病救いのウエデイングプランナー

冬迷硝子

病救いのウエデイングプランナー


※この物語は全てです。創作物です。

実在の人物や団体、法律などとは一切関係ありません。

許可なく無断転載、使用、販売を禁止します。

©2021年 冬迷硝子。


――――――――――――――――

一章 「おめでとう」と「ありがとう」その裏にあるもの



知り合いの結婚式。

私はそれに参加した。

晴れ晴れとした二人を見たくて。


「おめでとう!」


おめでとう。

おめでとう。

おめでとう。


そう、二人を祝福する声。

けれど私にはスーツとドレスを着た参列者の頭の中までも見え見えだった。


『私より先に結婚しやがって』

『彼と別れなかったら今ごろ私があそこに居るはずだった』

『また寿退社?私の仕事を増やすな』


『あの子とはヤれた。次は寝取るか』

『ぶさっ。俺の彼女の方が断トツ可愛い』

『どうせすぐ離婚する』


全然素直なんかじゃない。

全然祝福していない。

それでも主役である冬希とうきさんと光夏ひなつさんは笑顔で受け答えしている。


「ありがとう!」


ありがとう。

ありがとう。

ありがとう。


その二人も素直じゃなかった。


『早く終われ。金だけ置いていけ』

『さっさと二人きりになりたいのよ、こっちは』


私にはこう見えてしまう。

この眼が無ければ、ここに居る人たちの考えていることをも見ることなく私も祝えたんだ。

素直に。


――――――――――――――――

二章 優しさの代償



参列者から、一歩下がって恩人に向かって歩く。

私を見てネクタイを結んでいるその首を傾げている。

どうしたのか、と問いたいんだろう。


「もう結構ですので眼を返してください」


私は彼にそう言った。

せっかく眼に光が宿ったのにこれじゃあ見えていない方が良かった。

暗闇と白の世界。

視覚障害であった時の方がマシだった。

やっぱり光なんて要らない。

あれだけみんなが見えている世界が欲しかったのに。

スーツ姿の彼は手のひらを見せてくる。

その意図は分からない。


「なんですか、その手は」

「見えない世界を与える代償です。代わりとなるものが要ります。さぁ耳か口かどれにします?」


あぁ、そうだった。

最初に言われたんだ。

見える視界を与えて貰える代償として私は鼻が利かなくなった。

次は見えない視界を与えて貰う代償として何かを差し出さないといけない。

そういう契約だった。


聴覚をなくすか、

味覚をなくすか、

言葉を話せなくなるか。

私はそのどちらでもないものを選んだ。


「なるほど。心ですか。『ぴったりプラン』としましては、あなたにとって不釣り合いになりますがよろしいですか?」


はい。

私は頷いた。

五感は難しいが心ならまだ戻しやすいはずだ。

彼は私の胸辺りに手のひらを広げる。


「良いんですね?」


しつこいな。

要らないものは要らない。

見たくないものばかりだった。

私の首肯を確認すると1つ瞬きをする。

そこで光りが消えた。

暗闇と真っ白だけの世界に戻った。

これが視覚障害を持つ者だけの世界。

見たくないものを見ることがなくなった世界。


でも心情は大きく変わっていない。

あれ?

今ので終わり?

何も変わってない。

うつ病のように暗くなるのかと思ってたのに。

拍子抜けだ。

私は姿の見えない彼に問い掛ける。


「今ので終わりですか?」

「はい。あなたには見えない眼を与えました。代償としてわたしは心を頂きました」

「たしかに眼は戻りましたが心は何も変わってないように思えるんですが」

「私が代償として頂いたのは優しさです。私たちは優しい人が嫌いなんですよ。さぁ振り向いてごらんなさい」


言う通りに振り向くと、

「おめでとう」と「ありがとう」が蚊のように飛び交ってうるさい。

あぁ、気持ち悪い。

腹が立つ。

ムカつく。

イラつく。

鬱陶しい。

今すぐにでも全員消してやりたい。


「優しさを返してください」

「優しさと対等になるもの…。では『終身プラン』に切り替えますね」


その声を最後に音も聞こえなくなった。

言葉も出せない。

身体が倒れた。

固い床の感触。

立つことができない。

そこに居るであろう彼に手を伸ばす。

だけど、その手すら上げていられなくなった。

落ちる。


そこで理解した。

優しさの代償として私から奪ったのは、命だと。

あれは病救いのウエディングプランナーなんかじゃない。

心も命も奪う死神だ。



――――――――――――――――

三章 病救いのウエディングプランナー


さぁ次はどなたを救おうか。

おっと、杖をついている若者が居るじゃないか。


ここは本当に都合の良いお客様が多い。

勉強して資格も取ることができた。

ウエディングプランナーになって良かった。

笑顔を作ってから近寄る。


「大丈夫ですか?私が肩を貸してさしあげます」

「ありがとうございます。優しいんですね」

「ええ、私は優しいですよ。そのお辛い病気も取り除いてあげることができるんです。こう見えて病救いのウエディングプランナーと呼ばれていまして」


この若者は声が出せる。

他人を気遣える優しさを持っている。

では『ぴったりプラン』で問題ない。


さぁ、頂きましょう。

その鍵の掛かった場所にある優しさを。



おしまい。©2021年 冬迷硝子。



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病救いのウエデイングプランナー 冬迷硝子 @liki010

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