚きは徐々に興味に移り変わっていったらしい。目を輝かせて自分の知らない世界について少しでも知ろうと聞いてくる。


「そんなのある訳ないだろ。ここはただ、ちょっと買いすぎた流行の物が集まっているだけだよ」


 これは嘘。大山さんがここを使う事もあるが、詳細は知らない。俺はグレーな仕事は手伝うことはあるが、真っ黒な仕事は一切回してもらえない。実入りが多そうなのだが、大山さんは俺に真っ当に生きて欲しいらしい。その思いは分かるのだが、今更どうやってやり直したらいいのか分からない。結局、ズルズルとグレーな仕事をもらったり、小遣い稼ぎの転売で生きている。今更真っ当な仕事なんて出来る訳がない。朝から晩まで一か月も働いて十五万の世界なんて居られる訳がない。


「どうしたの? なんだか暗い顔してるよ?」


「あ……あぁ。お腹空いたな。フレッシュナスでも行くか」


「うん! いこ!」


 アサヒは本当に太陽のように笑う。母親の事は慕っているのだろう。母親からの愛情がなかったら、こんな笑顔が出来る訳がない。これは松本に言われた。俺はうまく笑うことが出来ないのだが、それは母親の愛情が足りなかったからだと、今のご時世では炎上必死なセリフを弁護士志望の女に叩きつけられたのだ。だが、妙に納得している節もある。店の女の子と話していても、その傾向があるからだ。


 だが、そうだとすると、初めてあった時の様子が説明できない。あれは、明らかに虐待を受けていた人の言動だった。虐待は父親からなのだろうか。母親は守ってくれていたのか。ぐるぐると思考が巡るのだが、こんなことを考えている時点でアサヒの事が気になってきている証拠だ。なるべく考えないようにする他ない。


 倉庫を出ると、ちょうど目の前に大山さんがいた。今日もスキンヘッドに極細の眉毛。一目見ただけでその筋の人だとわかる。今時ここまで分かりやすい人もそうそういない。


「大山さん! おはようございます!」


「おう。コマ。おはよう」


「そいつが例の女子高生か」


「知ってるんですか?」


「松本が夜中に嬉しそうに電話してきたよ。『コマが女子高生を拾ってきました』ってな。ゆっくり寝てたのに叩き起こされたんだ。あいつ、俺の事なめてるよな」


「本当に。言葉遣いからしてなってないですよね」


「まぁ、松本だからな」


 松本だからな、で許されてしまうキャラ付け、ポジション取り。多分どこに就職しても上手く立ち回るタイプなのだろう。そんな人間関係の築き方は知らない。大学に行けば身に着くのだろうか。


「あの! 大山さん。私、お母さんを探しているんです。情報、くれませんか?」


 大山さんと俺の話を遮るようにアサヒが割り込んできた。


「とりあえず話聞かせろや。嬢ちゃん、大人をあんまりからかうもんじゃないぞ」


 大山さんは一瞬で仕事モードの目つきになった。

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