第37話 帰国③

 その日の夕食は島長官と共に、高級そうな料亭で本格的な和食の会席料理をいただいたりしたが、俺の今までの人生の中でこんな高級な料理は食べたことなかったので、逆に日本に帰って来たという実感が湧かなかった……


 牛丼とか焼き鳥とかのほうが帰って来た! って感じはするよな。

 会食が終わった後は今日は、島長官の公邸のゲストルームで宿泊する事となった。

 

 公邸と言っても非常時以外はここに日ごろから暮らしているわけでは無いんだって。

 

 まぁ今後エスト伯爵としてカージノ国外に出ることがあれば、この扱いが普通になるかも知れないので、慣れておくことも必要なのかもな?


「先輩。良かったんですか? 今日の会談。全部ばらしちゃって」

「ホタル、あそこでばらしてなかったら、逆に国が俺やホタルをなんとか取り込もうと必死になっただけじゃないかな?」


「た、確かに……」

「まぁお陰でお墨付きで、日本での行動は自由が保障されたと思うんだよな俺は」


「そんなもんですかねぇ」


 そういう会話をしながら、俺はホタルと一緒にニュース番組を見ていた。

 ちなみに、ホタルに駄目だしを喰らった局では、さらっと「カージノ王国に滞在していた日本人二名が帰国しました」と画像も無しでアナウンサーが原稿を読んだだけだった。


 それ以外の局では、問題シーンはカットされた上で、俺とホタルが島長官と共に現れた姿や、島長官の発言などが放送されていた。

 取って付けたように俺達が無事に帰国したことが、喜ばしい事だと言っていたが、これは「今後出演してくれよな?」的な撒餌だろう。


 一応正式に帰ったので俺とホタルはそれぞれ実家へと連絡を入れた。


「親父、とりあえず日本に戻ったからな。カージノ王国関係の事で何か頼まれても全部断ってくれよ?」

「色んなテレビ局やなんかが連絡して来てたぞ? 『そもそも何で派遣社員のアズマがあの超高級客船に乗ってたのか教えろ』とか随分失礼な所もあったし、『面倒だから、そんなのは全部直接本人に聞け』って言って置いた」


「ああ。それでいい。ありがとうな」

「どうするんだこれから?」


「そうだな、まぁ色々考えてはいるけど、当分は東京から離れられないかな」

「そうか、体に気を付けろよ」


「ああ。親父こそな」


 ホタルもお母さんとの連絡を電話で済ませていた。


「ホタル、お袋さんどうだった?」

「ん-……なんだかね、変な感じがしました。『いつ帰って来るの』とか凄くせっついてくるし、もしかしたら、お母さんテレビ局か雑誌社からお金でもちらつかされて、変な約束とかしてしまってるのかも」


「それは、まずいな。どうしたいんだ?」

「どうしましょう……とりあえず連絡をするのを当分やめた方がいいのかも知れません」


「そうだな……ホタル、なにか困った事があればなんでも言ってくれよ?  俺とホタルはなんやかんや言っても、もう一生ものの付き合いになる事は間違いないし、俺に出来る事であれば何でも協力するからな?」

「先輩? それ、私を口説いてますか? 王女との結婚、断れないでしょ? だったら答えはパスですよ?」


「イヤイヤイヤ、口説いてる訳ではないし、もっとこうビジネスパートナー的な感じでの話だよ。それに俺は王女との結婚もまだ受け入れたわけでは無いからな?」

「それ絶対無理ですって? 陛下も王女も完全にその気ですよ?」


「困ったな……まぁそれは別として、とりあえず斎藤先生に連絡を入れよう」

「了解です」


『斎藤先生、小栗です。無事に日本へと戻ってきました』

『お帰りなさい。小栗さん。テレビ視ましたよ。今日は連絡を入れたらお邪魔でしょうからと思って、こちらからの連絡は避けさせてもらっていました』


『お気遣いありがとうございます。準備の方はいかがでしょうか?』

『はい、問題無く進めさせていただいております。住居の物件も、ほぼ希望通りの物件を見繕ってありますので、小栗さんが自由に行動できるようになられたら、現地の確認をしていただいて契約にしたいと思います』


『はい。ありがとうございます。明日の午前中には一応自由になりますので、また連絡を入れさせていただきます』

『では、お待ちしてますね』


 斎藤先生との連絡を終えて、電話を切るとホタルが話し掛けてきた。


「そう言えば先輩。活動資金は大丈夫なんですか? これからの事を考えたら、結構必要になりますよ?」

「それな……競馬で稼ぐのはまずいかな?」


「……先輩、こっちの世界だと、着順掲示板とかあるから、間違いなく勝てるのは解りますけど、どうなんでしょう? バレたら日本中敵にまわしちゃいませんか?」

「やっぱりそうだよな……必要最低限の額程度は稼がせて貰おうと思ったけど、競馬を愛する身としてはダメだな」


「もっと大きなギャンブルにしたらどうですか?」

「ん? どんなのだ」


「FXです。法人設立して、法人口座を作るならレバレッジも個人で行うよりも全然率が高いですし、競馬よりは……企業っぽいというか……誤魔化しやすいのかな? って……」

「ふむ……俺はFXなんてまったく知識が無いんだけど、ホタルは詳しいのか?」


「競馬研究会の先輩方に色々教えてはいただきましたから、知識としてはありますね」

「競馬研究会繋がりなら、斎藤先生も詳しそうだな」


「ですです。それこそ一番熱心だったと思いますよFXに関しては」

「そうか、じゃぁ資金稼ぎはそれでいこう」


「でも先輩の能力ありきですから、モニター画像の【予知】で十分ですね」

「でもな……俺の【予知】って精々十五分くらい先までしか見えないんだよな」


「全然大丈夫です。短期売買を繰り返すスタイルで行きましょうチャートのグラフを予知して貰えば、それに合わせて指値で売買を繰り返すだけでお金はいくらでも湧き出してきます」

「そか、ホタルが大丈夫というなら、大丈夫なんだろうな」


「先輩? それより、先輩でも【予知】のレベル上げは出来ないんですか?」

「出来ない事は無いんだけど、エクストラスキルっていうのが必要なんだよな。一つが十億ゴルでマックスまで上げるにはそれが五百十一個だから五千百十億ゴルの金額が必要だ……」


「ヤバいですね……」

「一応、オグリーヌがさ、俺に頼み事をしてきたら一件につき一個くれるとは言ってたけど」


「ユニークスキルはどうなんですか? 私の言語理解とか手に入るんですか?」

「それな……ユニークスキルは基本同一スキルは存在しないそうだ。だからホタルが言語理解を所持している間は、俺が手に入れることも不可能っぽい。それなら、知能を上げて覚えたほうが簡単だろ?」


「そうですね。まぁ言語は必要と思えば一生懸命覚える人が出てくるでしょうから、最初の何年間かは大変でしょうけど、徐々に問題は無くなるのかな?」

「そうでないと、ホタルも色々困るだろ?」


「ですね……」


 そして翌朝朝食を終えた後で、島長官から提案を受けた。


「小栗さんが新たに立ち上げる会社なのですが、日本政府としても非常に興味がありますので、こちらからも職員を派遣させて頂きたいと思うのですが?」

「それって……ぶっちゃけスパイを受け入れてくれって事でしょうか?」


「まぁ。そう受け取る事も出来ますが、常にタイムリーな情報に接しておきたいと思いまして」

「その辺りは、即答は避けさせてください。一応会社の立ち上げに関してこちらで任せる人物との話をしてからお返事を差し上げたいと思います」


「良い返事をお待ちしてます」


 公邸を出立した後は、黒塗りの車で送り届けてもらうことになったが、行先は斎藤先生の事務所にお願いした。

 まっすぐ自宅へ戻ると絶対に待ち伏せとかされていると思ったからだ。


 無事に斎藤先生の事務所へと到着して、ようやく俺とホタルは公的には解放された。


「斎藤先生、やっと解放されました」

「お帰りなさい、小栗さん。蘭さん。早速ですが頼まれていた件を片付けたいと思います。まず先日、小栗さんが提案された新会社の社長就任の件ですが、お受けしようと思います」


「ありがとうございます。斎藤先生」

「これ以降は小栗さんがオーナーで私は雇われ社長ですから、先生は止めて下さいね?」


「解りました。社長。よろしくお願いします」

「小栗さんと、蘭さんの社内での立場はどうしますか?」


「えーと……二人とも平社員じゃ駄目ですか?」

「それはまた……まぁ駄目では無いですが……」


「ではそれでお願いします」

「社名はどうしましょうか?」


「ジェム・レ・ジュメでお願いします。略称はそのままJLJで」

「ん? 『牝馬が好き』ってそのままの意味ですか?」


「流石ですね社長! はい。そのままの意味です」

「随分変わった社名ですね。何か意味が?」


「斎藤社長も、カージノ王国へ行く機会があればよくわかると思いますよ」

「そうなんですね……それは楽しみにしておいた方がいいんですか? 絶対いろんな場所で社名の意味を聞かれますので、答えられないのは社長としてどう? と思われてしまいますので、元ネタをご教授ください」


「あ、そうですよね……では説明するよりも実際に見たほうがわかりやすいと思いますので、行って見ましょうか?」

「えっ? いいんですか」


「内緒でお願いしますね」

「それは勿論。明確な法律違反ですから誰にも言えませんよ」


「今の日本の法律では転移魔法を禁止する項目はありませんから、法律違反とは言えないんじゃないんですか? それに日本や世界各国はまだカージノ王国を国家として承認していませんから、日本の基準でいう外国でもないですし、グレーであってもそれを罰する法律が整備される以前の物は適応されないと聞いた事があります」

「厳密にはそうかも知れませんが、それを世間一般の人に言った場合に道義上許される事とも思えませんから、内緒にすることは絶対ですけどね」


「ですよね……」


 と、言う事で斎藤社長にカージノへの転移を体験して貰った。

 社名の由来になる部分だけという事で、ギャンブリーの街の女神聖教の神殿へと移動する。

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