理事長室突入 ―全ての元凶―
20人余りの隊員たちが一斉に動いた。予め用意しておいた教師の氏名リストに基づき、主任以上の教師たちが強制的に連行されていく。そしてそれ以外の者たちにも、軍警察への任意同行が求められた。まぁもっとも、一切の拒否はできないだろうが。
居並ぶ教師たちが連れて行かれる中で、1人の若い教師が叫んだ。
「だから言ったんだ! こんなこといつまで続けられるはずがないって! 自殺を企図する生徒が出てそこから大問題になるって! それなのに上から下まで誰一人耳を貸さなかったじゃないか!」
その叫びに誰も答えない。無論、教頭も、校長も。視線をそらして事ここに至っても他人事だ。だが彼は叫んだ。
「明日からの生徒たちの授業! どうすればいいんだよ!」
あぁ、やはりそうだ。心ある者たちはやはり問題が深刻な状況に至るであろうと分かっていたのだ。
私はその叫んだ彼に対してこう告げたのだ。
「ご心配なく」
「えっ?」
「すでに手は打ってあります。一切の不利益は生徒たちへは残しませんので」
私の視線に対してその若い教師は頷いていた。
こうして、この学校の教師たちは一網打尽にされた。その連行という事実に対して教師たちはさしたる抵抗は起こさなかった。まるで自分たちに対していつか鉄槌が下されるのを分かっていたかのように。
私は傍らのリザラム候に告げる。
「リザラム大隊長、ではいよいよ」
「うむ、理事長の所へと向かいましょう」
「えぇ、今回の問題の発端です。そこを解決しない限りこの学校の生徒たちには未来はありません」
「では」
「参りましょう」
こうして私とリザラム大隊長はこの学校の理事長の所へと向かったのだった。
† † †
私たちは校舎の中を歩いた。建物の3階、そこに理事長室がある。重厚な両開きの扉を私とリザラム候は同時に開け放った。
――バンッ!――
その時私たちの視界の中に映ったのはマホガニー製の重厚そうな両袖の机の肘掛け付きの椅子に腰を下ろして、事務用品としては高級で未だに希少である〝タイプライター〟を夢中になって叩いている若い男がいた。
その彼の机の正面にはこう記されたプレートが掲げてあった。
――チェフディレクトーロ――
それは〝理事長〟を意味する言葉だった。
私達が入室しても彼は全く反応を示さない。完全に自分の世界の中に入り込んでしまっているのだ。到底、組織のリーダーを担えるような人物ではない。
ほんの少し反応を待ったが、それでも何の対応もなかったから私達は実力行使に入った。
――ドンッ!――
リザラム大隊長が強く足を踏み鳴らした。理事長の彼はそこで始めてようやく気づいたらしい。
正面から顔を見れば小柄で細面、スリムというより華奢という方がふさわしい。こういう手合いでも優秀な人物はいくらでもいるが、世の中にはそうでない場合もある。
彼はきょとんとした顔をして私たちに問いかけてきた。
「だ、誰?」
間抜けという言葉があまりのぴったりな反応だった。リザラム大隊長は右手で額を押さえて顔を左右に振る。私は大きく息を吸い込むと彼に対して問いかけた。
「本学校の理事長であらせられますか?」
「そ、そうだけど? 君たち誰?」
この一言ではっきりした。この人は社会性が全く身についていない。自分の置かれている立場にふさわしい言葉遣いと言うのが全く身についていないのだ。
私とリザラム大隊長は互いに顔を見合わせながら彼の真っ正面へと歩み寄った。
「失礼する。フェンデリオル正規軍軍警察首都警備部隊大隊長を勤めているリザラム・マオ・レオカークと申します」
彼に続いて私も名乗る。
「特級職業傭兵を務めておりますエルスト・ターナーと申します。理事長殿にお聞きしたいことがあり参上いたしました」
「えっ?」
事ここに至ってなおも彼は現状を理解していなかった。リザラム大隊長が問う。
「理事長、あなたは本学校の現状についてどれだけ把握してらっしゃいますか?」
「極めて重要なことです。今ここで速やかにお答え頂きたい」
私も理事長に向けて強く問いただした。だが私たちの厳格な態度を前にしても彼の〝緩さ〟は変わらなかった。
「さぁ?」
想像を超える間抜けな答えだった。
「知らないよ。校長と教頭が全部やってくれるから。二人が言うんだよ〝理事長はここに座って好きなことをやっていれば結構ですから〟って」
信じがたい答え。だがこの間抜けな男は二人の姦臣の讒言をまともに信じしていたというのだろう。
間違いない。この学校がここまで混乱に至ったのは、間違いなくこの男が原因だ。私の口から強い言葉がついて出た。
「あなたはそれで本当に理事長という職務が務まるとお思いなのですか?! 組織の長として自分の足元がどういう状況になっているのか自分自身の目と足で確かめることができないのですか!」
私に大声で怒鳴られて理事長はすぐに涙目になっていた。相手から強い敵意を叩きつけられて弁解も反論も対抗する事もできないのだ。
呆れ果てたリザラム大隊長は吐き捨てた。
「これがあの〝教育のタンツ家〟と呼ばれた名家の後継者なのか?! まったく! 呆れて何も言えん」
なおも呆然としたままのお坊ちゃん理事長に私は告げた。
「現在本校は軍警察の首都警備部隊による強行突入と強制臨検を受けている状態にあります。教師上層部による〝寄付金強要〟が認められたため、証拠保全と重要容疑者の身柄確保のために学校はすでに軍警察の制圧下にあります。これは政府の関連省庁による承認に基づく行為です」
そして私は言った。
「あなたにもそれに基づく法的責任があります」
リザラム大隊長が告げる。
「理事長、あなたの重要参考人としてご同行いただきます」
私たちの真剣な言葉を耳にして彼は驚くような反応を返してきた。
「ええ? なんで?」
どうしてこういう反応ができるのか? もはや理解不能の領域にまで到達していた。
「悪いことをしたの僕じゃないよ! 悪いのは校長たちだろ? 僕は知らないよ!」
理事長の彼は素のままで怒鳴り声を上げていた。その幼稚な振る舞いにリザラム大隊長は呆れ果てていた。
「なさけない、まるで子供だ!」
私も怒るというより戸惑うしか無かった。
「なぜこのような人物が理事長に?」
そうつぶやいたときだった。
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