第4話 0日目④
フレッシュナスに着いたのだが、閉店時間が近い事もあり、テイクアウトすることになった。熱々のハンバーガーが入った紙袋を愛おしそうにアサヒが抱えている。
「家って近いの?」
「あぁ。近いぞ」
「いいなぁ。毎日食べられるじゃん。フレッシュナス」
「毎日って……こんなの毎日食べてたら胃もたれするだろ」
「まだ若いから大丈夫なんだよ。おじさんとは違うんだな、これが」
アサヒは俺をコケにした顔をしながら自分のお腹をさすっている。
「俺もまだ26だからな。老けて見られがちだけど」
「えぇ!? 嘘でしょ!? 30は超えてると思ってたよ」
「失礼なやつだな。言わなくていいんだよ、そういうのは。学校で習っただろ」
「学校行ってないからなぁ。コマは大学とか出てるの? やっぱ行ったほうがいいのかなあ」
「俺も学校は行ってないんだよ。高校からずっとな」
中卒、という肩書が頭をもたげる。今の仕事を続けていくなら問題はないが、やはり真っ当な仕事につくのであれば、かなりのハンディキャップになる事は自覚している。高卒認定試験を受けようかとも考えたのだが、真っ当な高卒の仕事に就くよりも、今の方が何倍も給料がいいのですぐにやる気がなくなってしまった。
「そうなんだ。ま、そういう人も居るよね。私もこのままじゃ最終学歴中卒だしなぁ」
「ほんとお前……お気楽だな。俺を見てもまだ焦らないのか? こんな風になりたくないって思わないのか? ヤクザの駒になって使いっ走り。学もなければ金もない。何歳までこんな生活できるかも分かんねぇのに、次なんてないんだぞ」
「こんな風になりたくない、なりたくないって選択肢の幅を一生狭め続けてもしょうがないんだよ。こんな風になりたい、って道が一本あればそれでいいんだ。そうじゃない?」
愕然とさせられた。何個も下の小娘に、俺の人生を言い当てられた気持ちになったのだ。ずっとそんな人生だった。落ちこぼれになりたくない。落伍者になりたくない。ズルズルとプレッシャーに蝕まれて落ちていき、気づけば学校に行かなくなった。行かなければ落ちこぼれていく現実を直視しなくて済むから。親はそんな俺を見捨てた。街をフラフラしていた俺を大山さんだけは見捨てないで拾ってくれた。やっぱり、俺の道は大山さんと共にあるのだろう。
「い、良い事言うじゃねぇか。それで、お前の道ってのは何なんだ?」
「まだ、見えてないかな」
「なんだよ。偉そうな事言いやがって、同じじゃねぇか」
「アハハ。そうだね」
似た境遇だからなのか、なぜかアサヒには心を許せる気がし始めていた。このままいけば、アサヒも遅かれ早かれ夜の街で飯を食う事になるのだろう。別に俺はアサヒの保護者でも何でもないが、この業界に来てほしくないと思った。アサヒの太陽のような笑顔は、こんな薄汚い街には似合わない。もったいない。曇らせたくない。とうとう俺も若者を導くような年なのかと思うと切なくなるのだった。
家に到着した。八階建ての墓石のように縦長のワンルームマンションの七階、横に三部屋連なっているうちの角部屋、703号室が俺の部屋だ。
鍵を開けると、いつもの空気がこもった匂いがした。エアコンはずっとつけっぱなしなので、しばらく換気をしていない。
アサヒはトテトテと先に上がって部屋の中に突入していく。キッチンとリビングを隔てる扉の向こうからアサヒの悲鳴が聞こえた。別にアサヒにどう思われてもいいので取り繕う事はしない。
リビングに入るとアサヒは『ナースポリス大麦ちゃん』の衣装を食い入るように見ていた。
「これ……どうするの? まさか、着てるの?」
「そんな訳ないだろ。コレクションの一環だよ」
「私、着てあげよっか? メイド服よりは露出も少ないし可愛いしこっちの方がいいなぁ」
アサヒは意地悪そうに微笑む。他意がある事がありありと分かる。
「お前、それ着てハンバーガーを食べるつもりかよ。汚れちまうじゃねえか」
「お前じゃないって言ってるでしょ。アサヒだって! 大体、ヤクザの癖にケツの穴が小さいんだよね。服が汚れるとかさぁ。嫁達が泣いてるよ?」
見た目に反して口が悪い。ケツの穴なんて言葉、女子高生が使うのかと少し驚く。アサヒの言葉で冷静になって、部屋を見渡すと俺の嫁ことフィギュアがガラスケース越しに俺の方を見ていた。皆、俺の味方であることを祈る。
「ほら、飯食ったら寝るぞ。はよ食え」
話をぶった切って、アサヒからハンバーガーが入った紙袋を奪い取る。
中には、俺の頼んだパテ増量のハンバーガーとアサヒのアボカドバーガーしか入っていない。ポテトがないのだ。それにマスタードも入っていない。
「おい……ポテトとマスタードがねぇぞ」
「はぁ? ちょっと貸して! うわ、最悪。マジ有り得ない。これはないわ。バーガーだけ食えって言うの? ポテト無しで? 脳みそついてんのかな」
アサヒは袋の中を覗き込むと現実を直視できないというようにすぐに目をそらした。何というか、ふとした時に本性が出るようで、何となくキレやすく、似た匂いを感じてしまう。むしろ、俺以上に口が悪いのが根っこなのだろう。親の顔が見てみたくなる。
「アサヒ、落ち着けよ。ポテトは冷凍庫にもある。マスタードは冷蔵庫だ」
アサヒが獲物を見つけたライオンのように冷蔵庫の方向を見る。次に俺の方を向く。自分では動かない、と表明してきているようだ。
「待ってろよ。揚げてくるから、少し時間かかるぞ」
「わーい! コマ、ありがと!」
初日からこれだと先が思いやられる。一抹の不安を抱えながらポテトを揚げるためにフライパンに油を注いだ。
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