駆けつけた3人の男たち
「ここに居て」
「はい……」
私は彼女から手を離して立ち上がるとアレディア夫人に詰め寄った。そして、渾身の力を込めてアレディア夫人のその頬をひっぱたいたのだ。
――パアンッ!――
甲高い音が響く。驚いた顔をしている夫人に向けて私は言い放った。
「あなたは自分の子供を何だと思っているのですか! 子供は憂さ晴らしの道具でもなければ、欲望を実現する道具でもない! ましてや虚栄心を満たすためのアクセサリーでもなければ、首に縄をつけて飼う家畜でもない! 万に一つでもマリーツィアさんの気持ちを汲んで接してあげたことがあるのですか?!」
それでもこの人にはこの人なりの理由はあったらしい。
「何を言うの! 良い家柄! 良いお相手! そう言う良縁を探してあげて何が悪いの!」
すると離れたところからマリーツィアが渾身の反撃を放ったのだ。
「いい加減にしてよ! 30過ぎの離婚歴のある男なんかと結婚させられて嬉しいわけないでしょ!」
さすがにその事実には私も唖然とさせられた。
「なんですって?」
「鉱山投資で一山当てた成金候族。女にだらしがない中年男! お父様とお母様で勝手に話を進めて私をその男に差し出そうとした! その男の財産が欲しかったから!」
あんまりな事実に私は血が逆流する思いがした。アレディア夫人の襟元を掴むとそのまま壁と押し付ける。
もうだめだこの女は許せない。
「あなたという人は! 自分の娘を何だと思っているの!」
マリーツィアの叫びは響いた。
「私の幸せじゃなくて、向こうの財産が目当てじゃない! あなたはいつでも金金金! あのお父さんと結婚したのも財産が理由! 今度は私の人生もお金に変えた! 私の世話も金さえ渡しておけばいいと思ってる! 私専属の小間使い役も金がもったいないからと言ってその場しのぎの人しか用意してくれない! 金遣いの荒さと見栄っ張りとけち臭いところだけは人一倍! あんたなんか母親じゃない!」
そして彼女は大声を上げて崩れるようにしながら、最後の言葉を吐いたのだ。
「私の人生、返してよ! 普通の人生、返してよ!」
そこからは全く言葉にならなかった。床に突っ伏して泣き続けていたからだ。その彼女の姿に私は、2年前に家から飛び出した時の自分を重ねずにはいられなかった。
私はアレディア夫人を壁に押し付けたまま怒声を浴びせかけた。
「今回こうやって事実が明るみに出たけど、そうでなかったらこの子は間違いなく人生に絶望してる! 自ら死を選ぶ! そうなったとしてもあなたは涙ひとつ流さないでしょう。いかにも迷惑そうに愚痴をこぼして終わり! あなたの願望を邪魔するから! あなたは親じゃない! 人殺しも同じだ!」
私も怒りで抑制が効かなくなっていたかもしれない。必死に暴発するのを抑えながら彼女へと言い放つ。
「人殺しが親を名乗るな!」
親に理解されないこと、親から愛情を注がれないこと、その事の苦しさ辛さは私自身がいやというほどわかっている。
アレディア夫人から手を離すと、それ以上何も言わずにマリーツィアへと歩み寄る。そして彼女の体をそっと抱き起こしてあげた。
「マリーツィア大丈夫よ。私と一緒に行きましょう」
「えっ?!」
すっかり泣き腫らして目元を赤くしていたマリーツィアは戸惑うように私を見つめていた。
「この家にもうこれ以上いる必要はないわ。あなたの、あなた自身の人生を歩みたいというのなら、力になってあげる」
「えっ? でも――」
彼女は戸惑いの理由を口にする。
「私は――、アルセラさんに酷いことをしました」
「うん。それは分かってる。でも今なら〝ごめんなさい〟は言えるわよね?」
マリーツィアは必死に顔を上下に振った。
「それで十分よ。この家の中でこれ以上苦しむ必要はないわ。さ、立って」
「はい」
震える体でよろよろと立ち上がる。そんな彼女を支えながら私は歩き出した。
アレディア夫人の声が聞こえる。
「ま、待って! どこに連れて行くの!」
私は立ち止まって彼女へと振り返りながら追い払ったのだ。
「あなたの手の届かない所よ!」
私にはどうしても許せないものがある。
国を売る国賊、
人の心をもてあそぶ卑劣漢、
そして、自らの子供を自分の欲望のために使い潰そうとする悪い親、
マリーツィアを連れて応接室から出て行く。私の背後ではアレディア夫人は何も言えずに呆然と佇んでいた。
部屋の外へと出て廊下へと出ればあの肥満執事が汗をかいて狼狽えていた。
「こ、困ります! お嬢様を連れて行かれるな――」
「どきなさい!」
そいつの言葉を一切耳を貸さず私は叫んだ。私の剣幕に恐れをなして道を開ける。館の玄関へと迎えば、扉を開けて入ってくる人物が3人いた。
「マ、マリーツィア!?」
泣き崩れてすっかり憔悴しているマリーツィアに慌てて駆け寄るをとしている中年男がいる。痩せこけたいかにも物欲だけが先行してそうな男だった。雰囲気からして彼女の父親だろう。
「マリーツィアどうした? 何があった」
だが私は彼を遮った。あの結婚の話を聞かされた今ではこいつも許せない。
「来るな! 娘を売り飛ばすような真似をする貴様を父親と認めるわけにはいかない!」
「な、何を言う! そもそもお前は誰だ!」
強い剣幕で言い放つ私にマリーツィアの父親は食ってかかってきた。誰がその背後から声が聞こえる。
「彼女はエライア・フォン・モーデンハイム、またの名をエルスト・ターナー、モーデンハイム家のご令嬢にして、国家的英雄の特級傭兵ですよ」
その声の主には聞き覚えがある。
「リザラム候?」
リザラム候は頷いている。そして彼の隣の人物にも見覚えがある。
「それにレオカーク本家御当主様」
「いかにも。カロル・ゲー・レオカークと申します。こちらにモーデンハイムのエライア嬢が向かわれたというので慌てて駆けつけた次第です」
「どうしてそれを?」
すると彼は傍らのリザラム候に視線を走らせた。リザラム候は言う。
「以前に見覚えのある馬車が通り過ぎたので、もしやと思いまして部下をすぐに走らせて探させておりました。それでこのグース家にたどり着きまして、グース家とモーデンハイムの間にて何か一悶着あったのではないかと心配になりましてな。急ぎ、レオカーク本家当主に知らせたのです」
さすが軍警察の大隊長を勤めるだけはある。ほんのわずかな情報からそこまで読み切ってここに駆けつけたのだ。
カロル候も真剣な表情で言った。
「私の方にもモーデンハイムから公開質問状が届きましてね。リザラムの知らせもあって慌てて駆けつけたのです。グース家とモーデンハイムとの間の騒動については詳しく聞き及んでおります」
私はあくまでも二人に対して挨拶の言葉を述べた。
「リザラム候も、カロル候も、ご足労ありがとうございます。詳しくお話ししたいのですがここではさすがに無理があります。それにこちらのマリーツィア嬢をこの屋敷から〝保護〟する必要があります」
「保護?」
「ええ、そうです。リザラム候」
仔細を知っているというカロル候はさらに尋ねてくる。
「確かに尋常ならざる状況ですな」
「ええ、彼女は今回の問題の当事者ですが、彼女もまた被害者の一人です。そしてここにいる彼女の父親」
私がそちらへと視線を走らせれば、カロル候もリザラム候も、マリーツィアの父親を睨みつけた。私は言った。
「彼の候族分家当主としての能力には著しい欠陥があると言わざるを得ません。自らの娘への理不尽な扱いの放置、金銭目当ての当事者の意思を無視した強引な政略結婚、その他にも掘り出せば山ほど出てくると思います」
「やはりそうか」
カロル候は大きくため息をついた。
「その彼女の父親君であるカプロス候には資質その他に問題があるとする意見がかねてから寄せられている。検討を進めている最中だったのだが、どうやらそれは結論が繰り上がるようだな」
私とマリーツィアとリザラム候とカロル候、余人に睨みつけられて、マリーツィアの父親のカプロスは完全に言葉を失っていた。
彼を無視して私たちは外へと出ていく。
館の扉を閉めて四人だけの場で私は告げた。
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