軍警察警備部隊突入開始
彼にはマリーツィアの切なる思いが理解できていた。
「あの子がなぜ看護学校に行きたかったのかが、よくわかりました。あの子はね自分自身がこの傷だらけの体では人並みの結婚はできないと諦めていたんですよ。そして、少しでも世の中に関わりを持つ方法として看護師になることを夢見た」
私は言う。
「でも彼女はそれを潰されてしまった」
「ええ、強欲でバカな親にね」
彼は肩を震わせながら大きく息を吐く。そこには憤懣遣る方ないと言う忸怩たる思いが滲み出ていた。
彼は声を荒げた。
「何が、街の守りのザラム男爵か! 何が大隊長か! 身近な親戚の娘一人助けてやれなくて何の意味がある! ましてやあの子が日々通っていたこの学校、そこで行われていた悪事を見抜くこともできず多くの子供たちの苦しみを生み出してしまった」
そして彼は私の方へと視線を向けながら言った。
「ルスト特級! 今夜こそ、この学校に通う若者たちすべての苦しみに決着をつけたいと思います」
「望むところです。絶対に明日には持ち越しさせません」
「同感です」
そして彼は一区切りおいてこう語った。
「マリーツィアの方は、現在、私の配下の警備部隊女子隊員に体を見聞させて調書をとっています。女医による診察も明日受けさせるつもりです。証拠が揃い検察の許可が取れ次第、マリーツィアの両親を児童虐待の容疑で逮捕します」
「賛成です、もうあの両親を野に放ってはなりません」
フェンデリオルでは児童虐待は罪が重い。衝動的なものではなく習慣的に長期にわたって行われていると罪はさらに重くなる。
片方の親が虐待を行なっており、もう片方の親がそれを見過ごしていたならば、必要な保護を怠ったと見なされて共犯扱いになる。
マリーツィアの両親はどちらも厳しい結果になるだろう。
「無論です。そして――」
彼がそう口にした時、周囲から数多くの巡回警備部隊の隊員たちが集まってきたのだ。その数ざっと見て100名以上。
「この学校に巣食う悪夢を今夜限りで断ち切る!」
――ザッ!――
リザラム候のその言葉に合わせるかのように、左右に4列縦隊で正確に並んだ。彼は叫ぶ。
「状況報告!」
「はっ! 学校敷地周辺に警戒要員を展開完了! 一切の逃亡の余地を封じました!」
「よし! 全員傾聴!」
「はっ!」
100名以上が一斉に声を上げる。
「これよりオルレア中央上級学校への強制捜査を行う! 寄付要求を装った教師による生徒への恐喝行為! 一部生徒を弱みを握り他生徒への加害行為の強要! これらに対する容疑で主任級以上の職員は全てその身柄を抑える! それ以外の教師や職員たちも取り調べのために同行していただく!」
この場合の同行は基本的には任意だが、状況の悪質さから見て実質的には任意ではなく強制的に軍警察へと招かれることになるだろう。
「並びに、本校へと集められた寄付は本来の目的で使われることなく一部学校職員により、私的に着服・運用されていることが判明している! 二重帳簿や隠し目録などなんらかの証拠が隠されている! 学校の全ての施設をくまなく調べろ! 塵ひとつ小石ひとつ、見逃すな!」
「はっ!」
彼は語り終えた、機は熟した。彼は牙剣を抜剣した。
「全隊! 突入!」
「了解!」
「いくぞ!」
「おお!」
そして今ここにオルレア中央上級学校への強制捜査が開始されたのだ。熱い熱い夜の始まりだった。
私も彼らと共に学校校舎へと流れ込んだのだった。
† † †
号令がかかった後の正規軍人の動きは早かった。
一糸乱れぬ動きで機械のように正確に事前に頭に叩き込んだ学校校舎の構造を基にして中隊小隊分隊のそれぞれに分かれて一つ一つの教室や教師控え室、倉庫などをくまなく調べていく。
教師全員での会議が行われているということもあり、ほとんどの部屋には人影はなかった。
途中、見回り警備の当直の人間に出くわしたが、抵抗したのは初めのうちで、フェンデリオル正規軍の軍警察による強制捜査であることを知ると、抵抗するだけ無駄だとすぐに悟りさしたる抵抗は見られなかったのだ。
「探せ! 学校運営の不正の証拠となるものはすべて押収しろ!」
「内容はここで精査しなくともよい! 学校側には後日返却するとだけ伝えれば良い!」
「教師と父兄との間の過剰な金銭や金品の授受は収賄の立証証拠となる!」
「小隊長! 生徒指導の記録日誌が発見されました」
「押収する! 内容は後ほど精査する! いかなる情報も見逃すな!」
「はっ!」
まさに草の根を分けて根こそぎ奪い去る勢いだ。
フェンデリオルは一般に言う警察が無い。
軍の憲兵部隊から派生した軍警察が、国家内の犯罪取締と治安維持を担っているためだ。
そのため一般的な他国の警察や兵部と異なり、犯罪取り締まりに対する行動は苛烈を極めると言われていた。すなわち軍隊の敵軍摘発と討伐を、その行動の基本においているためである。
犯罪が敵国行動につながっているのは珍しくない。その意味では犯罪すらも軍の敵であるのだ。
そしてその日、フェンデリオル軍警察の最大規模クラスといわれる強制捜査作戦が行われていた。
着々と証拠の確保が行われる中、
途中、教師でない一般職員に出くわすが、軍警察の隊員たちの怒涛の集団に恐れをなして皆立ちすくんでいた。
リザラム候と行動を共にしている小隊長が、その学校職員の一人をとらえて問いただす。
「教師たちはどこだ?」
「に、二階の大会議室です」
「よし、行っていいぞ」
2階へと向かい階段を駆け上る。大会議室の制圧には私とリザラム候の他に20人ほどが同行していた。
軍警察の隊員たちは常時左腰に牙剣を帯同している。あえて威圧感を出すために全員に抜剣が命じられた。
「抜剣!」
「はっ!」
20人余りが一斉に剣を抜く。白銀色に輝くソレを右手に握りしめながら、会議室の扉を開いて私と彼らは一斉に大会議室になだれ込んだ。
その先陣を切ったリザラム候が一気呵成に叫んだ。
「フェンデリオル正規軍中央首都軍警察警備部隊である! 全員動くな!」
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