10_祝福なき日々3

「でぁっ!」


 一気に踏み込んで、相手の前腕に剣を叩きこむ。

 相手は短い悲鳴を上げて剣を取り落とし、それから俺を睨みつつ、小さく「まいった」と告げた。

 団員たちがざわめく。


「おい、加護なしがまた勝ったぞ」


「剣だけ振れてもしょうがねえよ。あいつ攻撃魔法撃たれたら終わりだろ」


「剣の腕は確かだと思うし、学ぶべきところも・・・」


ぇよ。わけわかんねーこと言うな」


 鉄の剣と鎧にも魔力は通せるが、随一の魔力伝導率を持つ銀とは比べるべくもない。

 鉄の剣の攻撃は、そこに魔力が込められていても剣でガード出来る。銀の剣のように、ガードしても問答無用で吹き飛ばされたりはしない。

 もっとも、やはりガードのうえからダメージは負わされるので、そう何度も防ぐことは出来ないが。


 また、鉄の鎧は銀の鎧と違い、全身を魔法障壁で覆うことはできない。

 何度も打ち込み、隙間を探すことで、剣を届かせることは可能だ。


 だから、鉄の装備を纏った一般団員が相手なら、俺は自らの剣技を拠り所に戦えていた。

 今日の剣術訓練も、ここまでは全勝だ。

 だが、そろそろだろう。

 団員たちのざわめきを背景に、次の展開を予想していたら、その予想をなぞるように、銀の装備を身に着けた幹部が前に出てきた。


「よし、次は俺が相手だ」


「おおお、待ってました!」


「頼みますよ隊長どの! 目にもの見せてやってください!」


「おい、加護なし! 調子に乗るのもここまでだ! 身の程を弁えていれば良いものを! 思い知れ!」


 最後の台詞は、たった今倒した相手のものだ。

 これがいつもの展開。


 加護なしのくせに、愚かにも調子に乗っている男を、女神ヨナの祝福を受けた者が正義のもとに断罪する。

 とても分かりやすい勧善懲悪だ。

 このエンターテイメントに、団員たちはおおいに沸き立つのだった。


 ◆


 倒れ伏す俺に降り注ぐ嘲笑。

 木の葉のように吹き飛ぶ加護なし男の姿は、第五騎士団の剣術訓練の名物と言えるだろう。


 俺は何度地面を転がろうと、どんなに苦しかろうと、決して剣を手から離さなかった。

 その姿は皆の目にはこの上なく滑稽に写ったようで、彼らの嗜虐心をいっそう刺激するのだった。


「おやまあ、まだ剣を握ってるよ」


「いつも頑なに離さないよなあ。持ってたところで意味ないだろうに」


「つーかさっさと立てよ! 寝てんな!」


 俺は罵声を受けながらどうにか立ち上がり、剣を構えた。


「よし、次は僕かな。よろしく」


 銀の装備を身に着けた別の男が出てくる。

 その表情には愉悦が張り付いていた。


 ◆


 訓練が終わり、井戸で傷を洗う。

 今日も見事にぼろぼろだ。


 むかし家の書庫で見かけた、ある手記のことを思い出していた。

 被虐趣味に目覚めたどこかの国の男爵の手記だ。

 マゾヒズムとか言うんだったか。

 心身に苦痛を与えられることに喜びを感じてしまう男爵が、自身の倒錯性を恥じながらも貴族社会を生きていく話だ。


 あまり興味をおぼえず、さわりしか読まなかったが、ちゃんと読んでおけばよかったかもしれない。

 苦痛を味方に付ける術を、あの男爵から学びたいものだ。


 そんな益体やくたいも無いことを考えていると、後ろから声をかけられる。


「ロルフ」


 この騎士団における俺の呼び名は、"加護なし"、"でくの坊"、"カス"と言ったところだ。

 それらではなく、名前で「ロルフ」と呼ぶ人はひとりしか居ない。


「エミリー様」


「ケガ、大丈夫?」


「ええ。問題ありません」


「そう・・・」


 暫しの沈黙のあと、エミリーはぎこちない笑顔で言う。


「ロルフ、久しぶりに、夕食一緒に食べない?」


「はい。ご一緒します」


 ◆


「おお、エミリー。お疲れ様」


「エミリーお疲れー」


「これから食堂ですか? 私たちもです。ご一緒しましょう」


「う、うん」


 食堂へ移動する最中、梟鶴きょうかく部隊の面々――イェルド、ラケル、シーラ――に会った。

 エミリーが三人に囲まれるなか、俺は数歩後ろを歩く。


「エミリー、部隊長就任おめでとう」


「ありがとうイェルド。でも、いちばん新人の私なんかが」


「謙遜すんなよ。エミリーの魔法剣はとんでもねーからな。アタシとしちゃ、いちばん強えエミリーが部隊長になるのは当然だと思うよ」


「ああ、僕も同感だ。それにエミリーは戦術理解も誰より優れている。作戦計画や編成案へのその鋭い意見を、団長がいつも褒めてるよ」


 エミリーが居心地悪そうに答える。


「あ、あのね、団長には何度も言ってるんだけど、その意見はいつもロルフが言ってくれてて・・・」


「エミリーさん、従卒の意見をいくらか参考にしていたとして、貴方の功であることは変わりませんよ」


「で、でも部隊長が必要なこと自体、ロルフの考えで・・・」


「エミリー。従卒のことを考えてやるのは立派だが、その男に必要以上に構うのはどうかと思うよ」


「そんなの・・・」


 エミリーがちらちらと振り向いて困った目を俺に向けてくる。

 そこで助けを求められてもな。

 俺としてもエミリーは部隊長に相応しいと思うし。


 梟鶴部隊には部隊長が居なかった。

 ただこの部隊にも指揮系統があった方が良い旨を、幾つかの理由と併せてエミリーに説明し、それが団長に具申されたところ、部隊長が新設されることになったのだ。


 初代部隊長はエミリーだ。

 「発案者の貴公がやってくれるよな」と団長は言っていた。言い出しっぺの法則というやつだ。


 だが能力的にもエミリーが部隊長を務めるのは妥当だ。

 イェルドは些か理屈倒れで、教練書の内容はよく理解していても、それを超えた柔軟な発想は出来ない。

 ラケルは軍略には適性が無い。

 シーラには全体を見通す冷静さがあるが、人を引き付ける力は無い。


 対してエミリーにはカリスマ性があった。

 彼女は雷魔法に強い適性を見せた。

 訓練中、雷を魔法付与エンチャントした剣を振るい、広範囲に強力な雷撃を浴びせる様は、美しい容姿も相まって皆の目を釘づけにする。


 そこに生来の人格からの人望も加わり、強いカリスマ性が形成されていたのだ。

 それは指揮官にとって重要な資質だと思う。

 彼女には将器があるのだ。


 そんなことを考えながら食堂に到着する。

 廊下まで良い匂いが漂っている。

 シチューか。ラム肉が入っているやつ。今日は当たりだ。

 それに寒い日にはちょうど良い。


 ラケルも冷え込むと感じているようで、寒いと言い出した。


「冷えるよな。このところ特に寒くないか?」


「確かに今年の冬は冷え込みますね。朝、杖を手にすると、冷たくてびっくりします」


「と言うか、この食堂に居ても寒いんだよ。前まではこんなこと無かったんだけど」


「そうですか? ここは暖かいと思いますけど」


 どこに居ても人は、暑さ寒さを話のタネにするものらしい。

 俺は、何とは無しに彼女たちの会話を聞いていた。


「いや寒いって。なあお前ら?」


「言われてみればそうかも。前まで、食堂はもっと暖かかったような気がする」


「うーん、僕には良く分からないな。気のせいじゃないのか?」


「ラケルさんは脂肪が薄いぶん、寒さに敏感なのかもしれませんね」


「さすがシーラ。胸部にデカい脂肪の塊を持ってるやつは言うことが違うな」


「怒りますよ?」


「ロルフはどう?」


 ふり返ってエミリーが訊いてくる。

 俺が会話に参加できるよう、気を遣ってくれているのだ。


「暖炉に煤が溜まっています。あのせいで暖房の効き目が落ちているんでしょう」


「えっと、煤が溜まると暖まりにくくなるの?」


「はい。薪の燃焼効率が落ちますから」


「加護なし、じゃあお前が今すぐ掃除しろ」


 イェルドが事も無げに言う。

 ラム肉のシチューは食べ損ねたか。


「えっ、なんで? ロルフもこれから私たちと夕食を」


「掃除するなら早い方が良い。加護なしも、明日は朝から仕事があるんだしね」


「でも、どうしてロルフが」


 戦えもしない従卒だからだろうな。


「従卒だからだろう」


「そんなの従卒の仕事じゃないよ!」


「こいつは戦えないのだから、その分、別の仕事をしてもらうのは当然じゃないか」


「ロ、ロルフは私の従卒だよ? 勝手に命令を・・・」


 これは良くないな。周囲の目が集まりつつある。

 こんなところで声を荒げていては、部隊長に就くや否や強権的になったと見られかねない。


「エミリー様、掃除してきます。皆さんは夕食を」


「おーう、そんじゃアタシらは食ってるわ。よろしくな」


「そんな、ロルフ」


「エミリー様。俺は構いません。この時期の固いラム肉は好きではありませんし。では」


「あっ・・・」


 俺は食堂を出て、掃除道具を取りに倉庫へ向かった。

 ラム肉が固いって台詞はやや間抜けだったな。

 届かないところにある葡萄ぶどうを見上げ「どうせ酸っぱいに違いない」と言う狐の寓話を思い出して、少し笑ってしまった。

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