転生した受験生の異世界成り上がり ~別視点バージョン~
hisa
第1話 転生前夜
窓の下で展開されている光景に、驚愕した。
「ここからイント君の訓練を見るの、私すごく好きなのです」
隣で暢気そうに呟いたのは、この街の領主であるシーゲン子爵の娘、ユニィ・シーゲン様。月に3回、わたしが算術を教えいて、今日もそのために朝早く起きて領主の館まできた。
そしてユニィ様が部屋にいなかったので、探しに来た結果、このとんでもない光景に出くわしたというわけ。
「ほらっ! そんなこっちゃ魔物の突進をかわせないぞ? ほらほら! 反撃も忘れんなよ!」
小さな男の子が、父親と思しき男の茶化すような剣戟を、必死な顔で次々かわしている。だけど、それがそもそもおかしな光景だった。
剣戟は子ども相手に茶化しながら繰り出されるような速度ではなく、そのための訓練を受けた兵士でも一太刀で切り殺しそうな鋭さがある。それが、素人のわたしでもわかるのだ。
なのに、1合も木剣を合わせることなく、ステップと体捌きだけでかわしていく。
「あれはどちらさまですか?」
好奇心に負けて、ユニィ様に訊ねてみる。
「あれはコンストラクタ村の領主のヴォイド様と、その御子息のイント君とリナちゃんなのです。ヴォイド様はうちのお父さんのお師匠様で、とーっても強いのです」
ユニィ様は視線もそらさず、じっと練習風景を見たままだ。
シーゲン子爵は、王都まで陥落しかけた10年前の戦争を最後まで戦い抜いた人で、典型的な英雄だ。最近は心も体も丸くなったと評判だけど、武勇伝には事欠かない。
「ええ。じゃあ、あれが『闇討ち』のヴォイド様?」
そう言えば聞いたことがあるかも。シーゲン子爵が昔、部下にしようと冒険者に勝負を挑んで、負けたことがあるらしい。その冒険者は、結局シーゲン子爵の部下になって、命令無視等、度々問題は起こしたものの大活躍したのだそうだ。
それがあの人なのか。噂どおりのイケメンで、今でも年かさの女性冒険者にはファンが多いらしいが、納得できる。
「あー。『闇討ち』って二つ名、言うと本人も父上も怒るから気をつけて欲しいのです」
気のない感じで、ユニィ様が注意してくれる。
それにしても、ヴォイド様、色気あるなぁ……。ああいう雰囲気は苦手かもしれない。
「おにいちゃーん。あたしともしあいやろー」
眼下では、見学していたさらにちっちゃい女の子が、短い棒を持って立ち上がった。それを合図に、男爵様の手が止まる。
肩で息をしていた男の子は、ホッとした様子で剣を降ろす。よく見ると、とてもカワイイ顔をしている。栗色の柔らかそうな髪の毛に、白い肌、口元に小さなホクロがある。少しタレ目なのは、父親譲りだろうか。
「おー。試合か。よしイント。相手をしてあげなさい」
「わかったよ。リナ、おいで」
男の子———イント君は、父親にうながされるまま、汗で張り付いた髪の毛をかきあげて、再び木剣を構える。
遠くから見ているだけなのに、胸がざわつく。見た目もカワイイし、頑張っている感じもとても良い。ちょっと儚い気配に、思わず抱きしめたくなる。
「やー!」
リナちゃんが、驚異的な脚力で、大人の3歩を1歩で詰める。この子も常人ではなかったらしい。
「フッ!」
イント君は不思議なステップで、それをかわす。リナちゃんはものすごい笑顔で、ジグザク飛び回っていて、それでも一向に当たる気配がない。
その後はしばらく、鋭い呼吸音と、リナちゃんが剣を振る風切り音だけが周囲に響き渡っている。
「イントー。かわしてばっかじゃ勝てないぞー」
父親が観戦しながら暢気に野次をとばしたことで、事態は動いた。
「そんなこと言っても、こんなのどうやったら アイテッ」
イント君はあっさり野次に気を散らせて、リナちゃんにポカリと頭を叩かれた。
「わーい!あたしのかち!」
イント君は頭を押さえて蹲っている。あれは痛そうだ。
「よっしゃ。次は槍を練習するぞ! パッケ、手伝え」
すでに疲れきっているイント君に、ヴォイド様は容赦がなかった。後からやってきた執事さんにも相手をさせる。イント君は槍、執事さんは剣だ。
槍と剣だと、槍のほうが有利と言われているが、イント君は手も足も出ていない。ちょっとかわいそうになってくる。
ふと、こちらを見上げているヴォイド様と目があった。爽やかな笑顔で、ヒラヒラと手を振ってくる。
そこで我に返った。見惚れている場合ではない。
「さぁ、ユニィ様。そろそろ良いでしょう? 今日は算術の日ですよ」
「えー、算術きらい」
ユニィ様は嫌がりながらも席を立つ。わたしは微笑んだままこちらを見ているヴォイド様に一礼して、ユニィ様と一緒に部屋を出た。
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