人が斬れない刀使いの僕は、特定の女の子の衣服を着ないと力が発揮できない封印を施されています

佐久間零式改

第1話 これは数年前のお話です




 ここは迷いの森。


 何も知らぬ者が入ったら最後、無事出られる事は滅多にないという。


 そのためか、市街地から近いのに一般人は立入禁止となっていて、この森がある山そのものが有刺鉄線で封鎖されている。


 青木ヶ原樹海にまつわる都市伝説のように磁場が狂っていて、方向感覚を失ったり、方位磁石などが頼りにならないとかそんな奇異な場所ではない。


 八卦衆が一家の龍造寺家の結界がはられているため、この森には人為的な迷宮が存在しているのだ。だけど、その結界さえ破壊してしまえば、その先にあるあの世とこの世との行き来できる門へと行く事ができるはずだ。


「創刀 千手院! 僕の刀は人以外の全てを斬つ!!」


 師であり、親友でもあるシゲ兄から教わった、この天地創刀。そして、千手院で必ず敵を取ってみせる。


 虚空に千手院のあるべき姿を描き、そして、あるべき場所にある刀の柄を握る。すると、最初から存在していたかのように一本の刀が何もない空間から現れた。


「必ず斬るッ!」


 僕の放った斬撃が夕焼けでオレンジ色に染まった空間を撫でた。


 見えないガラスが周囲に張り巡らされていたかのように景色がカタカタと音を立てて揺れ始める。


 虚空に一直線の刀傷が浮かび上がり、空間そのものがハリボテであったかのようにボロボロと崩れ始めた。そして、結界が崩れ去ると、少量の水がちょろちょろと流れている小川とは似付かわしくはない豪華な漆塗りの橋が現れた。


 その橋の丁度中央で正座している巫女服を着たお姉さんがいて、この光景が信じられないといった様子で目を大きく見開いていた。


「僕の自分勝手な振る舞いを許してください!」


 僕は謝ってはおかないとと、千手院を虚空へと帰して、門を守るために結界を張っていた龍造寺のお姉さんに頭を軽く下げた。


「……あ、あなた……木下の……幽霊絵師の……昭夫なんでしょう? な、なんで……そんな刀を……」


 彼女は何が起こったのかさえ分からないといった顔をしたままだ。


 龍造寺家は結界技術において、退魔師の間ではこの日本においては最高峰とさえ言われている一族だ。そんな龍造寺家の結界を退魔師としては無名な木下家の僕が一刀両断してしまったのだから驚いて当然と言えば当然だったし、そもそも龍造寺家の結界をこんなにも簡単に破れるのは極々少数だろうし、この反応は正しいはずだ。


 荒美という地には何時からかは定かではないが、日本全国から多くの術者が移り住んでくるようになったそうだ。


 術者達は誰に命令されたワケでもなく、荒美に存在する『門』を守る事を己の命よりも大事な事として活動し続けていた。それは今も昔も変わらない。術者達にとっては『門』を守る事こそが命題であるからだ。


 これまたいつからかは定かではないのだが、術者達は組織を作り、協力し合って『門』を守るようになっていった。その過程で生まれたのが八卦衆である。


 その名の通り八卦衆は、数多の術者の中から選出された八つの流派によって形成されている。その八の流派によって術者達の役割が決められているそうだ。龍造寺家は『門』を守る結界を張るのが役目だと昔から決められていると僕は聞いている。


「説明はまた今度! 僕は行かないといけないんだ、仇を討つために!」


 僕はもう一度頭を下げて、出現した橋を早足で渡った。


 もちろん放心状態に近いままのお姉さんを介抱したりはしない。


 なにせ僕には時間がない。


 目指しているのは『門』と呼ばれるこの世とあの世の狭間だ。


 僕はあの世へ行きたいワケじゃない。今、門を超えてあの世へと逃げ込もうとしている奴がいるのだけど、そいつだけは許す事ができず叩き殺してやりたい。


 殺してやりたい、ではない。


 必ず僕の手で殺す、だ。


 龍造寺の結界は、あの世に魂ではなく人そのものが行く事を規制するために張られている。そのため、あの世の住人であれば自由に行き来できたりするんだ。結界の不備と言えるような気がするけど、この世に来るようなあの世の住人はたかが知れたレベルらしいので、来ても退治してしまえばいいと八卦衆は考えているらしい。それに、実力がある者は自らの影響力を知ってか、この世には滅多に来ないそうなのだ。


 その理論で言えば、僕が追っているのはさほど強い相手ではない。ただし厄介な相手ではある。


 あいつは人を食らうのだ。


 そして、僕がそいつを龍造寺家の結界を破ってまで追っている理由は……


「土遁 からくり箱!」


 橋の先にあった獣道を急いでいると、どこからともなく聞き覚えのある女の子の声が響いた。


 僕を囲むように四方の地面がせり上がってきたと思ったら、箱のように


「花子! 僕の邪魔をするなよ! 創刀千手院!」


 僕は千手院を虚空から抜き放ち、腰を低く落として周囲に円を描くように舞った。


 刀の閃光が僕を取り囲む壁に達すると、壁が元の土へと戻っていった。


 僕は土に戻りつつあった壁を蹴り壊して先へと進もうとしたところを、


「頭に血が昇っているようね。南極の氷で、頭を冷やしたらどうかしら?」


 僕の行く手を塞ぐように一人の女が立っていた。


 腰まである長くサラサラとした黒髪。学校からそのまま駆けつけてきたのか中学校の制服を着ていた。それにいつも退魔業の時には携えている愛刀を手にしており、僕がよく見知っている織畑睦美おりはた むつみがそこにいた。夕焼けのせいで赤く染まってしまったかのようで凄く幻想的に見えた。


「僕は十分冷静だ。シゲ兄を喰われて仇を討たないような不義理な奴にだけはなりたくないだけなんだ。分かれよ、睦美」


「この街において門の先へと行く事は禁忌よ。昭夫の方こそ分かりなさい」


 睦美は僕の目を見ながら日本刀を抜いた。


「例え睦美であろうとも、僕は押し通す。僕を邪魔するなら花子も押し通す」


 さっき土遁の術で仕掛けてきたのは、光明院花子こうみょういんはなこだ。


 織畑睦美は由緒正しき霊能力者の家系のエリート。光明院花子もこれまた由緒正しき忍者の家系のエリート。僕の家系はと言うと、冴えない幽霊絵師という退魔師の中でもかなり風変わり希有な存在だった。あまりにもマイナーすぎて存在感がないというかなんというか……。


でも、二人とも僕を止めようと考えるのは分からないでもない。だけど、二人とも分かっているはずなんだ。実力の上では僕の方が遙かに上で、どう足掻いても止める事ができないんだって。


「……昭夫は分かっていないの。君を止めるのは愛情なの」


 どこからともなく花子の声が響いてきた。


 僕は声がした方角に注意を払いつつ、目の前の睦美と対峙する。気配から花子がどこに隠れているのか分かっていない僕ではなかった。


「これが私なりの愛情よ」


 睦美は刀を下段に構えるなり、タッと地面を蹴った。


 速い。


 睦美はさすがに戦い慣れている。


 気づいた時にはもう睦美の姿が眼前にあった。


「知っているだろ、僕の刀は!」


 睦美に言わせれば彼女と同格の僕がその速度に反応できて当然だった。


 睦美の下から上へと切り上げてくる刀ごと、僕は一刀両断した。


 僕の刀は人を斬れない。


 その代わり、人以外の全てを切断する。


 睦美の刀が見事に割れ、睦美の身体を包んでいた制服と下着とが弾けるように裂けていくが、睦美の素肌には傷一つついていない。


 だけど、柔肌が露出した事など気にする様子も見せず、睦美は怯まなかった。


 なるほど、名案だ。


「ひっかからないって!」


 僕の動きを止めるため全裸に近い格好の睦美が掴まえようとしてくる前に、千手院を花子の気配がしてきた方角へと思いっきり投げつけた。


「雷遁 神のイカズチ!」


 僕の予想通りだ。


 睦美が捨て身の攻撃をして懐に飛び込んで僕の動きを止める。そうしている間に花子の忍術で僕を攻撃しようといった作戦だったんだろう。もちろん、睦美は無傷でいられるはずはない。捨て身の作戦と言えた。


「くぅっ?!」


 僕の刀が忍術ごと花子を貫いたようだった。発生していた雷が爆ぜた音がした。


 その音と同時に睦美が僕の事を押し倒したけど、花子の攻撃は飛んで来たりはしなかった。


「……ごめん、睦美……」


 裸同然の睦美。


 露わになっている胸を掴んで揉むと、睦美の顔がパッと真っ赤になる。


「きゃっ!?」


 久しぶりかもしれない。睦美がこんなに可愛い声を上げたのを聞いたのは。


 一瞬、力が緩んだのを見逃す僕ではなかった。


「……ッ」


 睦美の腕を掴むなり思いっきり投げ飛ばした。


 僕は立ち上がって睦美を見た。


 打ち所が悪かったのか、上手く立ち上がる事ができず足掻いていた。


 花子がいた方を見た。


 雷の爆発に巻き込まれたのか、花子は地面に突っ伏していて、気絶しているようでピクリとも動いてはいなかった。


「……創刀 千手院」


 僕の刀の名を呼び、再び虚無から刀を抜いた。


 千手院は僕の造りだした刀だ。何もない空間から僕が思えば、刀が出て来る。いわば僕の想像の産物とも言える武器だ。だから僕が念じた通りに動いてくれる。戻れと言えば戻ってくるし、僕の思い描いたとおりの動きをしてくれたりする。


「……行かないと。逃げられちゃう」


 僕は一刻も早く門へとたどり着かないといけない。シゲ兄を喰い殺したあいつを許すわけにはいかないんだ。


 走り出そうと思った時だった。


 僕が進もうとしていた方から人の気配がした。


「……織畑の小娘も、光明院の小娘も生娘かのう。詰めが甘い」


 嗄れた老人の声だった。


「……誰だ?」


 一歩一歩ゆっくりと歩いているのだろう。その姿がおぼろげながら見えてきた。


 白髪と白い髭を生やし、作務衣を着た猫背の老人であった。飄々としていて、とらえどころがないように感じる。


「……わしか? わしは天津南方あまつみなかたじゃ。聞き覚えは……あるまいな」


 天津南方と名乗った老人は僕と距離を取るように足を止めた。


「二十代では坊主を殺してしまいそうじゃ。五十代と行くかのう」


 老人はニヤリと笑った。すると、老人の身長が伸び始めて、猫背が治っただけではなく顔つきが老人から精悍な中年へと変化していく。まるで別人と入れ替わったようだ。言葉通り、五十代の男に変化したように思える。


「……敵か?」


「瞬殺する」


 僕は千手院を構えたのだけど、一瞬、目の前が真っ白に染まったと思ったら、いつのまにか地面に倒れていた。しかも、全身に激痛が走っていて、身動きさえ取れなくなっていた。何が起こったのかさえ把握できてなくて、僕は混乱した。


「……な……なに……を……ぉ……」


 声を出そうと思っても、痛みのせいで声が全然出せなかった。


「二発ほど拳をたたき込んだのじゃが見えてはいなかったようじゃな。これならば六十代でも良かったかも知れぬ」


 老人の失望の色を含んだ声がするのだけど、顔を動かす事ができなくて、見る事さえできなかった。どうして倒れているのか、どうして全身が痛いのか、僕には理解できていなかった。


「……お、お待ち……く、ください……」


 睦美の声だ。


 目を動かすのが精一杯だけど、睦美どころか老人の姿を今の視界では見つける事ができなかった。


「小娘、何用だ?」


「……止めは……お待ちください……」


 僕はもうここで終わりなのか。


 禁忌である門を目指してしまった僕はここで終わるのか。


 シゲ兄の仇を取れないまま、僕は終わってしまうのか。


「……案ずるな、殺しはせんよ。ただし、幼い精神に天地創刀は少々厄介だな。精神が成長するまで制限をかける必要があるようじゃな」




 そういえば、この記憶は今の僕は知らない。


 覚えていないんじゃなくて、封印されてしまったのだ、刀を生み出す天地創刀と共に。


 そのためか、かかっている制限が解放された時、僕は思い出すんだ。


 この記憶を。


 この思いを。


 忘れてはいけない激情の末路を。


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