第42話 【閑話】あるトレード会社の社員のお話

 この顧客は、一体何者だ……


 俺は、中堅FX取引会社のシステム管理部に所属している。

 今日の午前中にほとんど休眠していた口座に百万円の入金があり、二時間ほど、スキャルピングで取引して八百万円の利益だと……


 その間に、七十回ほどの売買を繰り返して、勝率が九割を超えている。

 あり得ないな。


 要注目の顧客だ。

 何らかの必勝法を持っているなら、この顧客の売買方法は指値であらかじめ指定してあるし、俺なら、その行動を追っかけて、他のFX取引会社の口座でそっくり同じ様に注文を入れれば、ぼろ儲けだ。


 もちろん社内では、禁止されている行為だが、商率の高いトレーダーを見つけたら、勝ち馬に乗るような行為をしている上司は、これまでにも沢山見てきた。


 それにしても、この顧客の勝率は異常だ。

 しかも負ける時の額はとても少ない。


 まるで、負けると解ってて注文を入れていたように……

 どんな謎があるんだろう。


 次のトレード注文が入ったら、注意して追いかけよう。


 そう思っていたが、その日、二時間で八百万円の利益を確定させると、全額出金指示を出してそれきりだった。


「くそっ、折角金の成る木を見つけたというのに、なぜあれだけの取引で、満足してるんだ」


 俺は、個人情報を追いかけた。

 勿論禁止行為だ。

 会社にバレれば、一発で懲戒解雇だろう。


 蘭蛍あららぎほたる二十三歳の女か。


 これまでの取引は……口座を作った二年前に、五万円ほどの資金で取引を何度かして、資金を半分ほどに減らして、出金した後はそのまま二年間口座を放置しているな……


 たったそれだけの、取引経験で今日はいきなり八百万円を二時間で稼ぎ出したのかよ。


 俺は気になって、登録時の住所である横須賀の実家の電話番号へと電話をかけた。


『もしもし、蘭蛍さんは御在宅でしょうか?』

『どちら様でしょうか? どうせマスコミ関係の方でしょ? 何度も言っていますけどホタルは日本に帰国後、実家には全然立ち寄っていませんよ? 一応聞いておくけど、あなたの所はホタルがもし出演すると返事したらいくら出すの? 勿論ホタルじゃ無く私によ』


『えっ。あの私はマスコミ関係ではなく金融関係の会社の者でして、ホタルさんにお話を伺いたいと思ったのですが……』

『あら、マスコミじゃないの。それはごめんなさい。でも、どちらにしても、ホタルはここには戻って来ていないわ』


『そうですか、それはお忙しい所失礼いたしました』


 俺は、電話を切って、ため息をついた。

 マスコミと間違えるとか、蘭蛍は有名人なのか?


 俺はすぐにネットで、蘭蛍の名前を検索した。

 あー……あの新大陸から帰還したって言う日本人二人組の一人だったのか。


 こいつは、増々金の成る木の匂いを感じたぞ。

 なんらかの手段で、為替レートの変動を知る能力でも身につけたのか?

 このネタを使って、俺に利益誘導させる事ができるかもしれないぞ。


 だが、どうやって連絡をつければいいんだ。

 ん? 届け出住所に居住実績が無いな。


 それを理由にして、出金申請を受け付けできないとでも連絡するか。

 それなら、顔を合わせる事も出来るかもしれないな。


 もう一度先ほどの母親へ連絡だ。


「何度も申し訳ございません。先ほどは名前も名乗らずに失礼いたしました。私、パドックFXの轟と申します。お嬢様のホタル様から出金要請を受けたのですが、現状。ご契約届け出住所地に居住実績が無いようですので、このままでは出金要請に応じる事が出来ない可能性が高いのです。連絡を付ける手段をお持ちでしたら、お母様からお嬢様へ連絡して頂いて、私の方へ連絡をいただけるように、お伝えいただけますか?」

「なんだか面倒なお話ねぇ。一応連絡はつけて見ましょう。もし連絡がつかなかったら、その出金要請は受付が出来ないのね?」


「はい、そういう判断になる可能性が高いかと」

「解ったわ。そんな余分なお金があるなら、家に入れさせなきゃね。連絡はしておきましょう」


「はい、担当の私の個人携帯への連絡が一番早く処理が可能になりますので、私宛に連絡を入れるようにお伝えください」


 俺は個人携帯の番号を伝えて、蘭蛍の母親との連絡を終えた。


 ◇◆◇◆ 


「先輩、母から、おかしな連絡があったんですけど」

「ん? どんな連絡だ?」


「FXで出金申請したじゃないですか、それでFX会社の担当者って言う人物から連絡があって、届け出住所に居住実績が無いので、出金申請に応じられない可能性があるので、連絡を入れて欲しいと、担当者の携帯番号を伝えられたんですけど……」

「ん-……正論のような気もするが、個人携帯の番号って所が引っかかるな。FX会社自体は、間違いないのか?」


「はい、パドックFXで取引しましたし、今日の出金申請は先輩の居る時にしたので、無関係な人で無いのは間違いないと思います」

「なるほど……一応連絡入れてみたらどうだ? 本当に出金できなかったら困るし、もし……ホタルに何らかの悪意を持った行動をしたなら、手は打ってやる」


「それは、随分心強いですね。でも、うちの母親も少し性格が変になって来てます。今まではそれなりに仲は良かったんですけど、『余分なお金があるなら家に入れなさい』とか『番組や雑誌の取材をお母さんが選んだところに出演しなさい』とか言い出してるんですよね。絶対出演を条件にお金がもらえる約束とかしてそうです」

「そうなのか……まぁホタルのお母さんの事を俺が悪くいうのは良くないから、その話題はホタルが嫌だと思うなら断れ! としか言いようがないな。でも少しは出演しとかないと、勝手に俺達を悪者にでっちあげるとこも出てくるだろうし、その辺りは考えた方がいいな」


「そうですね……でも折角だからJLJの宣伝が無料で出来るようなタイミングが良くないですか?」

「そういう考えもあるんだな。まぁその辺は俺はよく分からないから、斎藤社長とも相談して決めようか」


「そうですね。とりあえず、パドックFXの轟さんという人に連絡を入れてみます」

「了解」


『もしもし、連絡を入れていただいた、蘭ですが、出金が出来ないと言うのはどういう事ですか?』

『ああ、蘭さん。少しご確認したい事がありまして。出金の方は居住地が届け出住所と違うと、色々と問題がございますので』


『そうなんですか? でも何故連絡が個人携帯なのでしょうか? 御社に確認してもいいような内容でしょうか?』

『それは、どうでしょう。逆に蘭さんの方が困られるんじゃないですか』


『なぜでしょう?』

『あなたの本日の取引履歴が、明らかにおかしいからですよ。カージノ王国でなんらかの能力でも身につけたんじゃないですか?』


『今日はとてもラッキーでしたね、こんなラッキーが続く訳は無いと思ったから勝ち逃げして取引はもうやめようと思っただけですが? それと、今のは、轟さん個人の見解ですか?』

『そうですね。今の所はですが。大っぴらになっても構わないですか?』


 ホタルは電話のやりとりをスピーカー状態にして俺にも聞かせていた。

 俺は、頷いて、メモを書いてホタルに見せ会話を誘導させる。


『別に構いませんが、一応轟さんの言い分を聞かせていただけますか?』

『なーに、今日と同じように、うちのパドックFXで勝ち続けて頂ければ何も問題はありませんよ』


『それは、不可能ですね。先ほども言いましたが今日の勝ちは偶然ですから、それに、今日も負けた取引が何度もありますし』

『それは、勿論把握してます。でも、それが余計に私には、あなたが手段を持っていると確信させたんですよ。勝った時の取引と、負けた時の取引の、差がはっきりしていましたからね。明らかに負けが解ってベットしていたとしか思えなかったんですよ』


『そうなんですね。轟さんが何と言われようと、私の言い分は変わりませんし、御社にこの後すぐに確認をさせていただけます。あなたの行為は社内規定に従っているものかどうかを』

『なっ……ちょっと待て、おい、会社に連絡なんかしたら大変な事になるぞ? こんなネタを喜びそうな雑誌社やゴシップネタが大好きなテレビ局にリークしてやる』


『これで確定ですね。あなたは私を強請ろうとした。で間違いありませんね。わかりました。不本意ですが一度お会いしましょう』

『最初から素直に言うとおりにすればいいものを、余計な手間をかけさせようとしやがって』


 もうすっかり、どこのチンピラだ……って言う感じに言葉遣いも変わっていた。


 ホテルのラウンジで会う約束をさせて、ホタルと俺は出かけた。

 ホテルに到着すると、俺はホタルと別れて様子をうかがう。                       

 約束の時間になって、ホタルのスマホが鳴り、轟と名乗る男と合流した。

 俺は、さりげなく男の後ろの方の席について、闇魔法の隷属を発動した。


「あれ? 私は何をしに来たのでしょう?」

「こっちが伺いたい所ですが、現在私は仕事の関係で都内の事務所の社宅に居住していて、実家に帰って無いだけですので、住民票を移すのはまだ先になりますが、別に所在不明では無いので問題ありませんよね?」


「あ、そうでした。蘭さんの所在地の確認でしたね。わかりました問題ありませんので、要請通りの出金処理をしておきます」

「今後は直接の連絡はお避け下さい」


「はい。申し訳ございませんでした」


 こうして、表面上は問題無くやり過ごすことが出来た。

 轟が帰って行き、俺はホタルと今後の事を相談する。

 

「FX取引も安全とは言えないな」

「ですねー。こっちも若干後ろめたいとこありますし、やっぱりもっとまっとうな方法で稼がなきゃヤバいですね」


「でも、あの男は今回の件は思い出そうとすると、激しい頭痛に襲われて記憶が巻き戻るようにしておいたから、とりあえずは大丈夫だ」

「エグイですね」


「明らかに恐喝だし、それくらいはいいだろう、本当はもっと社会的に抹殺してやろうかとも思ったんだけど、若干でも関りを怪しまれたら嫌だったしな」

「そうですね。こんな事があった以上はもう少し健全に行動しましょう!」


「そうだな。資金の事だって大崎さんは財前さんを巻き込めば、調達は出来るみたいなことを言ってたし、使える人脈は上手く活用して、企業っぽくやって行けるようにしよう」

「了解です!」

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