虹の街

絵空こそら

虹の街

 眼下の街は虹の海だ。眩むほどの目映さが縦横無尽に忙しなく走り、サングラスでもしていなければまともに眺めることもできない。


 いきなり住んでいた街が宝石になったのは三か月前のこと。寝て起きて外に出たらこうなっていた。コンクリートの地面も、気難しい親父が大事にしていた盆栽も、通勤途中のサラリーマンも、ごみ置き場のごみもカラスもみんな、冗談のように見事な宝石になってしまった。インスタをやっている人ならきっと「映える」というのだろう。早朝に隕石が降ったのだそう。私はだらしない生活習慣のおかげで、七色の皮膚を持つことにならずに済んだ。


 10年後には立派な観光地になっていそう。私は引っ越し先を検索しながら考える。バスも電車も魔法の馬車よろしく燦然ときらめいているせいで、交通の便が頗る悪い。


 市はこの街を復興させると息巻いていて、時々地面を削っては新しくコンクリートを埋め込んでいく。削られた地面がどこに売られているのかは誰も知らない。真っ暗なコンクリは見ているこっちが恥ずかしくなるくらい、この街で浮いている。


 密猟も多い。この街で宝石になった栗鼠がインテリアになっているのを、海外のSNSで発見した。しかし、血も涙もない密猟者も、さすがに人間にまでは手が出ないようだった。


 めでたく虹色の肌を持つことになった新人類のみなさんは、ただのマネキンとはすこし趣が違った。ハリウッド女優みたいにうまく固まっているのは稀で、ほとんどはださい服を着て、難しい顔をして、そして姿勢が変。集合写真でやらかしたときみたいな、何だ、そのポーズ、と不謹慎にも笑いたくなるような。みんな、何の変哲もない一日が始まるのをひとつも疑わない形で固まっているので、その妙な生々しさに、困惑する。


 


 夕日の中、私は煌めく裏山を登る。落ち葉だったはずのものが、足元で砕けては、光を放つ。その先にいるのはメルヘンなやくざ映画のような恰好をした男。眉間に皺を寄せて、煙草に火をつけようとしているけれど、彼の身体は暖色が濃くでていて、おまけにえらく輝いているものだから、滑稽味が増すのだ。


 この男は私の恋人だった。私の財布から金をくすねる手癖の良さは一級品、私をよく殴ったし、私の他に女なんていくらでもいた。クズの権化。隕石が降ってきた時だって、呑気に後朝の一服をしていたのだろう。


 よかったね。これまでで一番恋人を笑わせていますよ、あなた。私はサングラスの奥の眼を細める。綺麗なピンク色の男。クレーンゲームで2,3粒掬えるような色。そのうちやっと心が麻痺した密猟者たちが、あなたの瞳や、指や、リーバイスのタグなんかを、抉っていくのだろう。分け与えてあげればいい。それでやっと、優しいひとになれるね。


 隕石の影響を受けた人間が生きているのか死んでいるのかについては、しばらく物議を醸した。サーモグラフィーではほとんどが青か緑になったし、心拍も停止しているらしかった。それでも何人かは、冷たい肌を持ったまま動きだす空想を信じた。表立っては誰も人型の宝石を壊したりしていないけれど、もし動物と同じなら中身は臓器の輪郭を維持したまま鉱物になっているはずだ。


 私は虹色の校庭から盗んできたバットを、4番打者のように前にかざした。そして振りかぶると勢いよく横に薙ぐ。彼の腰は細かい欠片となって宙を舞い、シャンデリアとウィンドチャイムが同時に落下したような音が山に響き渡る。遅れて彼の上半身が落ちてくる。何度も何度も縦にバットを振ると、衣服も皮膚も臓器も判断ができないくらい小さな欠片になって混ざった。


 最後に頭を割ろうとすると、サングラスがずれて落ちた。目に光が刺さって目測を誤る。ザンッと音がした。バットは、すでにできた粒子の山に突き刺さっただけだった。


 私は肉眼で、真正面から彼の顔を見た。初めてちゃんと彼の眼を見た気がした。綺麗な男。最低な男。


 西日のせいで反射光がきつく、涙が出てきた。視界が虹色に歪む。膝を折る。美しいだけの街を残して、太陽がゆっくり、沈んでいく。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

虹の街 絵空こそら @hiidurutokorono

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ