SFコメディ探偵活劇:ラーメンダイバーテツ~とんこつラーメン替え玉硬め青ネギ追加(麺職人誘拐事件)~

デバスズメ

序:「はい、チャーシュー麺と餃子でヤンス」

「はい、チャーシュー麺と餃子でヤンス」

交通情報ラジオがBGMの寂れたラーメン屋の昼下がり。語尾ヤンスの少女が、たった一人の来客に食事を運ぶ。透き通った醤油スープに縮れ麺、メイン具材は小ぶりだが肉厚なチャーシューが五枚ほど。脇を固めるのはメンマが二本と薄切りのナルトが一枚に海苔が一枚、さらにアクセントに小口切りの長ネギが少々。20世紀から1000年以上に渡って根強い人気を誇る中華そばスタイルの醤油ラーメンだ。


たった一人の来客、ヨレヨレのトレンチコートとベテラン刑事の気配を羽織った男は、料理を見るなり険しい顔が綻び思わず笑みが溢れる。

「フフッ、これよこれ」


男は慣れた手付きでテーブル脇に積まれた小皿を取り、醤油と酢を同量注ぎ、そこにラー油を数滴加える。そしてすかさず割り箸を手に取り、これまた慣れた手付きで割り箸を割ると手早く特性の餃子タレを混ぜ合わせる。


餃子のタレを完成させた男は一旦箸をラーメンどんぶりに載せ、テーブル脇からコショウの小瓶を取ってパッパッと粉末コショウを振りかける。引き立ての粗挽き胡椒もあるが、あえて粉末コショウを使うのがこの男のスタイルだ。


「さあて、それじゃいただきますか」

男は割り箸で麺を拾い上げ、フーフーと息を吹きかけて適度に冷ます。そして、


ズゾゾゾゾッ!!


縮れ麺に絡んだスープとともに一気に啜り上げる。ほのかに香るコショウの香りがアクセントとなり、更に男の食欲を刺激する。


ズゾゾゾゾッ!!


ズゾゾゾゾッ!!


麺を数口食べたあたりでチャーシューを1枚頬張る。チャーシューといえばとろける脂身というイメージが強いが、このチャーシュー麺のチャーシューは脂身がやや少ない。その代わりに噛みしめるほど旨味が滲み出す肉感が強い。


チャーシューを噛み締めて口の中がしょっぱくなったところで、すかさす麺を啜り込む。


ズゾゾゾゾッ!!


ここでひとまず落ち着いて、横の餃子に目をやる。小ぶりの餃子が5つ並んでいる、これまた古式ラーメン屋スタイルの餃子だ。男は割り箸を器用に使い、手前の方から皮が破れないように1つの餃子をつまむと、先程ブレンドした特性餃子タレに漬け、一気に一口で頬張る。


熱々の餃子がタレに漬けたことにより適度な温度となり、ひき肉と白菜の旨味が口いっぱいに広がる。

「うん……うん……」

男は餃子を噛み締めたまま“この味だ”と言わんばかりの表情で頷く。そして餃子を飲み込むとほぼ同時にスープをレンゲですくい啜る。スープに紛れて入ってきた長ネギを噛み締めると、鶏ガラ出汁ベースの優しい旨味と長ネギの爽やかさが加わり餃子の味がリセットされる。そこにすかさず麺だ。


ズゾゾゾゾッ!!


さらに続けてチャーシューと麺、そして餃子をサイクルし、時折箸休めのようにメンマやナルトを使いながら食べ進めていく。


男は黙々と食べ続け、一気に食べきったところで箸を置いた。

「いやあ、美味かった」

男は満足そうな顔で、調理場で椅子に座って新聞を読む店主に声をかける。

「おう、まいどあり」

店主の男は新聞から顔を上げずにぶっきらぼうに答える。


「しっかし、ま、いつ来ても俺以外の客がほとんど居ねえが、よく店が潰れねえもんだね」

「何言ってヤンスか!もう昼時はとっくに過ぎてるでヤンスよ。こんな時間に来るのは刑事さんくらいなもんでヤンス」

語尾ヤンスの少女は店主を庇うかのように訴えるが、常連の刑事は笑って軽くあしらう。毎度おなじみのやり取りだ。


「ハハッ、分かってる分かってる。……それとテツ、今日は“幻視ビジョン”の知らせだ」

「……ほう?」

さっきまでまるで興味がなさそうに新聞を眺めていた店主のテツが聞き耳を立てる。

「時刻は今日の午後三時過ぎ、オッドアイの女がやって来る。警察俺たちには話せない話を持ってくるはずだ。頼めるか?」


「ククッ……任せろ。俺は美味いラーメンが食えればそれでいい」

テツの声は明らかに期待に満ちた声だった。それを聞いて刑事も「今回も任せて問題ないだろう」と安心する。


「じゃあ、後は任せたぞ」

そう言うと刑事は席を立ち勘定を済ませて店を出た。


テツと語尾ヤンス少女だけが残された店内で、テツは新聞を閉じて立ち上がる。オールバックの特徴的な髪。鋭く睨むような目。そして、やや細身ながらも引き締まった職人の肉体。テツは、これから起こるであろう出来事に備えて武者震いしていた。

「おい、ヤス。本業の時間だ。手ぇ抜くんじゃねえぞ」


「はいでヤンス!」

語尾ヤンス少女、ヤスは元気に返事をするとにっこり笑い、これから訪れる来客に備えて準備を開始した。

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