弟とウサギの彼女

夏伐

第1話 弟と激安物件

 ついさっき、弟からメールが来た。


『彼女と地獄に行ってきます』


 まさか心中!?

 そう思ったが、すぐ後にまたメールが来た。

『観光名所の地獄です』

 すぐ横にウサギのマーク。

 これは彼女の方が送ってきているようだ。


 少し、安心した。






 弟は大学に進学するために一人暮らしをすることにしたらしい。

 大学デビューだぜぇ! と叫びながらスーパーで母さんに緑や黄色、ピンクと青などのヘ○カラーをせがんでいた。

「馬鹿は知ってるからせめて一色にしなさい!!」

 母さんはそう弟に言った。

「髪の毛の色バラバラの方が女の子にモテそうじゃん!!」

「……一人暮らし始めたら自分で勝手に染めればいいでしょ」

 母さんは呆れていた。



 そう言われ、弟は都会に旅立った。

 アパートは弟が決めて、勝手に内見し、契約の時だけ親が付き添った。

 なんでも駅から徒歩三分ほどでとても広い部屋が2万円だったらしい。私は弟に「お前死ぬんじゃない?」と忠告した。

 明らかに事故物件っぽい。

「俺、零感だから大丈夫だし!」

 大丈夫じゃないからその値段じゃないの? だって周りの物件は8万は余裕で越えてるし。



 弟が引っ越して数日して、私の携帯に電話が掛かってきた。

「姉ちゃん動物って燃えるゴミ?」

「質問の意味が分からないんだけど?」

「羽だけなんだけど……。ちょっと画像送るね」

 電話は一度切られて、すぐにメールが届いた。

 画像が添付されている。


 鳥からもがれたような翼部分。手羽先部分が窓ガラスに張り付いていた。すごい力でミンチになりかけているようだ。どうやってくっついているのか分からない。

 私は弟に電話を掛けた。

「何がどうしてこうなったの?!」

「えええ、何で姉ちゃん怒ってるんだよ……。」

 弟は渋々、状況を説明した。

 初めは夜中に窓を叩く音だけだったらしい。

 それが虫の羽を貼り付けられているようになった。それも光に向かって追突してきたんだろう、と思っていたらしい。

 それが段々サイズが大きくなってきて、ついに鳥が貼り付けられるようになったと。

「これも最初はスズメとか、そういうのだったのに、今はカラスとか鳩がくっついてるんだよ……」

「一度目じゃないのかい……」

 だから家賃二万なんだな。

「それで犯人なんだけどさ」

「見たの?」

「あ、うん。一生懸命ドンドン叩き潰しながらガラスに貼り付けてた。手しかなかったよ」

「暗くて見えなかったんでしょうが」

「違うよ。だって窓の外、ベランダとかないよ。立てないじゃん」

 何でそんなん見てそこに住んでいられるかが不思議で仕方ない。

「線が細くて爪が綺麗に磨いてあった……。あれは女の手だと思うんだ!」

 まじまじと観察するな!

「でさ、姉ちゃん。これ生ごみだから燃えるゴミでいいの?」

「知るか!! 『手』にでも聞きやがれ!!」

 私は電話を切った。

 そしてすぐに後悔した。

 弟は馬鹿だから実行するんじゃないか……。心配になった。






 数日後、心配は的中した。

「姉ちゃん! おっぱいあった!!」

「……ああ?」

 弟が状況を説明した。

 まとめると、手が窓を叩き始める時間はいつも一緒なので、叩かれる寸前に窓を開けて今まで溜まった鳥ミンチをレジ袋に入れて差し出したらしい。

「これ、生ごみであってるの?」

「………!」

 弟の行動言動が予想外だった手はあたふたと慌ててしまったようで、部屋の中にあるゴミ箱まで行って蓋を指さした。

「お墓とか作らなくて良かった?」

「………」

 手しかないから喋れないようだったが、しょんぼりしている。

 すごすごと窓の外に向かう手に、ふと興味がわいたらしい。

「手しかないの? それとも手しか見えないの?」

 そして手の位置から考えたおよそ胸の位置に手を突き出した、と。

 そこから記憶がないらしい。

 起きると顔には青く手の形をしたアザが。

 私は見たこともない幽霊に同情した。

「じゃあ、家賃固定で幽霊でなくなったのね」

「いや、出るよ。たまに洗濯とか料理やってくれてる。でも、もう手も見えないんだよね」

 お前が悪い。

 そして二、三か月してから弟から『彼女を紹介する』等のメールが届いた。


 湯気の立つ美味しそうな食事と弟、弟の横には人一人分の空白。


 私は心配しつつも、弟からのメールを見守ることにした。

 『ウサギの彼女』が常識人だからか、いまだに弟は黒髪のままだ。

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