第3話 もうこの時代には戻れない~列車食堂乗務員の手記
食堂車乗務員物語 - あの頃、ご飯は石炭レンジで炊いていた
宇都宮照信 著 交通新聞社 2012
以前本人名義でアマゾンレビューに掲載していた文章です。
鉄道の歴史は、火を排除し、水を節約することの積み重ねであった。
それは、何よりも安全に、かつ、効率よく列車を運行させるという目的が今に至るまであるからだ。
食堂車は、火も使い、水も使う。
それは、蒸気機関車の時代が終わっても続いた。
もちろん、かつてのように石炭レンジは使わなくなったが、電気レンジ、そして電子レンジと、国鉄は、最新の技術をこの食堂車を通じてもちいさせた。そして、それらの設備は、今や一般家庭に遍く普及していることは周知のとおりである。
それは確かに、火を排除したことになるかもしれないが、火を起しうるものを使うことに変わりはない。
水に至っては、食堂車の業務で多量に使わざるを得ない。
だから、途中駅での給排水が大事だった。
食堂車のスタッフであった著者が、その頃の光景を生々しく描いている。
私は食堂車が好きだった。子供のころからあこがれていた。だが、大学生になって、ようやく新幹線やブルートレインの食堂車に行けたころには、在来線の昼行特急から食堂車はすべて消滅していた。
それでも、食堂車の時代に間に合っただけ、私は幸せだったと思う。
JRが国鉄時代、否、戦前からの願望であった、東京-大阪間ノンストップの列車・300系「のぞみ」の登場は、その後の、言うまでもなく、現在の鉄道のあり方をはっきりと示すものであった。
鉄道はスピードコンテストのために存在しているわけでもなければ、旅情を演出するために存在しているわけでもない。
多くの旅客・貨物などを、早く、大量に、効率よく輸送しなければならないのだ。
ノンストップの「のぞみ」はほどなく停車駅を増やし、消滅した。
しかし、この列車のコンセプトは、余計な設備を一切なくし、「走る移動機械」に徹することであった。食堂車などもはや、生き残る余地がないことを、鉄道はこの時、万人に宣言したようなものである。
まずはブルートレインの食堂車が(一部を除く)、阪神淡路大震災の余波で0系食堂車が、そして、わずかに残っていた100系の食堂車までもが、その後10年で完全に営業を取りやめた。
私は食堂車が、確かに好きだった。今でもあるのなら、行きたい。
しかしこの本を読むにつれ、少し、気持ちがぐらついてきたように思う。
何もこんな無理してまで、食堂車を営業しなくたって、よかったのではなかろうか・・・と。
食堂車が廃止され、喫煙を認めない列車がここまで増えた今日、鉄道の営業の現場から、「火」は、ほとんど排除された。そして、ペットボトル飲料の普及により、食堂車に限らず、無料の「水タンク」も姿を消したし、長距離列車・夜行列車が激減したため、「洗面所」さえも、一部の列車を除いて姿を消している。かくして、営業現場から「水」も、どんどんと排除されている(または大幅に数を減らしている)。
給排水のために主要駅で長時間停車していた優等列車の姿は、もはやない。
華やかな食堂車でおいしい食事がいただけた時代、裏では著者のように地獄を見ながら働いている人たちの姿があったことを、私たちは忘れてはいけない。
人間性回復の願望や郷愁だけでは、現実に日本という国は生きてゆけないのだ。
タイムトンネルの世界は現実に存在しないのである。
「つばめ」が消えるのは宿命であった。
(竹島紀元・つばめ鎮魂歌。鉄道ジャーナル1975年3月号より)
竹島氏は今から37年前、特急「つばめ」が廃止される間際に、主宰する鉄道ジャーナル誌に自ら本記事を執筆・掲載し、伝統ある列車が消え去っていくことを、こう喝破した。
「つばめ」を追い払った0系「ひかり」が、後続の新車たちに追われ、今や営業線からは跡形もなく撤退してしまったのも、これまた、宿命であったと言えよう。
これは列車だけではない。サービスについても、同様であった。
食堂車が消えるのもまた、宿命であったのだ。
郷愁論で食堂車を復活させることなど、鉄道会社ならずとも、もはや、誰にもできない相談なのである。
でも、タイムトンネルの世界があるならば、私も、オシ17の石炭レンジで調理されたステーキを食べつつ、ビールを飲みながら、山陽本線を旅してみたいものである。
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