サブスク男は白ワンピのアート美少女に恋をする

燈 歩(alum)

1.

タタン、タタン―――。


 曲と曲の合間に聞こえてくる電車の音が眠気を誘う。すぐさま新しい曲に切り替わり、ヘッドフォンからはキャッチ―なイントロが流れ出して、Aメロの歌い出しで世界が色づく。


『バレたくはないから 歌わないけど 想ってないとかじゃないの』


 「色づく」なんて、そう言ってみたいだけの言葉だ。ほとんど繋ぎ目のない、なめらかな音楽たちが耳から流れ込んでくる。全てがキャッチ―で、全てがどこかで聞いたことのあるようで、ずっと昔からこうしていたような気がする。


「次は、池袋、池袋」


 スピードの乗らない電車のくせに、ブレーキで揺れる。見知らぬ人の背中や肩や腕にもたれかかりながら、自分が吐き出される駅まですし詰め状態で息をひそめる。ソーシャルディスタンスがなんだ。パーソナルスペースなんて侵害されまくりだ。


「駆け込み乗車はおやめください。ほかのお客様のご迷惑に……」


 一瞬の隙をついて、くぐもった構内アナウンスが聞こえた。たいした目的もないだろうに、大きなうねりのように人が人に飲まれてひと塊で去っていく。その間をちょろちょろと抜けて、多くの待機者を生み出す。


『もう嫌だって 疲れたよなんて 本当は僕も言いたいんだ』


 用もないのに取り出したスマホの液晶を眺める。時間は十九時四十八分。ぐぐぅと腹が鳴る。今日の夕食は何にするか。コンビニ弁当、居酒屋飯、定食屋にチェーン店。最近バズったラーメンか定食屋はあったっけ。


「間もなく、一番線に、列車がまいります―――」


 昨日が何日だったかなんて意味がない。暑い・寒い・乾燥してる・湿度が高いくらいの違いしかない。そんな違いがあったところで、その状態が続けば当たり前に変わって堂々巡りだ。まるでウロボロスのあの蛇のようだ。


「いらっしゃいませー」


 コンビニで適当に物色するが、丼系しか残っていない。仕方なく麻婆豆腐丼と、ビールを数本、ミネラルウォーターと野菜ジュースをカゴに入れた。野菜ジュースなんて気休め程度にしかならないが、ないよりはマシだろう。


 お菓子コーナーに移って、新発売のスナックをチェックする。ポテトチップスの新商品が、甘い物から変わり種まで数種類並んでいる。柚子胡椒に、ショートケーキ、黒毛和牛ステーキ、抹茶塩をカゴに放り込む。


『もしいつか何処かで会えたら 今日の事を笑ってくれるかな』


 曲がどんどん変わって、流行りの歌の再生回数「一」を増やしていく。何処かで出会えることなんてあるんだろうか。こんなに広いコンクリートジャングルの中で再開の奇跡を喜べるんだろうか。


「お弁当は温めますか?」


 ヘッドフォンの向こう側で店員の声がうっすらと聞こえたので、頭を縦に振った。そこそこ混み合っているレジをダルそうにさばいていく。音楽を流しても聞こえてくる、バタンというレンジを閉める大きな音。


「レジ袋はご入用ですか?」


 ここでまた一つ俺は縦に頷いた。今までよりも店員とのやり取りが増えて煩わしいと感じたのも束の間で、この光景が当たり前になって久しい。


「合計で二千三百八十二円です」


 カードケースを開けてクレジットカードを見えるように持っていると、レジ横専用の機械がぼんやり光り、自分で操作するよう促される。番号を入力していると、音楽をぶった切って通知音が鳴り響いた。


 突然の通知に少し驚きながら、徐々に戻ってくる音楽にいくらかホッとする。レジ袋を提げながら通りを抜けて自宅へと急ぐ。


 人が動き、歩き、話し、車やバイクが行き交い、路面電車の発車音も、誰かのスマホの着信音も、きっとヘッドフォンを外せば音に溢れている。


 スマホを確認すれば、AmazonプライムからのCM広告。明日はリモート出勤だから今日は夜更かしをして、ドラマでも見るか。お気に入りに登録だけされているのが一体何本あったか。一旦遠ざかると、見るのも億劫になる。


 ドラマに映画に音楽のフィクションの世界。全部終わりがあるが、日常に終わりはない。継ぎ目のない日々は、独身の俺にとって当たり前すぎることだった。

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