映画『猫である』

座っていたら猫がきた


「あの台詞を言ってくれないか」


猫が喋ることに吃驚はしたが


「あの台詞って?」

「あの台詞とは、あの台詞だ」

と、何故か押し問答になった


猫は譲らない、私も譲らない


「もともと、あの台詞はキミから言うじゃない」

記憶が間違いないなら、あの台詞は猫から言うのだ

いいや、猫からはじまるのだ


「そうだったか、でもあの台詞を言いたい」

だから尋ねてはくれないか


猫とは言い争いになりたくなかったので

「んん、」

と唸る


尋ねるのは簡単だけど捻りがない


簡単にすましてしまうと

せっかくの喋る猫とお別れになってしまう

そういえば、あれは台詞ではなかったなと思い出した


「まず決めポーズから変えてみたらどう?」


尋ねやすくなるよ、と言う


「そうかな」

猫は背筋をピンとさせて座る

「そうそう、で前足を揃えて」

猫は前足をピンと伸ばす

「尻尾は、そうだな、体の線にそえる感じで」

猫は尻尾をくるりと後ろ足から前足までの線にそえた


「これでいいか? さあ台詞をお願いしたい」

「んん、」

今度は唸る真似をして、

(きみは猫かい?)

(きみに名前はあるかい?)


「どうしたんだ言ってみろ、それとも何か吾輩を食べる算段か?」

「いいや、いいや」

もっと話していたいのだ、と素直に言うか?


猫は、そわそわし始めて、期待の目を私に寄越す


「ねえ、あの台詞を言っても、この場にいてくれるかい?」

「……」

「語ってくれないか、きみのことを」

「……そうさな」


「――吾輩は、」

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