01 昼下がりの事件

「ちょっ、センパーイ!少しは手伝ってくださいよぉーー!」

正午を過ぎ、夕方に差し掛かろうとする頃の、露店が立ち並ぶ街道。

なんとも情けない声を出しながら、ロゼッタ先輩の後を追う俺。

その両手いっぱいには、大量の荷物を抱えていた。


「あら、レディーにそんな大荷物を持たせていいと思いまして?」

「そんなこと言わないでくださいよぉ~、店の買い出しでしょぉ?」

悪戯っぽくクスクスと笑いながら言う先輩に、より一層情けない声が漏れる。

「フフ、ごめんなさい。冗談ですわ。一度、降ろしてくださいまし。わたくしも持ちますから」

「ふぅ、よかったぁ~」

俺が安堵のため息とともに膝を曲げ、一度荷物を置こうとした、その時。


「おわっ!」

「きゃっ!」

ドンッ!俺と先輩に小さな影がぶつかり、そのまま通り過ぎて行ったのだ!

咄嗟に転びかけた先輩の手を取り、胸元へ引き寄せて体全体で支える。

ちなみに荷物はと言うと……なんと、片手で持ち上げることができてしまった。

火事場のバカ力、と言う奴だろうか。とにかく、先輩が無事そうでよかった。


「っとと……大丈夫っすか、センパイ」

「え、ええ……」

チラリと通りの前の方へと目をやると、走り抜けていく帽子をかぶった少年の姿が見えた。

さっきぶつかってきたのはきっと、あの子だろう。

「まったくもー、前はちゃんと見なきゃですよね!……センパイ?どうしたんすか?」

小さくなってゆく後ろ姿にそう愚痴る俺だったが、先輩は答えない。

なぜだろう、そう思って先輩の方へ目線を戻す。

するとそこには――


「あの……そろそろ、離していただけませんこと?」

頬を赤らめながらもじもじ体を動かし、目線を泳がせる先輩の姿があった。

あっ、と小さく声を上げ、俺の顔も熱くなる。


「そ、その……すんません」

すぐに先輩を離し、謝る。何とも言えない恥ずかしさに、俺も目線を泳がせていた。

「い、いえ……お気になさらず……」


「「……」」


暫し、沈黙。


「……そろそろ、帰りましょうか」

「そっすね……あれ?」

そう言って気持ちを切り替え、帰路につこうとしたその時だった。俺はある異変に気付き、荷物を置いてポケットを叩き始める。


ない。

ない。

あれが、ない!


「どうしましたの?」

俺はプルプルと震えた後、膝をつき天を仰いで、


「財布が、なーいっ!」

今日一番の叫びを、空へと響かせた。


「ええっ、どうしてですの?」

「さっき買い物した時、確かにしまったのに!……あっ、まさか!」

ある仮説に辿り着く俺。それは――


「さっきの子にスられたんじゃあ……!?」

ひったくりだ。子供を疑うのは褒められたことではないが、どう考えても、タイミングとしてはそれしか思い当たらない。


「すんませんセンパイ!先に戻っててもらえませんか!?俺、追っかけてみます!まだ遠くには行ってないはずですし!」

「ちょ、ちょっとジンさん!」

言い終わるや否や、俺は荷物を置いたまま全力で駆け出した。

あの財布の中には、おやっさんから預かった大事な店の金が入ってる。盗まれなんかしたら、一大事だ!


「うぉぉぉぉぉ、待てーーっ!」


「ジンさーん!ああもぅ……」

引きとめる先輩も目にくれず、俺はあの少年を追いかけた――!





「で、衛兵を呼ばれた、と」

「オス……」

「いやオスじゃないが」


閉店後のカフェ『スターズ』。俺はほんのり口をとがらせながら、おやっさんと話をしていた。


結局あの後すぐに少年は見つけられた、が。

俺のあまりにも必死の形相に危うさを覚えた周囲の人々に衛兵を呼ばれ、こってりとしぼられてしまったのだ。

幸い少年が財布をひったくったことを認め返却してくれたおかげで俺の無実は証明されたものの、出てきたころには既に夜。

こんな時に限って店は大繁盛したみたいで――おやっさんはもう、見るからに疲れ果てていた。


「俺さ、お前のそのまっすぐさは好きだよ?けど周りが見えなくなっちゃあしょうがねぇだろ」

「ウス……」

「まぁ、店の金守ろうとしてくれたんだしこれ以上は言わねぇ。次からはもっと周り見るこった」

「オッス!わかりましたぁ!」

「うるさい、時間考えろバカ」

「す、すんません……」


階段を上がり、部屋へ戻っていくおやっさんの背中を見つめながら、俺は頭をかいた。


(それにしても、何か引っかかるんだよなぁ)

同時に、そんな疑問が脳裏をよぎる。それは、あの少年のことだ。

彼は財布を差し出す際、なんだか震えているように見えた。

盗んだことを認めることになるのだから、それは当たり前なんだけれども。

それでも何か、様子がおかしかった。まるで、何かに怯えているかのような――


「ああもう、わかんねぇ~っ!とりあえず寝ちまおう!」

しばらくうんうんと唸ってみたものの、答えは出ず。

諦めて、俺は寝ることにした――






「……」

同時刻、どこかの家。明かりも点いていない部屋の中で、少年が黙りこくり、震えていた。

昼間ジンから財布を盗んだ、あの少年だった。


「それで、みすみす獲物を逃がしたってわけかい?」

少年の見上げる先には、眉間に深くしわを寄せた女性が腕を組み、立っていた。

「ご、ごめんなさ……」

少年が口を開き、謝罪しようとした、その瞬間。


「ぎゃっ!」


ピシィッ!鋭いビンタが、彼の頬に叩きつけられた!その威力に体勢を崩し、へたり込む少年。

「お前は!ホントに!ぐずな子だね!」

女は罵声を浴びせながら少年を殴り、蹴りつける。


「ごめっ、なさっ、おかあちゃん、もうやめっ……」

少年はぽろぽろと大粒の涙を流しながら、必死にその暴行に耐えている。

「いいかい?次失敗したら、ただじゃおかないよ……!」

ひとしきりの暴行ののち、女は彼の髪を引っ張って無理やり顔を上げさせると、悪魔のような形相でそう告げた。

「は、はい……おかあちゃん……ぐぎゃっ」

そう彼が返事をすると、女はフン、と鼻息を出しつつ床に息子を放り捨て、寝室へと帰っていった。

そして一人残された少年は――


「うう、ぐすっ……ぐすっ……」

懐からくしゃくしゃの紙を取り出し、涙ながらにそれを見つめていた――

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