第8話 ゆきゆきて神軍~戦争場面なき、究極の戦争映画

* アマゾンレビュー掲載時は、

戦争場面のない戦争~戦後が終わることなどない!?

というタイトルをつけていましたが、今回は表題のとおりに変更します。

こちらは、「部外者で素人の雑記帳」にも掲載しております。

以下、本文。


何はともあれ、「神軍」と銘打たれているにもかかわらず、戦争の場面は一度も出てこない。当時の記録映画の引用すらない。


出てくるのは、過激な言動?!をする老人・奥崎謙三氏と、かつて同じ国の同じ軍隊のはたまた同じ部隊だかにいたという老人たち(「戦友」などという主観のこもった言葉はあえて使わない)と、その周辺の家族たち、あとは警察関係者その他。

舞台はまったくもって「現代」である。


他国のことはわからないが、少なくとも日本人は、戦争は戦争として、終わったら「過去のことは水に流して」? 新たな時代に、平和な世界に戻って、そこで家族とともに・・・という感性の持ち主が多いようである。

もちろんそれを責めるつもりはないし、そもそも、戦後生まれの両親のもとに生まれた私ごときが生意気を言えるものでもない。


だが、そんな感性のもと、戦後を生きながらえられるという幸せな人生を送れなかった人もたくさんいる。

奥崎氏はそんな人たちの代弁者であった。氏は一連の行動を通して、日本人の「水に流す」という感性の裏返しにある暴力性を、見事に暴いて見せたことは間違いない。


本作品がドキュメンタリーか、「反戦映画」か、日本の戦争責任を追及するための映画か、そんなことはもはや些末な論議に過ぎない。

本作は、戦争の場面の一つもない、それでいて、究極の「戦争映画」である。

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